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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
902/1008

その902 『絶望ノ宣言』

「けれど、一つお願いをしても良いでしょうか」

「お話した件ですね?」

 アンジェラの確認に、ブライトは頷いた。

「あたしが差し出せる全てに変わる、条件です」

「あなたはこの件について正常な判断ができないでしょう」

 断言された言い方に、ブライトは否定できない。故に、告げた。

「しかしながら、それを含めてのあたしです」

 アンジェラの大きな瞳の中にブライトの姿が映っている。


 アンジェラは何を考えているのだろうと、不安に駆られる。あの日、アンジェラにアポもなしに会いに行ったブライトは、自分の記憶を見せる代わりにお願いがあると告げた。そうすると、アンジェラは、

「あなたの記憶を見てから考えます」

 と言うのである。アンジェラが記憶を見てから考えた結果、ブライトを切り捨てる選択をする可能性は多分にあった。だからこそ、それは普通に記憶を晒す以上の賭けだった。

 結局ブライトは記憶を差し出したが、アンジェラは本当のところ、ブライトが取りやめる選択をすると思っていたらしい。ブライトの反応に、意外そうな顔をしていた。

 だから、身を持って分かる。アンジェラには、そうやって人を試す節がある。或いはそれこそが、王家のやり方かもしれない。エドワードが毒入りの茶を飲ませようとしたように、彼らは真に信用足りうる者を見出すために試練を課すのだ。




 アンジェラは、穏やかに揺れるラクダ車のなか、ブライトに向かって長い指を伸ばした。ブライトの心臓のある場所へとその指が止まる。

「『絶対におかしいんです』。あなたは泣きながらそう言いましたね?」

 記憶を見られた影響で何度も意識を切らし倒れた後の自分の発言だ。正直、そう言ったかどうかさえ、覚えていない。

 アンジェラに、心臓のある位置をとんとんと突かれた。

「あなたは、犯人を見つけたいと言いました」

 ブライトは頷く。

 アンジェラと話した記憶が僅かに残っている。





「犯人を見つけてどうするのですか?」

 と、アンジェラに聞かれた。ブライトは、

「治してほしい」

 と答えたのだ。それが、ブライトの望みだった。

「父が亡くなったあの日、明らかに母は人が変わったようになりました」

 今でも忘れない。母の取り乱しようは普通ではなかった。それにあの日を境に、優しかったはずの母はいなくなってしまった。その変わりようの原因は何だったのだろうと、何度も立ち戻って考えたのだ。父が亡くなったことへの悲しみから来ていると言われたら、それまでかもしれない。けれど、もう一つ疑うべきことがある。

「あたしは、母が魔術に掛けられたのだと疑いました」

 家にやってきた大勢の『魔術師』たち。あの中に容疑者がいるのだと考えた。

 だから、ブライトは彼らのことを勉強し調べた。それに、魔術の痕跡を覚えることもした。それで分かったことがある。

「ですが、母には魔術の痕跡がありません」

 疑ったのは、特別区域を管轄するヴァールだった。魔術は痕跡が残るが、異能はそうではない。ブライトはヴァールを警戒し、やがてその警戒を解いた。むしろ、ヴァールが悩まされているカタラタに問題があるのかと考え、その背景にシャイラス家がいるとみて疑った。

「全て外れました」

 シャイラス家を殺すように指示された時点で、容疑から外れたのだ。そうなると、候補はだいぶ絞られてくる。

「私はあなたに他国の人間の息がかかっているとみていました」

 今度はアンジェラが、ブライトにそう語りかけた。

「けれど、それは違いましたよね?」

 他国の人間などとぞっとする発言に、ブライトは記憶を差し出したからこそ声高に訴えた。

「あたしは魔術に掛かっていません」

「いいえ」

 あのときのアンジェラの断言には肝が冷えた。


「あなたにはシェパングの主戦派の息がかかっています」


 自身の口が、意味もなくぱくぱくと動いたのを感じた。

「そんな、はずは」

「えぇ。あなた自体に掛かっているのは、あなたのお母様を第一に考えることでしょう。けれど、あなたがこれまで殺めてきた人たちは皆、シェパングにとって邪魔な人間です」

 アンジェラはそう言って指を一本立てた。

「まずは、シャイラス家」

 フィオナの顔が浮かんだ。フィオナとの付き合いは、はじめてのお茶会から始まった。年齢は離れていたし、母には注意されていたので警戒はしていたが、明るく面倒見の良い彼女のことは正直に言うと好いていた。

「あなたは知らないでしょうが、あの家は最もシェイレスタについて考えていたともいえます。あの家は、ある家の人間をシェパングの密偵として捕らえています。そして、特別区域に手を出そうとしていたのもまた、あの家ならではの正義感からでした。特別区域のルールを作り替え、『異能者』を魔術により効率的に運用することを画策していたのです」

「効率的、ですか」

 人道的に問題のある発言にみえて、嫌な想像しか沸き立たない。

「えぇ。例えば魔物退治の力として」

 魔物退治と言ったが、実際には兵器への転用もあり得ると想定できた。それは紛れもなく、他国からみて脅威であったともいえる。

「次に、ルルメカ家。先日の毒殺騒ぎの犯人であるセセリアですが、実は彼女こそがシェパングの密偵を捕らえるために証拠を集めていました」

 セセリアが、クルド家のヘンデルを好くあまりに、媚薬に手を出したことを思い返す。

「それから、ビヨンド家」

 ビヨンド家のサフィールは、マリーナの兄グレンを殺した件で騒ぎになった。実際にグレンを殺めたのはサフィールの妹のササラだったが、問題は殺された側のグレンだ。そのグレンはササラに、『売国奴』、『金目欲しさに自国の情報を売った』などと言われていた。シェラ家特有の魔術でブライトの家に法陣を描き、ジェミニの発言を聞こうとしていたというのもある。

「シェパングの密偵だったシェラ家の人間が、ビヨンド家によって討たれました」

 アンジェラは、ブライトに冷たく微笑みかける。

「分かりませんか? あなたが殺した相手は殆どシェパングにとって邪魔な相手なのです」

 まるで雪の中に取り残されたような錯覚に陥った。とても、『犯人が見つかって良かったです』などとは言えそうにない。

「しかし、あの、あたしの使用人たちは」

 結局、碌な意見が口に出てこなかった。自分の使用人を殺したと認めるような発言をしたブライトに、アンジェラは微笑んだままで答える。

「殺害の練習でしょう?」

 衝撃のあまりに足に力が入らなくなった。床の冷たさを感じ、起き上がろうとしたもののぐるぐると混乱する頭のせいで立ち上がることもままならない。ただただ、息苦しさを感じた。

 

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