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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
899/993

その899 『混沌ト決着』

「クルド家は以前に比べて信じられないほどに大きくなりました。それは私が王家に嫁いだからだけではなく、あなたの存在も大きいはずです。教えて下さい、ジェミニ。あなたはシェパングに国を売るほど家に固執していたのですか?」

 ジェミニは蒼白になっていた。

「そんなはずは」

 そういうが、まだ信じられないような顔をしている。

「何かの罠だ。やはり、アイリオール家の」

 ジェミニの思考は、ブライトが何の細工をしたかというところに注がれているようだ。何度もまじまじと見られてしまった。

「何か思い当たることがあるのでしたら、聞きましょう」

 アンジェラの言葉を受けたジェミニは、橙色の髪を掻きむしった後、自分の口元に手を当てた。姉とはいえ王家の前での態度ではないと思ったが、それだけ必死に記憶を遡っているのだろうと想像できた。

「これが本物だとして、私が魔術を掛けられて知らぬ間にしでかしたというのであれば、有り得ます。しかし、それならばいつ、私は魔術に……」

 思い当たらないのだろう。ジェミニの顔は焦りのあまり余裕がなくなっている。

 その折、思い出したようにぽつりとジェミニの口から溢れた。

「そうだ、鳥が来て……」

「鳥?」

 気になったが、ジェミニの独白は続く。

「いや、違う。もしそうだとして、ワイズ様ならば魔術の痕跡に気がつくはず。幾ら私相手でも、素直に告げるだろう。しかし、何も言われなかった。気づかないとも思えない…………」

 はっとした表情に変わったと思うと、次の瞬間ジェミニに睨まれた。


「もしやワイズ様と図ったと?」


 肩を掴まれて、思わず痛みに呻く。セラが慌てて間に入ろうとし、ジェミニの従者がそれを受けて前に出る。

 その様子が見えていないようで、ジェミニは急にブライトから手を離した。

「いや、違う。この説ならば、記憶を読んだアンジェラ姉様は全てを知っているはず。となると、まさか」

 何かに気がついたように、ジェミニはその視線をアンジェラに向けた。


「アンジェラ姉様は、私を謀るのですか?」


 ジェミニの絶望を前に、アンジェラは何も答えなかった。それが肯定とみえたのか、ジェミニは余裕をなくしたように続ける。

「姉様が嫁いでから、私がどれほど家に貢献すべく頑張ってきたか。それを知っているはずのあなたが、いざ息子が国王になるとなったら、クルド家を裏切るのですか?」

 ジェミニのなかで結論が出ているらしい。拳を震わせてアンジェラを見つめるジェミニは、今すぐでもその手を振り上げて殴り掛かりそうな怖さがあった。

「落ち着いて、ジェミニ。あなたは何を言っているの?」

 ただ事ではないと思ったのだろう。アンジェラも動揺を顔に貼り付けて問い質す。そこをジェミニは下手な演技はしないでほしいとでもいうように、訴えた。

「姉様も分かっておられるはずだ。これは、あからさますぎます。 あまりにもこの書面は、私を捕まえろと言わんばかりです」

 それについては、納得できてしまう。けれど、ジェミニがもし誰かに書かされたとして、それは誰だという問題がある。ジェミニは、アンジェラがブライトだと知って、それを黙認しているとみているようだ。

 けれど、実際はそうではない。ブライトがジェミニに接触できたのは今回がはじめてのことだ。やるとしたら、ブライト以外の人物である。

 たとえば、シェパングの密偵が他にいるとするとどうであろう。シェパングが、捕まっている密偵の記憶を読まれないようにと別の密偵を差し向けたのだ。ありえなくはない。しかし、クルド家は他ならぬ密偵を捕らえた家である。罪を被せるために敢えてクルド家を使ったのは何故だろう。普通はわざとらしいために避けるのではないかと考える。

 しかも、ジェミニはブライトでさえ近づけないほどに用意周到な男だ。それほどの人物が魔術においそれと掛かるとも思いづらい。余程の手練れか、或いは身内でもなければ、不可能だ。


 一瞬過った考えにぎょっとした。身内ならば、今目の前にいるのである。

 しかしそれが事実だとしたら、とんでもないことになる。さすがにあり得ないはずだと、心のなかで言い聞かせ続ける。

 それこそまだアンジェラが、ブライトの策を知ったうえで敢えてジェミニを切り捨てる決心をしたというほうが説得力がある。

「ですが、この書面が今ここにある事実です。私は、あなたの真意を確認し、必要であれば私の手で裁かねばなりません」

 辛い決心をしたはずのアンジェラの顔が、何故か歪んで見えた。

「それが、おっしゃりたいことですか」

 ジェミニの顔もまた歪んでいく。

「私が捕まったら、末端の者の勘当では済みません。あなたはこんなところで、クルド家をおわりにされるのですか」

「それが必要なことならば」

 互いに辛そうな顔を向けながら、その真意は第三者のブライトにはよく分からなかった。

 アンジェラは王家として息子を支えていくつもりではあるようだが、その後ろ盾にクルド家を頼りにしてきたのもまた事実だろう。決して嬉しい選択ではない。加えて自らの弟を捕らえなくてはならないのだから、辛いに決まっている。ましてや、国王である夫を亡くしたばかりなのだ。

 一方で、クルド家の失態を早々に自分の手で正したことは一つの手柄でもある。身内贔屓しない姿勢は、他の貴族たちの間ではプラスに働くだろう。ジェミニ自身もどうも王家の政には感心が薄いようであったから、尚更かもしれない。更にいえば、この後にはアイリオール家のお家騒動を終わらせる算段もある。エドワードが実権を握った直後から、シェイレスタは一気に動き出すことになる。政治基盤はさぞ盤石になることであろう。

 そして、もしもアンジェラがシェパングと関与があるのであれば、クルド家を葬ったのはシェパングにとって大きな一歩となるかもしれない。シェパングの考えが読めないだけに末恐ろしさがある。

「連れていきなさい」

 項垂れるしかないジェミニに、アンジェラが連れてきた従者たちが取り囲む。ジェミニの従者がたじろいだ様子を見せたが、主が抵抗する素振りを見せないのを見て大人しくなった。あっという間に手錠を掛けられたジェミニが連行されて行く。


 このあと、ジェミニは恐らく裁判所に入る。本当に操られていたとしたら、記憶を読まれることで真犯人が分かるだろう。

 だが同時に、悪事を披露されることになる。ジェミニのこれまでの行いは、ブライトのそれと同等かそれ以上だ。そうなればもう、『魔術師』の位は剥奪される。後は、運試しのような実刑が言い渡されることだろう。命は助かるかもしれないが、『魔術師』として認められることは二度とない。これで、ジェミニは実質終わりだ。

 そう思えば、あっけない幕引きだった。長年ブライトたちを苦しめてきた諸悪の根源のはずだ。それが驚くほどあまりに、あっさりとしていた。ジェミニが抵抗する顔を見せれば盛り上がったのだろうかと考えるが、分からなかった。


 故にか、ブライトの胸中には不思議なほどしんみりとした寂しさが満ちていた。苦労を散々した後にたどり着いたその結果が全て無駄になったような徒労感が、寂しさの合間に染み付いている。命や記憶、心の全てを差し出してきたはずのブライトの魔術師人生の終わりがすぐそこにあった。




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