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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
901/992

その901 『選択肢ナシ』

 幸いにして少ししたら屋敷の外へと出た。すぐに、御者らしき男がラクダを連れて歩いてくる。

 王家のラクダ車となると格が違った。ラクダの毛並みからして何かが違う。触ったらサラサラなのが見ているだけで伝わってくる。車を運ぶ動きもどこか優雅だ。車自体も派手な装飾こそないものの、クルド家並みの大きさがある。よく見ると、所々に宝石が嵌め込まれてさえいる。

 お忍びで来ていたはずだが、これではすぐにばれるのではないかと思ってしまう。

「何を見ているのですか? 行きますよ」

 アンジェラにそう急かされては頷くしかない。

「失礼しました」

「私のラクダがそんなに気に入ったのですか。あなたにそういったものを感じる心があるとは思いませんでしたが」

「あたしも人間ですし」

 ちくちく嫌味を言われたので、笑顔を作っておく。顔を見せるなと言っていたアンジェラだが、どうにもブライトに対しては文句が湯水のように湧いてくるらしい。

「あなたの面の厚さからいって、血の通った人間ではないでしょう」

 とまで断言された。

「そうみえますでしょうか」

「当然です。此度のことは、普通の人間がするものではありませんよ」

 強く断言され、顔が引きつる。王家にここまで言わせた人間はきっと、いないはずだ。

「いえいえ、さすがに今回は、普段のあたしならば恐れ多くて口にはしません。ただ、死地を前にして取り繕うことも何もないのではと思い直した次第でして」

「死地、ですか」

 重い言葉だと言うように繰り返したアンジェラは、気づけば先にラクダ車に入っていた。

「はい。アンジェラ様もよくよくご存知のことでしょうが」

 慌てて追いかけながら、ブライトは続ける。発言の内容はもちろん、ブライトがこれからエドワードに拝命することになる勅命についてだ。

「自ら掘った墓に入ろうとする者のそれは、死地とは言わないでしょう」

 ばっさりと切られて、さすがに言い淀んだ。

「……えと、あたしでは他に手が思いつかなかったもので」

「何をするにも、自分の存在が邪魔になるようですからね」

 アンジェラが手厳しいのは、ブライトの記憶を読んだこともあるのだろう。恐らくアンジェラは、自分に厳しいタイプの人間だ。

「否定はできません」

 ブライトがそう言うと、アンジェラに吐息をつかれた。

「あなたにはシェパングについてお願いしましたが、本当に可能だとお思いなのですか?」

 緩やかに動き出したラクダ車からは、広大なクルド家の庭がみえる。その先には夕焼け空が映り、その先にあるはずの大地も、目を凝らせば見つけられるのではないかという気になった。

「『はい』とも『いいえ』とも言えません。それだけ不確実な話です」

 アンジェラに記憶を見せたその日、アイリオール家には一通の手紙が届いていた。それは、カルタータについて述べた手紙だった。セラがギルドに出しておいてくれた手紙が、他国にいるはずの人間から今朝一番で届いたのである。それで、確かにその人物はシェイレスタに、それもすぐ近くにいるのだと確信した。

 手紙には、カルタータに絡む話として『深淵』について詳しく述べられていた。世界にあるとき急に現れるという黒い渦は、近づいたものを何でも、――――文字通り人も光も音も、電波ですら――――、吸い込み二度と外には出さないのだという。

 そして、『深淵』には龍の声がするという証言があるらしい。カルタータにもまた龍がいるらしく、『深淵』の正体は過去滅んだというカルタータではないのかという仮説があるそうなのだ。

 ブライトにはどれも初めて知ることで大変興味深かった内容なのだが、どういうわけか手紙の最後に、

「あなたはご存知でしょうが」

 と書かれていた。

 故に、手紙の送り主は、興味があるかと聞きつつもブライトが既にカルタータについて相当精通していると見ていることがわかった。

 そして、ブライトの知識を欲していると想像がついたのだ。

 ただ、手紙にはどういうわけかサロウについても触れられていた。ブライトがサロウと懇意にしているはずとあったのだ。そして、サロウは『龍族』について書き記していたと思い返す。龍の住まうカルタータの住民。その大半は『龍族』だという。無関係なはずがない。

「シェパングの密偵は特別区域にさえ入り込んでいる可能性があります。故に何が起きてもおかしくはありません」

 ブライトの宣言に、アンジェラは憎々しげに同意した。

「シェパングの恐ろしさならば私もよく存じておりますよ。それ故に先ほど弟を失ったばかりですから」

「アンジェラ様……」

 やろうと思えば、アンジェラならばクルド家を救えたかもしれない。しかし切り捨てる側に舵を切った。それがアンジェラの決断であり、覚悟だ。

「シェパングは想定以上に入り込んでいます。それは間違いないでしょう。そして、王家に近い存在までもが、シェパングの界隈になっていたと知られるのもまた問題なのです」

 アンジェラのなかで、犯人はシェパングなのだと確信しているような発言だった。

 確かに、王家の力がますます弱まれば、それこそシェパングの思うツボだ。その危機感が、アンジェラを立ち上がらせたのだろう。

「だからこそ、あなたには犠牲になっていただきます」

「かしこまりました」

 ブライトは素直にそう返事をした。他に何が言えたというのか。ブライトにはもうアイリオール家の跡継ぎになるという選択肢は残されていないのだ。


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