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カルタータ  作者: 希矢
第二章 『生キ抜ク』
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その9 『脱出』

 態勢を崩しながらも、部屋の外へと向かう。慌てた様子で二人がついてくるのが分かった。

 廊下では警報が鳴り響いている。暗いうえ揺れることもあり、異能を使っても思う存分走ることができない。壁を伝い、しがみつくようにして階段に辿り着くのがやっとだ。

 レパードの愚痴を拾う。

「くそっ。こんなに揺れているってことは俺らの船と離れちまっている可能性も……」

 龍族二人も歩みが怪しい。二人して階段を這うようにして登っていく。

「僕らの船の状況は」

「お前らがいたときと大して変わってないと思うが、どうかな」

 レパードが船を離れてからもだいぶ時間が経ってしまっている。

 階段を上がりきろうとしたとき、ふいにイユの視界が白銀色に染まった。条件反射で首を屈める。がしゃんと金属音が響き、階段が塞がれた。よく見ればそれは伸びたままの兵士の鎧だ。船の揺れでぶつかってきたのだとわかった。

 押しのけて、階段の上へと上がりきる。その先に待望の出口への扉が見えた。

「そろそろ出口よ」

 言った途端に、船が大きく揺れた。体が壁へと叩きつけられる。

「大丈夫ですか!」

 同じように階段を上がってきたリュイスから声を掛けられる。

「平気よ」

 今は痛みを感じている場合ではない。そのまま壁を伝って歩くことにする。

 振り返って確認をすると、リュイスも同じようにして進んでいた。

 その後ろをレパードが続いている。船の惨状をみて、くわばらくわばらと震えてみせた。

「ったく、俺の船は頼むからこうやって壊してくれるなよ」

 イユは当然と言わんばかりに即答してやる。

「保障はしないわ」

「しろよ!」

 軽口を叩きながらも扉へと辿り着く。扉は揺れのせいか閉まっていた。扉の反対側に何かがつっかえているのか押すだけでは開かない。ありったけの力を込めて蹴り飛ばす。

 制御室の厳重な扉とは違う、脆いものだ。反対側のつかえと合わせて、その扉はあっけなく吹き飛ぶ。

「おぉ、怖い」

 レパードの呟きは聞こえなかったことにする。


 眩しい光が射し込む出口へと飛び込んだイユを出迎えたのは、突風だ。

 思わず飛ばされそうになったイユを寸前のところで、リュイスが腕をつかんで引き留める。

 おかげで何とか持ちこたえた。落ち着いたところで、今度は飛ばされないように、慎重に甲板へと出る。周りを見回し絶句した。

 飛行船がない。あるのは真っ青な空。聞こえるのは何人かの兵士の叫び声だ。ロープは完全にはがれてしまっていたらしい。

「俺たちの船は!」

 遅れて顔を出したレパードに、誰も答えは返せなかった。

 揺れる船と激しい風。うっとうしい髪を払い、よたつきながらヘリへとしがみつく。そうして歩いてみても、船は見当たらない。

 しかし、このまま落ちる運命の白船に居残るだけは勘弁である。どうにかして、船を見つけなくてはならない。

 歯を食いしばったそのとき、船が大きく傾いた。

 必死にしがみつくイユへと、日の光が降り注ぐ。眩しさに目を細めたその先に、白い太陽が出迎えた。

「いたわ!」

 叫んだ自分の声が、何よりも信じられなかった。逆光の中、空を飛ぶ船の姿が見えたのだ。見間違いではない。先ほどは船の傾き具合で、見えなかっただけだ。

 すかさず、レパードが駆け込んでくる。

「無事だな!」

 だが、距離が離れすぎていた。ここから飛び移るのは幾ら何でも無謀だ。だからといって、このままこの船にはいられない。

「リュイス、風の操作ならできるだろ」

「はい」

 何をやるかと思えば風の魔法だった。勢いの激しかった風が目指すべき船へと向きを変える。

「ちょっと、風に乗って向こうまでいくつもり?」

 多少は行きやすくなったがそれだけだ。風向きを変えたぐらいでどうにかなるものではない。

「そのつもりだが?」

 だが、返ってきた反応に耳を疑った。

 レパードがヘリの上に足を掛ける。そしてふっと飛び降りた。

「ちょっと何をして……!」

 慌てて覗き込む。自殺行為も甚だしい。真っ青になった。

 だが次の瞬間、飛び降りていくレパードの背中に羽のようなものが生えたのが見えた。

 大きな蝙蝠の羽のような形の、邪悪な印象を与える翼だ。よく見れば、羽の部分には鱗がびっしりと覆われている。もし龍が翼を持っていたらきっとああいう翼なのだろうと、そう思わされるに足るものだった。龍族という名と紐づければ、不思議としっくりきてしまう。

 このとき初めてイユは、彼らが人間とは違う種族なのだということを意識した。彼らはその翼で空を飛べるのだ。

「リュイス、急げ!」

 風に乗って飛び上がっていくレパードにしかし、リュイスは叫び返す。

「でも、イユさんは……!」

 飛ぶ手段を持ち合わせているはずがない。異能が使えなければただの人間なのだ。イユは龍族とは違う。

 レパードは一瞬迷ったように、イユたちを振り返る。

 そのとき、船ががくんと揺れた。ヘリを抱きしめるような形でしがみつき、手に、腕に、力を込める。その横で気を失って倒れていた一人の兵士が無残にも投げ出されるのが、視界の端に映った。異能がなければ、同じ運命を辿っていたところだ。

 揺れが収まる。このときには既にレパードは自分の船の近くまで飛んでいた。

「お前だけでもさっさと逃げろ!」

 叫び声が聞こえる。それが意味するものを察して、叫んだ。

「ちょっと、私を置いていくつもり?」

 なんて奴だ、今度会ったら殴ってやる。そう心に決めていると、隣でリュイスが叫んだ。

「そんなの、できません!」

 レパードが船に辿り着く。再びの逆光で見にくいが、レパードに近寄っていく影が見えた。小さいから分かった。あれは刹那だろう。彼女は傷がないか確認しているようにもみえた。

「ったく」

 そういう呟きが聞こえた。耳に意識を集中させていたからわかったことだ。確かにあのとき、レパードは振り返ってもう一度イユたちを助けるべく飛ぼうとした。

 だが――――、

「だめ」

 刹那の声と、止めるように腕を掴む彼女の姿を捉えた。

 揺れが増し、風が一気に強くなる。

 何かを言い争っている二人が見えた。しかし、異能を使っても音が拾えない。物がぶつかり合う音や、風の激しい音にかき消されてしまっている。そうこうするうちに、船の揺れが異常なレベルに至った。ヘリにしがみついて必死に耐える。一緒の甲板にいた兵士たちはとうにみな飛ばされてしまっている。リュイスはずっと隣にいたと思う。しかし彼は異能を持っていない。

 イユにはもうリュイスの安全を確かめる余裕はなかった。

 船が真っ逆さまに落ちていくのが分かる。

 落ちる先は奈落の海だろうか。海に沈んで生き残った船はいないと言われている。もちろん、人もだ。


 死にたくない。絶対に。


 途中で投げ飛ばされたらまず命はないだろう。ヘリにつかまる事だけをずっとずっと意識した。


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