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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その91 『求めた先の答え(終)』

 暫くは手すりにもたれ掛かって、空の様子を見ていた。目を凝らせば僅かばかり白い雪がちらついている気がしたものの、朝焼けの空は見ていると心が洗われる気持ちになる。

「ほんの数十分前は、悪天候でした」

「そうなの?」

 リュイスに頷かれる。

「はい。稲光が走っていて、とても甲板に出られる状況ではなかったです」

 だから甲板に人がいないのだろうと、納得する。

「それなら私は運が良いわ。嵐の後の空って、いつもよりも綺麗に見えるものだし」

 まるで空がイユを祝福しているかのようにさえ感じて、気分良く風に打たれる。


 少し肌寒くなってきたところで、

「そろそろ朝食の時間ですから、食堂へ行きましょう」

 そうリュイスからの提案があった。

「そうね」

 手すりから身を離し、かじかむ指を擦ってから頷く。

 そうして船内への扉を開けると、心地良い人のざわめきがイユを歓迎した。どうも皆、朝食のために食堂へと向かい始めたようだ。

「イユ! 良かった、怪我が治ったのね」

 廊下を歩きはじめたところでリーサに声を掛けられる。彼女も食堂へと向かっているところだったらしく、階段からひょっこりと顔を出していた。

「おはようございます」

「リュイス、おはよう」

 丁寧に挨拶をするリュイスに、リーサも朗らかに挨拶をする。

「おはよう、リーサ。もう怪我はなんともないわよ」

 足首をわざとくるくると回してみせる。折れたのはそこではないが、分かりやすくしようとした結果だ。

「それなら本当に良かったわ。もう無茶は駄目よ」

「わかっているわよ。耳にタコができそうだわ」

 既に何度も言われて十分に反省はしたつもりだというのに、リーサは中々に口うるさい。よほど心配をかけていたということだろう。

「もう。それならもう言わないわ」

「イユじゃん。おはよー」

「おはよ、イユ」

 むくれたリーサの後ろから、クルトと刹那が階段を下りてきた。

「怪我、平気?」

 刹那に問われて、何か既視感があった。それがよくわからないままに、答える。

「えぇ。怪我自体は半日で治してやったわ」

「……なんというか、さすがだね」

 クルトの感想を聞きつつ、歩き始める。曲がり角を曲がった先で、黒髪の少年とぶつかりそうになった。

「うおっ! ……気をつけろよ、異能者」

 間髪入れず、リーサから反論がある。

「その言い方、何よ! ヴァーナーこそ、前を向いて歩きなさいよ!」

 普段のリーサとは打って変わった強い口調だ。どうもヴァーナーが相手だとリーサには遠慮がなくなるらしい。

 たじろいだのはヴァーナーだ。

「なっ! うるせぇ!」

 良い反論が思いつかなかったらしく、ヴァーナーが慌てた様子で逃げていく。それを受けてリーサの頭に血がのぼったようで、ヴァーナーを追いかけていった。

「やれやれ。あの二人は相変わらずだねぇ」

 クルトの言い方にイユは首を傾げる。

「あの二人、仲がいいの?」

「ヴァーナーは完全にリーサ目当てだよね。リーサは意外と鈍感みたいだけれど」

 面白いことを知ったと思う。



 食堂の扉を開けた先では、既に大勢の船員たちが集まっていた。

「あ、イユのねぇちゃん」

 テーブルから手を振られ、

「シェル」

 思わず名を呼ぶと、にかっと笑われた。

 そこを、近くにいたレンドが去っていく。

「もう起きて大丈夫なのかよ、頑丈だな」

 と一言声をかけるのを忘れない。

「ねぇちゃんたちも早く座りなよ。後ろ詰まっているし」

 シェルにテーブルに座るように促され、イユとクルト、刹那、リュイスの四人で席に着く。

「ふふ。皆仲良しでいいわね」

 声に振り向けば、マーサがパンを配っているところだった。イユたちの席にもやってきて、ふわふわのパンを中央の籠に重ねるようにおいていく。

「おかわりもありますからね」

 パンの隣には、サラダボウルが置かれている。ガラスコップも人数分あったので、それをリュイスがそれぞれの前に置いていく。刹那は人数分のおかずをとりにいった。

「マーサ、僕にも一ついいかな」

 少し離れたところにいたミンドールが、手を挙げてマーサを呼んだ。

「はい。ただいま伺いますね」

 マーサは返事をして去っていく。

「……船員たちの顔もだいぶわかるようになってきたわね」

 感慨深くなったイユは思わずそう漏らした。

「まだ、甲板部員にしか会わせていませんよ」

 リュイスの言葉に、目を丸くする。

「え、もう結構会ったと思ったけど」

 考えてみれば確かに、以前のリュイスの説明ではもっとたくさんいたはずだ。

「そもそもセーレほどの船を動かすには二十人必要ですから」

 イユたちのテーブルの隣、シェルと同じ席についていたジェイクが話を聞いていたらしく、声を上げる。

「今は二十一人いなかったか?」

 思わずイユは今まで会った船員たちの数を数えた。数える途中でわけがわからなくなってしまったが、少なくともジェイクのいった人数の半数以上とは会っている。だが、全員までにはまだ程遠い。

 顔を合わせただけの船員までは覚えていないとはいえ、改めてセーレの大きさに感じいる。

「……この船。本当に大きいのね」

「まぁ出入りも激しいからね。機関部員は基本籠ってばかりだけど」

 クルトがそう言って刹那が配ったばかりのおかず、イユの皿に乗っているソーセージをとろうと手を伸ばす。

「甘いわ」

 イユはさっと皿を引っ込めた。

「くっ……、さすが異能者。手が早い」

「……ねぇちゃんたち、子供じゃねぇんだから」

 呆れ口調なシェルにたしなめられる。

「だって、肉はおかわりないじゃん」

 クルトはぶーぶーと不満そうだ。

 イユは改めて周りを見回した。マーサが順に声をかけてパンを配り、調理場の近くでは先程刹那が配ったおかず、――ソーセージとスクランブルエッグ――、を盛り付けた皿をセンがレンドに手渡している。その近くにあるテーブルでは、確かに名前の知らない船員が一人ぽつんと座っていた。イユの視線に気がついたのか、驚いた顔をしたあとで俯かれてしまう。

 恐らくは皆、まだイユに対して思うところはあるのだろうと結論付ける。アグルを助けたというだけでイユのことを信頼した船員ばかりではないのだ。その証拠に軽口を言いながらもジェイクは常に一定以上の距離をとっているし、一度一緒に伐採作業を手伝ったミスタは声をかけてくることすらない。レンドの見張るという発言もある。

 けれど、少なくとも今この場にイユがいる事実を皆は受け入れている。それがわかって、ようやく認められたと思った。そしてそれを素直に受け止められるようにもなったと。


「あ、船長」

 クルトの声に振り返ると、レパードが食堂に入ってきたところだった。何故か憔悴した顔をしている。

「どうしたの?」

 イユが聞くと、余計憔悴した顔をされた。ため息までつかれる。

 その態度は何なのだと言いたくなる。

「……いやなに、何やっても全く起きないから疲れただけだ」

 眉をひそめるイユに気がついたようで、そう説明があったが、一体誰のことを言っているのかイユにはよくわからなかった。

「あぁ、船長。インセートには今日の夕方には着くそうですぜ」

 別のテーブルから、クロヒゲがレパードに声をかける。

「そうか」

 とレパードが返答する。

「ねぇ、インセートに行ったらそのあとはどうするの?」

 イユの質問には、ちょうど戻ってきたリーサが答える。ヴァーナーは捕え損なったらしく、いなかった。

「そうよね。イユはセーレのことをよく知らないんだったわ」

 そう前置きしたリーサは嬉しそうだ。イユがずっとセーレにいるということを実感したかのような表情の変わり方だった。

「私たち、基本的にギルドの活動地点からは離れないの。インセートに行ったら暫くはそこに滞在すると思うわ」

 イクシウスにいたのは例外というのは薄々感じられた。

 クルトがそこでレパードに聞く。

「ボクたち仮にもイクシウスに追われているんでしょ? インセートで長居するの?」

 呑気に滞在しては危険ではないかということだろう。クルトの発言に、レパードは頷いてみせる。

「奴らの姿は見ないから、撒けたはずだしな。イクシウスも証拠がなければあそこで騒ぎを起こそうとはしないだろうし。それに、どのみち燃料の問題がある。いつもほどの長居はしないが、いやでも数日はいることになるな」

「インセートでの滞在が終わったら?」

 数日の滞在が終わったらどこかへはいくのだろう。その質問にリーサが考える仕草をする。それから、口に出した。

「いつもなら、インセートには三か月程度滞在するの。それで、その間に行きたいところを決めるのよ」

 レパードが付け足すように答える。

「基本はギルドの活動が活発なシェパング方面だが……、なんだ。他に行きたいところでもあるのか」

 『他に行きたいところ』と問われ、イユは躊躇なく答えた。


「私、シェイレスタに行きたい」


 リュイスが手に持っていた食器を落としそうになる。周囲の船員たちが一斉に押し黙った。レパードの目が細められる。


 ひょっとして聞こえなかったのだろうか。


 イユにはそれらの様子をみても、その感想しか沸かなかった。急な沈黙に支配された食堂。その中で、イユは繰り返し告げる。


「私、シェイレスタに行きたいわ」


 その言葉の異様さに、イユはもう気づくことができない。


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