その910 『文句ヲ言イタイ』
「ついでにサロウも誘えないかな? 話せる間柄なんだよね?」
サロウについて、克望はすんなりと頷いた。国を隔てているはずだが、サロウとのやり取りができる程度には仲が良い様子である。意外な発見だが、こうなれば巻き込んでしまったほうが良い。
「連絡はつけておこう」
「それは助かるよ」
礼を告げると、克望は席を立った。
「さて、時間哉」
忙しい身なのは事実のようだ。
「もう少し語らいたかったが」
と付け足されたことからも、残念そうにしているのは伝わってきた。このまま克望は席を立ち、去ってしまう。ブライトの頭に幾つかの可能性が浮かんだ。余計なことはしない方が良いと、自分の理性に諌められる。克望と話したことはきっと、アンジェラにも伝わる。変に疑われないように大人しく従順であるべきだと。
「一つ相談があるんだけど」
気がついたら、ブライトは克望がしまった紙のある場所を指さしていた。
「それって、あたしでも使えるの?」
克望の口元が、持ち上がる。
「望むならば、条件と引き換えに」
やはりそうなのだと、納得した。本物そっくりの式神を、克望は自身の手札として初めからちらつかせていたのである。アンジェラの式神はアンジェラの意思ではなく克望の思惑が絡んだ結果と見てよいだろう。ブライトからの手紙を受け取ったうえで、克望がアンジェラに頼み手配したと思われた。
「詳細は手紙で示すとしよう哉」
そう世間話でもするように軽い口調で話しながら、克望が去っていく。やがて、ラクダ車の扉が閉まってブライトとセラだけになると、ラクダ車ががらがらと動き始めた。
「ブライト様、今のは」
「うーん、ひょっとすると生き延びる手段になるかもしれないね」
確証はない。だが、アンジェラの意図ともまた違う動きに、可能性があるという確信はあった。
「でも、収穫だったのは間違いないよ。ここ数日の間に一気にことが動いたみたい」
ブライトは満足そうに、そうセラに気持ちを伝えた。
ラクダ車は、そのうちに森を抜けて空の下を進み始めた。そこから見える王城はやはり、見上げても首が痛くなるほどには高く、そして豪勢だ。栄華を誇る王の力の一端を確かにはっきりと示していた。
やがて、ラクダ車は速度を落とすとぐるりと王城を迂回する。そうして、王城の裏手につくと、少しして止まった。
「到着しました」
御者が扉を開けてそう声をかけるので、ブライトたちは立ち上がった。御者の手を借りてラクダ車から下りたブライトは、ちらりと御者を確認する。御者の男ははじめから全てを知っていたかのようにブライトに会釈をすると、去っていった。
「こちらへどうぞ」
代わりにやってきた従者が、ブライトにそう声をかけた。
「どこに?」
と尋ねたのだが、返事はない。第二の式神かと思ったほどに静かな従者だ。最終的に長い廊下の先で通されたのは、アンジェラの部屋だった。
「失礼ながら、そちらの方は部屋の前でお待ち下さい」
従者がセラに言及する。『異能者』だとも伝わっているはずなので当然の配慮だろう。頷いたセラを確認し、ブライトは
「ちょっと待っていてね」
とだけ述べる。そうして、従者により開かれた扉の先へと進んだ。
「思ったより早いお帰りでしたね」
アンジェラの姿を確認する前に、そう声が降りかかった。眩しいシャンデリアの明かりに目が慣れてくると、ようやくそこに笑みを浮かべたアンジェラの姿を捉える。
「アンジェラ様、どういうことでしょうか」
すかさず、ブライトは返した。さすがに、文句を言ってもよい気がしていたのである。
「克望様との会談を準備されたのは、アンジェラ様ですよね? 克望様は、あたしが今回の会談を仕込んだかのように受け止められておりましたが」
話がおかしく感じたと、そう告げるブライトにアンジェラの目が笑っている。絶世の美女は性格も良い、なんて話はどこで聞いた言葉だっただろう。きっと、見た目に騙されて、本性を暴けなかっただけだと言いたくなる。
「あなたは自分で考えるより、大きな存在なのですよ。ですから、利用させてもらったに過ぎません」
アンジェラの言葉に、ゆっくりと理解が染み込んでいく。彼女がお茶会の友人たちを使える立場にいるのならば、ブライトの頭に浮かぶものがある。
それは、嫌がらせのように、毎日のように届く手紙のことだ。手を抜けず書き続けたことを思い返せば、ないとは言いきれない。どのみち確認するならば、今だと口を開く。
「もしかして、タタラーナ様が関係しますか?」
タタラーナが、数しれない手紙からブライトの筆跡を読み解き、真似ることができなかったとはいえない。そして彼女が絡んでいたのは、和平派だ。
「克望様は、あたしから既に手紙を受け取ったことがあるような言いっぷりでした。それは、もしかしなくても、タタラーナ様が筆跡を真似たものでしょうか?」
念入りに筆跡を確認されたらばれるかもしれないが、何せ初めて送るのだ。気づける者も少ないだろう。そのうえ、正式な文書ならば家紋を調印することもあるが、ジェミニのような例外でもなければまず秘匿する。宛名をつけずに送る手紙に、ブライトの存在を匂わせただけということもあるかもしれない。いや、むしろそうしただろうとブライトは読んでいる。
克望からの手紙のやりとりを考えると、おそらくはこうなる。
まず、カルタータについて匂わせる手紙のはじめは、『はじめまして』となっていた。一度受け取った手紙の返信としては不適切である。だから、これは克望本人の文章ではないとも想定できた。内容もどこか下手に出ていて、本人の性格とも違ってみえた。
だが、その後のギルドを通した異様に早い返信は、『深淵』について詳しく触れていた。それが、克望のものだろう。そして当然、そこには『はじめまして』などとは書かれていなかった。ブライトはそこまでは気づかず同じ人物のものだと思い込んでいたが、よくよく見れば筆跡も違ったはずだ。克望もまた、一度は届いたことのある人物へ手紙を送るのだ。相手が変わったところで、いちいち挨拶はしなかったのだろう。結果、見事にすれ違ったのだ。
「妙なところで、察しが良いのですね」
アンジェラの言葉は、肯定以外の何物でもなかった。お茶会仲間は思いのほか多いらしいと吐息をついたところで、一つの疑問にぶつかる。
つまり、何のためにそこまでしたのか、ということだ。




