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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
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その94 『狙いはなんだ』

 空振りに終わった一同は、とうとうと廊下を歩いている。

 クルトは頭を抱えながら時折唸っている。倉庫には鍵が掛けられていたのだ。クルト本人でもない限り、持ち出せるはずがない。

「合鍵もボクの部屋の引き出しだけど、その引き出しの鍵もボクが今持っているし……」

 うーんと唸るクルトをみて、リーサが助け舟を出す。

「ねぇ、クルトが第二倉庫から持ち出したんじゃない? 以前、私たちにメモを見せていたでしょ」

 それにはクルトが首を横に振った。

「メモはここで写したし、それ以外の時も一切持ち出してないんだよ。それにいくら何でも、あんな大事そうなもの、なくせないし……」

 なくなるはずがないとクルトは言う。

「でも、そんなことって……」

 リーサが両手で抱えるようにして自分の体を包んだ。

 その気持ちはわかった。イユでさえ急な寒気を感じたのだ。不注意でなくしたのでなければ、一体どうやって魔術書は消えたというのか。理解はできなくても心当たりだけはある。魔術書に最も強い関心を持っていた人物は、一人しかいない。

「最後にクルトがここを開けたのはいつですか」

「……船長に渡されてから、その日のうちに気になったところだけメモを取って、あとはずっと閉まったまま。一度も開けてないよ。だから気づかなかった」

 ブライトは、常に部屋にいたのだ。それに、もし部屋を抜け出したとしても、甲板の近くにある倉庫まで堂々と歩いて取りに来たら、間違いなく誰かに見つかるはずだ。ブライトの部屋と第二倉庫までは距離がある。だから、それはあり得ないことのはずだ。

「ボクも暗示にかかっているのかな」

 クルトの言葉は、寒い廊下にぽつんと漂った。

「そこまでブライトと接触はしていなかったと思いますが」

 リュイスは反論したものの、どこか自信のない口調だ。クルトがブライトに会ったのは、初めてブライトがセーレに乗ったときと、鍵を作りに来たとき。そして、食堂で顔を合わせたときに、ロック鳥の羽を探しているときの四回だろう。

 しかし、はじめの一回と後半の二回については船員が他にも大勢いた状況だ。また、鍵を作りにきたときも、リュイスとイユは一緒にいた。だから、クルトが暗示にかけられて魔術書を渡してしまった可能性はないはずだった。

 けれど、クルトが暗示に掛かっていないとしたら、クルトしか鍵を持っていないはずの倉庫で、誰がどうやって魔術書を持ち去ったのだろう。

 実をいうと、イユには少しだけ心当たりがあった。部屋にいる間、魔術が使い放題になっていたことを思い返す。ブライトの豊富な知識であれば、何かしらの手段で船内のどこかにある魔術書を自分の手元へ移動させることも可能なのではないのだろうかという、想像がついた。

「とりあえず、会いに行きましょう?」

 意気消沈した様子のクルトと戸惑うリュイスに声を掛けたのは、リーサだった。

「ブライトさんなら、何か知っているかもしれないわ」


 その道中に出くわしたのは、探していた当人だった。ブライトの部屋へと向かう途中、廊下でレパードと鉢合わせたのだ。

 レパードの腕にブライトが収まっているのをみて、イユは思わず気色ばむ。

「ちょっと、ブライトに何をしたのよ!」

 彼女の目は閉じられていた。

「……この魔術師様は眠たいらしくてな。部屋で休んでもらおうと思っていたところだ」

 ぱっと見たところ、確かに外傷は見当たらない。レパードの魔法で火傷し掛けたことを思い返せば、その手の魔法を駆使したわけではなさそうだということは分かる。医務室で眠そうにしていたブライトの様子を思い返す。怒っていたレパードのことも思い当たるだけに不安は消せないが、一応ブライトは眠っているだけだと分かり、ほっとした。

 そのイユを見ていた一行には何か思うところがあったらしい。急に口を閉じて互いに顔を見合わせている。イユにはその反応が怪訝でならない。

 レパードがそれらの様子を俯瞰したうえで口を開いた。

「リュイス、そろそろインセートのはずだ。悪いが俺は手が離せない。代わりを頼んでいいか」

 その言葉には他にも意味が込められていたに違いない。リュイスは勢いよく返事をする。

「はい。イユ、行きましょう」

「え? えぇ」

 指名までされてはついていくしかない。本当に大丈夫だろうかとブライトを一瞥したものの、やはり彼女は目を閉じられたままだ。

 心配だが、レパードならばよほどのことはしないだろうとも考える。イユのときもなんだかんだ殺されずにここまで助けてもらったのだ。だから大丈夫なはずだと、自身に言い聞かせた。

「……あとは頼みました」

「魔術書の件、よろしくね」

 仕方なくお願いしておく。イユとしてもブライトが大事にしていた魔術書の件は気になったのだ。

 そのときイユは気づかなかったが、一度リュイスがちらりとクルトへと振り返った。魔術書を管理していた当人だ。落ち込んでいたかもしれないが、クルトは何とかガッツポーズをとってみせた。



 *****


「うーん……、人を気絶させて運ぶとはレパードって乱暴だよね」

 ブライトが目覚めたのは、それより数分後のことだ。

 部屋をくまなく探しているリーサたちを見ようとするので、レパードはついロープをきつく締めた。

「えー、ちょっとそれは痛いって」

「うるさい、黙っていろ」

 まず危機感を覚えたレパードがやろうとしたことは、放置しておくと第二第三のイユを作りかねないという危険性からブライトを縛り上げることだった。そのための『護送』中にイユたちと鉢合わせたのだ。

 ブライトは本性を現した、――――とレパードは思っている――――、後でも抵抗はせず縛られている。手を動かなくしてしまえばさすがに魔術は使えないはずだが、随分余裕のある様子なのが気に掛かる。しかも、目が覚めた途端にこの減らず口だ。

「……もう一度気絶させた方がいいか」

 レパードの問いかけに、大慌てでブライトが首を横に振った。

 イユの件が船内に広がっていることは既にクルトから聞いている。広がってしまったものはどうしようもない。幸い、船員たちのイユに対する反発はでなかったようだ。正直なところ、レパードは少し心配していた。イユはリュイスとともにロック鳥の巣からアグルを取り返している。おまけに石化を解く薬づくりのために足を折る怪我を負ってまで、貢献してみせたのだ。だから船員たちにとっては仲間の命の恩人である。恩には恩で報いる。それがギルド員たちの風潮だ。そのため、ギルド員内に追い出せなどと言い出す者はもういないだろう。しかしそれでも命の危機に敏感な彼らは、セーレを辞めるという手を考えるかもしれない。

 だが、幸いにもまだそのような声はでていないらしい。それに、今回は彼女のこともある。

 

 ――――リーサが頑張ったからだな。


 まさかリーサがブライトの部屋を訪れようとするとは思わなかった。しかもイユの暗示を解こうと意気込んでいては昔からリーサを見ている船員たちには何も言えないだろう。

 イユ自身もリュイスが見張り役についていればよほど大丈夫だと判断した。イユはブライトの身に何かあると反応するようだが、それならばなるべくブライトの状態がわからないように引き離してしまえばいい。動けるほどの容態でないから心配していないが、アグルのこともレヴァスに見張らせている。だから、ひとまずは、何も起こらないはずだ。

 しかし事態は想定以上に悪い。

「……だめだ、こっちもないや」

 残念そうな声をだすクルトを見て、ブライトを見下ろした。

「お前が口を割ってくれたら楽なんだがな?」

「いくらなんでもそんなに優しくはなれないかな」

 魔術書は残念ながら見つかっていない。クルトたちに話を聞いたとき、レパードがまず思ったのは「やられた」ということだった。髪の毛数本で魔術が使えるのだ。ブライトはいくらでも魔術書を回収する機会があったということになる。目を覚ましたブライトを締め上げたが、当然口を割ることはない。そこで、困ったリーサとクルトが考えたのがブライトの部屋を探すことだった。回収できたのならば、どこかに隠しているのではないかという発想だ。悪くない着眼点だと思うが、ブライトは変わらず落ち着き払っている。それが見当はずれの発想だから安心しているのか、それともあくまで見つからないだろうと見越しているのかは全く読めない。

 だが後者の場合、ただ探すだけではとどまらないと思った。どういう隠し方をしているのかも問題になるのだ。魔術でどこまでできるのかわからないが、あの魔術書ははじめ魔物になって襲ってきたことを忘れてはならない。つまり、魔術書の形を変えて隠した可能性も否定できないのだ。

「ここになかったら、セーレ中を探しましょう。イユを助けるためだもの」

 リーサはそう言って意気込んでいる。リーサの説ではブライトが魔術書を回収するなら自分の部屋に置くとは限らないということだった。今回のように魔術書がなくなっているのがばれた場合に、すぐに捜索の手が及ぶ場所になるからだ。

「ちなみに、魔術書が見つからなかった場合の次の案はリーサの案になるけどさ」

 ちらっとクルトがレパードを探るように見る。クルトは自分が任されていた本がなくなった程度のことで落ち込み続けるような人物ではない。とうに立ち直っていた。その証拠に、クルトの勘は全く鈍っていない。

「なんだ?」

「……本当に今回の件は、ギルドの正式依頼なのかなって」

 レパードとしては、全くもってため息をつくしかない。

 リーサが驚いたような顔をする。

「それじゃあ、マドンナに頼む作戦は……」

「作戦?」

 リーサは次の作戦も考えていたらしい。

「ギルドのマスターに頼む作戦? 何々?」

 気になったブライトが前に乗りだろうとして失敗していた。椅子ごとロープに括りつけてあるのでそうそう上手くはいくまい。

「……あなたはシェイレスタに帰ることができればいいのよね?」

 リーサがブライトを見つめて言った。

 その目はどこまでも真っ直ぐで、相手に冗談を言わせないだけの迫力があった。いつの間にか、リーサもこのような目をできるようになったのだと思わされる。

「だったら、私たちでシェイレスタの船に掛け合うから、イユを暗示から解放してあげて」

 その瞬間、ブライトの目つきが変わった。いつもの、明るいだけの表情からの一変。にやにや笑っていたときとも違う、その目には凄みがあった。リーサが思わず息を呑んで一歩下がるほどにだ。

「……なるほど。そんな船を用意してもらえるなら、確かにイユをかかえておく必要はないね」

 ブライトの声は慎重で、これが怪しさを醸し出す。

 罠の可能性もあった。この魔術師が痛いところを突かれたぐらいで平静さを失うとはもはや思えなかった。だが、今までに見たことのない表情が、レパードの意識を引き付ける。


 ――――もし、本当にリーサが痛いところをついたのだとしたら?


 レパードはブライトの狙いについて、考えを巡らせる。


 ――――イユか? イユをシェイレスタに連れていくことがブライトの本当の目的なのか? だからアグルではなくイユに暗示をかけたのか? それとも、シェイレスタの船に乗りたくない理由があるのか?


「困っているねぇ。困るぐらいなら別に送ってくれればいいのに」

「黙れ」

 ブライトの声はいつもの調子に戻っている。ブライトが散々イユのためにレパードたちを非難したのは、今になればわかる。レパードたちの良心に訴えかけておくためだ。リュイスなんて効果大ありだろう。あのようなことを言われて切り捨てるという選択肢が、リュイスにできるはずがない。そして、リュイスが絡むとレパードは大変不本意ながら妥協してしまうことが多い。それも見越しているのかもしれない。

 だが見越したうえで当人はどちらに転んでもよいと言っているのは、セーレの件だけだ。イユはどちらにしても連れていこうとしているのではないかと思案する。そうだとすると対応方法は変わってくるのだ。

「……さて、俺の手に余ることは誰かに相談するのが一番だな」

 レパードの独り言にブライトは顔をあげた。表情が隠しきれていないぞと思った。


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