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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
900/992

その900 『侮蔑ヲモッテ』

「さて」

 主が不在になった屋敷で、従者たちは困ったように壁際で縮こまっている。アンジェラとブライト、それぞれの従者たちだけが部屋の真ん中で、互いの顔を向き合わせていた。そこで溢れた『さて』というアンジェラの言葉に、空気が切り替わる。

「あなたにも言っておくことがあります」

 ブライトは深々と頭を下げる。

「なんなりと」

 何が来るかは分かっていた。むしろ、そのためにブライトは呼ばれたのだと知っていた。そしてそれは、予想通り最大限の侮蔑を持ってぶつけられた。


「魔女め。金輪際、私の息子に関わらないで」


 ジェミニが言っていた。祖母である先代のアイリオールの魔女は、王家を衰退させたという。今のブライトもまた、アンジェラからは魔女に映るようだ。

 最もだ、と納得しかない。むしろその発言を聞いたことで、アンジェラがシェイレスタの密偵ではないと思わされた。もし妃が密偵だったのならば、シェイレスタを衰退させる魔女を真っ先に遠ざけようとするはずがないからだ。

「仰せのとおりに致します」

 それに、これまでブライトがしでかしてきたことを思えば、息子に関わってほしくないと思うのは当然の親心だろう。ましてや、家庭教師にしていたのだ。裏切られた気持ちでいっぱいだったに違いない。

 だからこそ、切り出さねばならなかった。傷心したアンジェラの前で、あえての言葉を述べる。


「ただし、教師として一度だけご挨拶をする時間を承りたく」


 嫌そうな顔をされたのは見なくても分かった。じっと、視線に耐える。

 そうして長い時間が経った後、アンジェラは呆れたように息を吐いた。

「思い上がっているわけではないようですが、あなたは何がしたいのですか?」

 思い上がるというのは、ブライトの望み通りにジェミニが捕まるようアンジェラの意思を動かしたことを指しているのだろう。アンジェラの言うとおりで、ブライトには思い上がるつもりは毛頭ない。むしろ、アンジェラに記憶を差し出したことで、アンジェラがその気になればブライトを如何様にもできることを知っていた。記憶が分かれば相手の心の弱さに付け入りやすくなる。おまけに、アンジェラには人の心を操る魔術もある。ワイズに指示してブライトに掛けられた魔術を解かせてから、ブライトの心を操ることも可能だ。

 そうしないのは、単にブライトがもう終わる側の人間だとみなしているのだろう。

「あたしは、大切なものを守るために動いているだけです」

「その大切なものに、私の息子もはいっていると?」

 ブライトは頷いた。アンジェラは信じ難いような表情をしている。

「あたしの記憶をお見せしたから存じ上げているでしょうが、あたしにとってエドワード王子は弟の大事な友人です」

 そう発言できるのは、これが最後だという思いがあるからだ。母の元に戻ることができるのは、恐らくはあと一度。そのときにはたいそう母の反感を買う言葉だろうという自覚はあった。けれど、アンジェラを前に嘘はつきたくなかった。

「……仕方ありません。今日限りであれば、許しましょう。ただし、時間は限らせていただきます」

 これからブライトにすることを考えれば当然だろうが、さぞ嫌そうであった。

「ありがたく存じます」

 そのうえで、少し言いづらいこともある。

「あの、我儘ついでなのですが」

「何でしょうか?」

 警戒されているようであったが、こればかりは言うしかない。

「このあとアンジェラ様は王城に戻られますよね?」

「えぇ」

 分かっていて、確認した。ワンクッションおきたかったからだ。

「その、同乗させてはもらえないでしょうか」

 何せ、ブライトは自分のラクダ車を王城におきっぱなしなのである。まさか徒歩で広大なクルド家の庭を歩くわけにもいくまい。

 アンジェラからは盛大なため息をつかれたが、それが答えでもあった。





 アンジェラは従者たちに指示を飛ばすと、自分たちはさっさと帰るべきだと言って引き上げようとする。ブライトは早速追加のお願いをしないといけなくなった。

「もし、従者の方でミリアとレナードについてご存知であれば、後でギルドに寄るように伝えてもらえませんか? これまでの褒美はギルドに預けてあると」

 恐らくレナードにその気はないだろうとは思ったが、実際に褒美は用意してあった。どのみち、ブライトではもうレナードたちを雇えないと思ったのもある。ジェミニの様子では望み薄だが、もし本人たちが無事でその気があれば、勝手に取りに行くことだろう。

「それでは行きますよ」

 アンジェラは、従者の一人が引き受けたのを確認するとブライトを急かした。

 元々住んでいただけあってよく知っているらしい。アンジェラは迷うことなく歩いている。その後ろから従者が控え、ブライトはさらにその後ろを歩くことになった。

 長い廊下を歩いていると、王族相手とあって何か言わないといけない気がしてきた。

「しかし、今日でよかったのですか。悼む時間が欲しかったのでは?」

 エドワードの悲しみもこれからくるだろう重圧も、ブライトには推し量るしかない。それ故に、確認したかったのだ。

「他に時間はありません。息子とて覚悟はできているでしょう」

 はっきりした言い方だった。それ以上言葉を紡げず、ブライトは押し黙る。

 

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