その898 『王家ト覚悟』
「これはこれは。お待たせしており申し訳ございません」
ジェミニがそう言って部屋で待機していたアンジェラへと、腰を折る。従者が礼をするのに合わせて、ブライトも素知らぬ顔で礼をした。
「あたしまでお呼びいただきありがたく存じます」
隣にいるジェミニからどの口が言うのかという視線がきたが、見えないふりをする。ブライトの背後ではセラが礼をしているようであった。
「このようなお見苦しい姿で、失礼します」
包帯だらけの自身の姿を省み、続けての謝罪をした。最も、アンジェラとはもう会っている。この姿はとうに知られていた。
アンジェラは王が亡くなったことで散々泣いたのだろう。赤い目を隠せていなかった。改めて痛々しい姿である。
「構いません。それよりもこちらの書面は本当のことでしょうか?」
そうして前置きもせず、アンジェラは告げた。こちらの書面と言って示された紙を、アンジェラの従者がジェミニの従者へと差し出す。従者を介して書類を受け取ったジェミニは、直ぐに目を丸くした。何度も食い入るようにその目で書類を追っている。
横目でしか確認できなかったので、中身までは分からない。けれど、書かれている内容についてブライトは概ね知っていた。この書類は、裁判所での殺害事件について指示を出す内容が書かれているのだ。しかもそれは、ただの指示ではない。シェパングの密偵から記憶が漏れることを恐れ、殺す指示を出しているのである。
「クルド家はいつからシェパングと通じるようになったのですか?」
アンジェラの言葉に、ジェミニは驚いた顔を崩せない様子だった。
「は? いや、いつからも何も、あり得ない話です。元々シェパングの密偵は、我が家の者が捕らえたのですよ? それを殺せなどと、そもそもが矛盾しています」
だが、捕らえた本人はと言うと、今や勘当されている。ブライトを殺そうとしたことで騎士団に捕まったのが理由だが、別の原因で勘当したのではないかと捉えられなくもない。
「密偵を捕らえた後、何かクルド家について不都合な記憶があることに気がついたのではないかと推測されているのです」
「失礼ながら、それはアイリオール家のでっちあげかと」
ジェミニからブライトへと視線が刺さる。そう勘違いされるとは思っていた。
「……しかし、この字はどう見てもあなたのものなのです」
「そんなはずは……」
丁寧に家紋もついているようで、ジェミニは何のからくりかという顔をしている。そこにアンジェラから声が掛かる。
「アイリオール家の方を疑うのは自由ですが、残念ながら彼女はこの件に関与していません。これは王家直属の騎士団による調査結果です」
最も書類の大元は、ミラベルのものだ。あれには、シェパングの密偵への関与が書いてあった。ブライトはすぐに書類をガインに渡すようミラベルに指示をだしたのだ。そこからどうやって今回の書面に辿り着いたのかまでは分からないが、短期間にこれだけのものを揃えたのだから、ガインは大した仕事をするものだと感心してしまう。
ただ、わざわざ証拠に残るものをこうして始末しなかったのは、ブライトから見ても違和感があった。
故に、幾ら字がジェミニのものであっても、はじめに疑われたのはブライトだ。クルド家を嵌めるために、ブライトが何かしらの細工をしたのではないかと思われていた。
特にガインなどブライトを目の敵にしていた。シャイラス家で起こした騒動で怪我だらけになったブライトは、何もしなければガインにとって格好の獲物だっただろう。レイドの死にブライトが関与していると、ガインは読んでいたはずだ。たいそう恨まれている自覚はあった。ガインの偏見がブライトを犯人だと決めつける可能性は高かった。
だからこそ、ブライトは先手を打った。それが、アンジェラのもとに自ら赴くというものであった。
「しかし、その、この内容はあまりにも」
「私も認めたくはありません。これはあまりにもあなたを貶めようとするものに見えるからです。……ですが、彼女は私に記憶を差し出しました」
ジェミニにぎょっとされた。アンジェラの記憶でも弄ったとでも思われたのだろうか。
勿論、そのようなことはしていない。王家にブライトの痕跡があれば速攻首をはねられることだろう。
アンジェラはクルド家として心を操る魔術を習得している。それとは別に王家として、記憶を読む魔術も学んでいた。だから、ブライトは記憶を差し出すことにした。ブライトが誰の意図で動きどれほどの悪業を行ったかも当然ばれている。しかし、シェパングの密偵でないことだけは明白であった。
――――記憶を読ませていただけるならば考えますがね。
前に一度、ガインから聞き取り調査の最後に言われたものだ。あのとき、ブライトはこう言ってやった。
『まるで『魔術師』みたいなことを仰いますね』、と。ガインにその魔術が使えなくとも、アンジェラならば『魔術師』だ。ブライトはガインの要望に従ったに過ぎないわけである。
最も、相当なリスクだ。記憶を読まれた瞬間、打ち首もあり得た。それほどの大罪を犯してきた。
けれど、そのリスクには見返りがあった。故に、王家に全てをさらけ出しジェミニに向き合うことにしたのだ。




