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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その90 『セーレの一員として』

 

 ――――ああ、頭が痛い。


 誰かがいる気配を察して、意識が覚醒した。瞼をこじ開けたのだが、すぐに情報が入ってこない。頭の重さばかりに気がいって、何が起きているのか把握できないでいる。

「イユさん!」

 名前を呼ばれていると気付いたことで、視界の情報がようやく意味をなしてくる。

 目の前にいたのはレパードとリュイス、レヴァスだ。それぞれが一様に不安そうな表情を浮かべて、イユのことを覗いていた。

「……ん、何で……、みんなして?」

 頭の痛みを堪えながらも、ゆっくりと体を起こす。

「その、大丈夫ですか?」

「頭が痛いのかい?」

 こめかみを抑えるイユを見てか、心配そうにリュイスとレヴァスに聞かれた。

「え、えぇ。でも、大した痛みじゃないから」

 起きた瞬間三人の男がじろじろとイユを見ていたのだ。イユとしては、頭痛よりもそちらが気になった。

「何かあったの?」

「あったのはお前だろ」

 レパードに頭を抱えられる。

「なんであんな馬鹿な真似をしたんだ」

 馬鹿な真似と聞いて、ブライトに暗示を解いてもらったことを思い出した。恐らく頭痛はその後遺症といったところだろうと考える。

「それは……」

「いや、いい。理由は聞いている」

 そう言ってそっぽをむかれてしまっては、レパードが言いたいことがよくわからない。

 戸惑いが伝わったのか、代わりにリュイスから発言があった。

「今度からはちゃんと僕たちに相談してください」

 それでようやく、心配をかけたのだと気づいた。いつもは自分で考えて自分で決めてきた。基本は一人だったからそれが当たり前だった。だからこそ、心配する人がいるのだということに気づかなかったのだ。

「えぇ、ごめんなさい」

 素直に謝罪の言葉がでた。同時に嬉しかった。ようやく実感がイユの中に流れ込んでくる。イユはこれで今を喜ぶことができるのだ。




 イユとは異なり何故か深刻さと戸惑いを顔に貼りつけたレパードたちは、互いを見合っている。

「あの?」

「なんだ?」

 警戒を隠すような声でレパードに返されて、イユは言い淀んだ。少し考えて、足をぶらぶらとさせる。

「私、もう平気だから。身体も痛いところはないし」

 骨折したところを動かしてみせたわけだが、レパードに拍子抜けされる。何を考えているのか、やはりよく分からない。

「身体の異常は全くないということだね? 気怠さなどは?」

 レヴァスの問いにイユは頷いた。

「全く。むしろ、身体が軽いぐらいよ」

 起きた間際に感じた頭痛も、身体を起こしたからか急にしなくなった。起き上がってみせると、レヴァスはやれやれという顔をみせる。

「では、そろそろ退室を許可しようか」

「レヴァス?」

 驚いた顔をするレパードに、レヴァスは問題ないという顔をしている。

「ただし、無茶はしないように。暫くはリュイスと一緒に行動すること。良いね?」

 気分が良かったので、単独行動をまだ認めないと言われても気にならなかった。素直に頷く。医務室に泊めてくれたことにも礼を言うと、

「いや、何もしていない」

 と残念そうな口調で返された。確かに治療らしい治療は受けていないので、医者として何か思うところがあったのかもしれないと結論づける。

「レパード、このあと少しいいかい?」

「あぁ。リュイス、任せていいな?」

「はい」

 それぞれ、レヴァス、レパード、リュイスでやりとりがある。イユはその間にちらっと寝ているブライトに視線をやった。どうも疲れているらしく、四人の会話にも起きる様子はない。

「行きましょう、イユさん」

 リュイスに声を掛けられて医務室を出た。

 独特の医務室の匂いから離れたからか、木の匂いを感じた。めいいっぱい吸ってから、リュイスに時間を確認する。早朝だった。

「まだ朝食までは時間があるわね。……少し甲板にでてみたいのだけれど」

 そう言って廊下を歩きながらも、リュイスに要望してみる。

「いいですけれど、珍しいですね」

「ずっと医務室に閉じ込められていたら、誰だってそう思うわよ」

 てきとうに理由をつける。本当は、軽くなったこの気持ちでリュイスに言っておきたいことがあるからだった。

 甲板に出ると、少しひんやりとした風がイユの顔を撫でた。時間の関係か、甲板には人が不思議といなかった。当然見張り台には誰かいるのだろうが、そこにいるのが誰なのかまではわからない。

「もう、あの島は出たのね」

 スズランにロック鳥。思い出にするには少し苦すぎる島は既に探しても見つからない場所へと行ってしまった。

「はい」

 リュイスはそう答えながらも、心配そうな顔を浮かべていいる。

「イユさん、本当に大丈夫なのですか。……本当に良かったのですか」

 記憶のことを言っているのだとはわかった。

 こくんとイユは頷く。

「ええ、後悔はしていないわ」

「ですが……」

「くどいわ」

 イユはぴしゃりと言い放つ。

「私が、自分の意志で決めたことよ。セーレのためでも何でもない。他でもない私自身が、決別したかったの」


 ――――変な奴。


 イユは首を傾げた。言われたリュイスが少し救われた顔をしたのに、全く理解が及ばなかったのだ。

「聞いてもいい?」

 ヘリへと体を預けて、イユはリュイスをみる。

「どうして、リュイスは私を『さん』づけで呼ぶの」

「それは……」

 リュイスは初めて考えるような仕草をみせた。

「途中からやってきたからにしては、ブライトのことは『さん』づけではないわよね?」

 何故ブライトとイユで呼び名が違うのかは、少し気になっていた。

「ブライトには、『さん』づけはなしと言われてしまったので」

 それにと、リュイスが付け加える。

「イユさんは……、その雰囲気が少し……」

 淀むリュイスに、何が言いたいのかわからない。首をかしげていると、ようやくリュイスの答えがある。

「気品というのでしょうか。何だか呼び捨てにするのは失礼な気がしまして」

 本人が一所懸命説明しているのはわかるのだが、イユにはますますわけがわからない。

「……別に私は失礼だとは思わないのだけれど」

 思ったことを口にすると、不思議そうな表情を浮かべられた。これはちゃんと説明しないとわかってもらえそうにないと判断する。

「リュイスはセーレの皆には『さん』づけでは呼ばないでしょう?」

 ようやく言うことができると思った。今ままで言えなかったこと。記憶を差し出した褒美にイユがほしかったものだ。

「私はセーレにいたい。だから、セーレの一員として扱ってもらえないかしら?」

 今朝からどこか暗く感じたリュイスの表情に、ようやく笑みが浮かんだ。

 そして手を差し伸べられる。

「何?」

 リュイスが

「手を交わすんです」

 という。そっと添えられた手を、リュイスが握り返す。

 リュイスの手は意外と大きくてごつごつしていた。こんなことをしたのは初めてで何だか照れ臭い。

『握手』というのだとリュイスは言う。

「僕たちの故郷では『よろしく』という意味があるんです」

「よろしく……」

 言葉をなぞり、リュイスを見上げた。リュイスの目は三日月形に細められている。

「えぇ、改めてよろしくお願いします、イユ」

「こちらこそよ、リュイス」


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