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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
93/989

その93 『なくなったもの』

 

 *****


「……ねぇ、これからどうするの? ブライトはどうなるのかしら?」

 リュイスに聞くが、返事はなかった。とても深刻そうな顔をされるばかりだ。

 とはいえ、前者の質問は聞くまでもない。自然とリュイスとイユの足は食堂へと向かっていたからだ。


 レパードからは、

「ブライトに話があるから先に外に出ていろ」

 と言われていた。あのレパードの様子では、かなり頭にきているようだ。

 しかし、イユにはそれがどうしてだかよくわからない。あまりブライトを責めないでやってほしいとさえ思う。それがイユのためだというのなら余計にだ。

「イユ!」

 食堂の扉の前で、リーサが待っていた。廊下へと飛び出て、駆けつけてくる。

 彼女の顔もまた心配そうだ。皆してどうしてそうまで心配してくれるのだろうと、心の中で首を捻った。

「大丈夫なの? イユ!」

 リーサの背後、食堂の扉から、船員たちの顔が覗いている。皆が皆、今回の件を気にしているようである。

 それならば、誤解を解かなくてはならない。そうイユは考える。

「えぇ、大丈夫よ。どうしたのよ? そんなに焦って……」

「だって、イユが変なこと言うから」

 リュイスが口を挟むべきかどうか、逡巡しているのが目に入った。

「変なこと?」

「シェイレスタに行きたいって……」

 それはそうも変なことなのだろうかと、イユは首を捻る。皆の心配と、それとがどうしても結びつかない。

「変じゃないわ。シェイレスタに行きたいのは本当よ」

 それを聞いたリーサは助けでも求めるように、リュイスへと視線を向ける。それに合わせて、船員たちの視線も一斉にリュイスへと向かう。イユもつられてリュイスを覗き見た。

 一心に視線を浴びたリュイスは、ゆっくりと首を横に振っている。

「残念ですが、イユは暗示に……」

 周囲がどよめく。

「嘘」

 リーサはそれ以上の言葉がでてこないらしい。

「どうしてだ、かかっていないんじゃなかったのか」

 扉の奥から声を張り上げたのはレンドだった。

 それを受けて、彼らはイユがまだ危険な暗示にかかっていると思っていたのだと、ようやく腑に落ちる。それならば皆の動揺にも納得がいく。

「昨晩ブライトがかけたみたいなのよ」

 必要最低限の、一番重要なことを伝えてやる。それから暗示をかけたというブライトを思い出した。確か、シェイレスタに連れていくようにとの暗示だと言っていた。おかしな話だとしか感じられない。何故ならば――――、

「でも、不思議よね。私がシェイレスタには連れていくのだから、わざわざ暗示なんてかける必要ないのに」

 口に出した疑問に、答える声はなかった。どういうわけか、皆が呆然とした顔をしている。

 何をそんなに呆気にとられているのか、イユにはどうしても理解できない。皆とイユの間には埋められない大きな隔たりがあると感じるだけだ。一見すると透明なそれは、確かにそこに存在していて、イユが一所懸命訴えても水の中で会話するように皆に正しく伝わっていかない。そうしたもどかしさが胸中に宿る。

「……黙っていても仕方がないことだと思います」

 唐突に、リュイスがそう皆に話をし始めた。

「ここにレパードはいませんが、イユは『ブライトをシェイレスタのブライトの屋敷に連れていく』という暗示をかけられたそうです」

 リュイスの説明に、皆が顔を合わせている。イユには何故そこで皆が安心した顔をしないのかがよく分からず、苛立ちさえこみ上げてきたところである。

 そうしたなか、弱弱しくシェルが手を挙げてみせた。皆の視線を受けて、発言する。

「なぁ、にぃちゃん。ブライトならまだ医務室だろ? 解かせられないのか」

 やはり、シェルにもイユの話が伝わらないようだ。何故、そこで解くという話になるのか、その必要性がまるで感じられない。何をわけのわからないことを言っているのだと口にしたくなる。

「レパードが脅したんですが、ブライトは自分が死ねばイユも追うようにしているから無意味だと」

「……最低だね」

 その声音に周囲がびくっとした顔をする。発言者はミンドールだった。彼はただ静かに怒っている。

 その目に、イユも思わず息を呑む。このように静かに怒る人もいるのだと知った。それがイユのためで、ブライトに対して怒っているのだから、イユとしては複雑だ。

 次に手を挙げたのはレンドだった。

「アグルは無事なのか? あいつも医務室にいただろ」

「わかりません。ブライトは眠らせているだけと言っていましたが……」

「レヴァスは」

 次の質問者はミスタだった。寡黙なミスタまで質問するのはイユとしては意外だ。

「彼は被害にはあっていないようです。医務室に入れないように魔術をかけられていたので、むしろ部屋から閉め出されていました」

 質問はこの後も続いたが、リュイスはあくまで淡々と現実を伝え続ける。

 彼らの質問が途絶えると、ふいにリーサがイユを見つめて前に出た。

「イユ……」

 彼女の手はよく見ると小刻みに震えている。ただ事ではないと感じ、思わず聞き返した。

「どうしたの? リーサ」

 リーサの目は潤んでいた。けれど、そこには強い意志があった。そして、リーサなりの決意を言葉にする。

「……今度は絶対助けてあげるからね」

「え?」

 思わず聞き返した。

 何故リーサがこうも必死な顔をしているのかが、イユにはわからない。けれど、彼女の必死さを前に、感じていた苛立ちは吹き飛んでいた。

 それに、一つだけわかったこともあった。リーサは以前イユが追い出されたときのことを後悔していて、立ち向かおうとしてくれている。それは、他ならぬイユのためにだ。

 全てを呑み込むことはできなかったが、その気持ちだけは受け取るべきだと感じたのである。

「……えぇ」

だから、頷いて返した。

「リュイス、聞いてもいいかしら」

 リーサの目は、リュイスへと向かった。

「ブライトさんは暗示を解かないって言っているのでしょう?」

 リーサはブライトのことを『さん』付けで呼んでいた。その他人行儀な言い方に、イユは違和感すら覚える。

「はい」

「……暗示をかけたのはシェイレスタに行くためなのよね」

 再度のリーサの質問に、リュイスは頷いた。

「えぇ」

「シェイレスタまでいける確実な船を用意できないの? マドンナに頼んだっていいと思うの」

 その言葉に周囲がざわついた。

「そうだ」「それだ」

などと声があがる。

 イユにはその『マドンナ』という人物が分からない。以前にどこかで聞いたことがあるぐらいだ。

「……マドンナならシェイレスタに直接掛け合うぐらいはできるかもしれませんが」

 とリュイスが認めたことから、唯一大物であることは察せられた。

「そうだ。ブライトの護送はギルドの正式依頼だろ? それならそれぐらいはやってくれるはずだ」

 一人の船員の声に、さらに周囲が活気づく。

 だがその言葉に一瞬リュイスの顔が曇ったのをイユは見逃さなかった。

 その表情を見ていたのだろうか。クルトがふいに手を挙げる。

「クルト……?」

「その前に試せるものがあるよね」

 そういって周囲を見回す。周りは皆、ぽかんとしていた。

「魔術書。殆どの人は見てないっけ。あの魔術師は魔術書を大事にしていた。魔術書を目の前で破られたら困るはずだよ」

 とたんにリーサが目を輝かせる。

「それよ!」

 それからリュイスを振り返った。

「行きましょう? 確かクルトが保管していたわよね?」

 クルトがそれに頷いた。

「第二倉庫に置いておいたんだ。鍵はボクが持っているから」

 そういって、ポケットから鍵を出してみせた。

 話が進みかけている。それに気づいてイユは止めた。

「ま、待って。魔術書を破くの?」

 魔術書はイユから見ても大事にしていたように思う。それを破かれたらショックを受けるだろうとも思った。

「大丈夫、大丈夫。本当に破くことはしないよ」

 本当だろうか。クルトがそういうのであれば嘘はないと思うが、心配の種は拭えない。

「リュイス。リュイスならあの魔術師にも対抗できるよね。行こう」

 魔術書を入手したらすぐに向かわないといけないからとクルトがせっつく。気づけば、リュイスとクルト、イユにリーサの四人で第二倉庫に向かうことになっていた。


 第二倉庫は甲板のすぐ隣にあった。第二というだけあって、そこに倉庫は二つあり、そのうちの小ぶりの倉庫が第二倉庫と呼ばれているらしい。誰でも通る場所のようでいて、知らなければ気づかずに通りすぎてしまいそうだ。

「相変わらず、ここの管理はクルトしかしていないのね」

 どうせ埃だらけになっているのではないかと怪しむように、リーサが言う。

 リーサの勘はあっているのだろう、ごまかすように鍵穴に鍵をさしながらクルトが言った。

「い、いろいろな道具があって危険かもだからさ。だからボク以外は侵入禁止なの」

 かちりと鍵の開く音が響く。そのまま、クルトが扉を開けた。

「あぁ……、やっぱり埃っぽいわ」

 中は薄暗かった。リーサの小言を聞きながら、イユは視力を調整した。すぐに中の様子が見えてくる。部屋のあちらこちらに置かれた木箱。そのうちの一つの箱が開けられていて、中にはクルトがよく使っている工具の類が詰められている。そして、箱の手前には小さな机があった。

「あった。点けるよ」

 クルトの声とともに、天井の明かりが灯った。皆の目にも散らばった木箱の部屋が映される。

「え、嘘だよね……?」

 動揺したクルトの声。クルトが見ているのは木箱の手前にある机だ。

 机の上には、何もなかった。

 慌てたように、クルトが机の下を覗きだす。

「ねぇ、どうしたの」

 嫌な予感に耐えきれずに、イユは口を開いた。

 クルトは返事をしなかった。ずっと探し回っている。そうやって散々探し回った挙句に、ようやくくるりと一同を振り返ってみせた。


「魔術書が……、ない」


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