その915 『秘密ノ部屋ヲ探セ』
「事は追って通知することになるが、何かあればギルドを通すことだ」
エドワードは、そう告げた。話の終わりが近いことを感じながら、ブライトはこの機会にとエドワードに尋ねる。
「かしこまりました。しかし、ギルドは信用できるのですか?」
ギルドに無邪気に相談して、他国に筒抜けになっては意味がない。ずっと、それが気がかりだった。
「使えるものは使う。それだけだ」
エドワードには、ギルドは信用できるとは言われなかった。それどころか、こう言うのだ。
「そなたは気がついておらぬだろうが、ギルドを通してそなたの領土の経営情報さえ掴むことができる。先日、孤児に情報の提供と見返りに報酬を渡しただろう?」
言い当てられて、ブライトとして頷くことしかできない。
「正直、あまり良い手とは思わない」
ばっさりと切られた。
「理由を聞いてもよいでしょうか?」
「一人救っても意味がない。かといって数を増やせば、孤児には報酬を与えられると気づいた者が孤児を利用しようとするだろう。被害が増えるだけだ」
元々エドワードからの指摘もあり、実態を知るため情報集めをしたつもりだった。だが、それも噂になれば危険だということだろう。確かにその心配はあった。
「無論、孤児に情報提供を依頼するのも手かもしれないが、実際は報酬などなくとも彼らは自ら進んで話をするものだ。可能ならば、自分の足で常に歩いて探すのが良い。無理なら、呼べ。それが無理なら、手を使え」
更にエドワードは続ける。
「そして実際の策についてだが、例えばまず、短期での策として孤児院を設ける。子供は未来の力であり、孤児を保護することが領土を強くするからだと、皆に納得させる。そして、長期的な策としては、孤児に教育を施す。理由はわかるか?」
すらすらと言われて、飲み込むのに時間がかかった。
「学があれば、手に職をつけられると」
「その通りだ。これはギルドが過去インセートで用いたものと似ている。だが、有効だ。余の領土では動き始めている。最も、この献策は全てワイズのものだがな」
言われて衝撃を受けた。知らなかった。ワイズはいつの間にか国王に献策などしていたのだ。
「……とまぁ、話はそれたが、ギルドはこのように情報を集めるのに良いわけである」
ブライトは頭を下げた。
「なるほど、理解しました。必要であれば、使わせていただきます」
ブライトの言い方に何か気になったらしい。エドワードはこう続けた。
「そなたがこれ以上、愚か者にならぬことを祈っておる」
「留意します」
他に言いようがないので、ブライトはそう言うに留めた。
「では、失礼いたします」
顔を上げ、礼をいう。
エドワードは赤く腫れた目を細め、手で追いやるような仕草をした。
「それで、王立図書館ですね」
王城にずっと待たせていたハリーを呼び、ラクダ車に乗り込んだブライトは、すぐにハリーに王立図書館に向かうよう指示を出した。今はラクダ車のなかで、セラにこれまでの話を打ち明けたところである。というのも、エドワードのときは同席していたがアンジェラとの話を共有している時間がここまでなかったからだ。
「うん、部屋も大体想像できてる」
タタラーナに呼び付けられた部屋を思い返す。今にして思えば、タタラーナは秘密文書室について知っていたようだ。それどころか。タタラーナは意図して砂時計の話をブライトに持ち出したと考えられる。
「ただ、予約を取ってないからね。あたしの予想が正しければ、言葉だけで足りると思うけれど」
「その言葉って何ですか?」
「間違っていたら恥ずかしいからね。ついてからのお楽しみ、かな」
幸い、王城から王立図書館は近いのだ。返事を待たずして、王立図書館が見えてきた。
「そうそう」
敢えてブライトはついでのようにセラに聞く。
「セラは、あたしの手になるよね?」
今更の確認だと思ったのだろう。怪訝な顔をされた。
「はい。……それが何か?」
「手、ってなんだと思う?」
難しい質問だと思ったが、セラからは即答がある。
「ブライト様のお役に立つことだと存じます」
しかも、そうした言葉を返してくるあたりが、セラだ。胸の中が疼くのを感じつつも、ブライトは敢えてそこに要求を出した。
「あたしは、あたしの手の回らないところにも手助けをしてくれる存在かなって思っているんだ」
「一理ありますね」
「うん、わかっているならいいや。よろしくね」
にこりと笑うと、にこりと返された。
王立図書館に到着すると、ブライトたちはハリーを残して、すぐに秘書に挨拶に向かった。やたらと大きな木のテーブルに、いつも通り女がどっしりと構えている。
「ブライトです。お約束の品は届いていますか」
約束などしてないのだが、敢えて以前タタラーナと会ったときと同じ聞き方をした。部屋を案内してくださいと言うより、恐らくは確実だろうと考えたからだ。
秘書の女は淡々と一礼をして、質問をする。
「失礼ですが、どちらの件でしょうか」
ブライトはすっと息を吸った。これで正解か、改めて思考する。
「赤い砂時計の件です」
少し、間があった。
「確かに届いています。どうぞ、こちらです」
秘書は硬い表情を崩さずに、眼鏡をくいっと持ち上げる。
そうして秘書に案内された部屋は、以前案内された部屋とよく似ていた。ぱっとみただけですぐにわかる年代物の時計に、高級感溢れる大理石のテーブルとソファ。そして、壁に掛けられた絵画には、時計塔が描かれている。やはり、図書館とは思い難い豪奢さだ。
「当館ではお茶のサービスもしております。ご入用でしたら、そちらのベルでお申し付け下さい」
秘書にテーブルを示される。そこには確かにベルがあった。
「ではどうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
秘書が去っていくのを見届けた後、セラにぽつりと呟かれた。
「さっぱりわかりませんでした。何故赤い砂時計なんですか?」
ブライトは、それもそうかと反省する。
「『ペナの時計塔』を、セラは知らないっけ?」
「時計塔、ですか?」
セラの視線の先に、壁に掛けられた絵画がある。時計塔の西が蒼く、東側が赤くなっていた。
「蒼は過去を、赤は未来を指す、なんて言葉があってさ。以前、蒼い砂時計の話をしたら別の部屋に通されたんだよね。だから、同じようなことが起きるのかなって」
セラは小首を傾げたままだ。
「……カルタータの文献を探しに来たのですから、過去ではないんですか?」
それが悩んだところだ。
「カルタータ自体は過去の出来事だけれど、あたしは未来に採用されるものを使いたいから」
それに、可能性を読むというエドワードの言葉もあった。
とはいえ、通されたのはティータイムにばっちりな豪奢な部屋であり、秘密文書室ではない。まだ謎がありそうだ。




