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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
896/994

その896 『降参ト新事実』

「ご無事ですか」

 セラに支えられて半身を起こす。扉の先から覗いたのは、先ほどの従者だ。その手にチョークが握られているのを見て、正しくは弟子なのだと気がつく。

「ジェミニ様、お怪我は?」

「問題ない。さすがに危なかったが」

 会話を聞きながらもブライトは視界の端に焼け焦げた天井を捉える。受けた衝撃は熱だ。矢に似たその炎はブライトの髪を一部焼き切って、天井へと突き刺さった。そして、炎の勢いに撃たれたブライトは衝撃に耐えきれずに地面に叩きつけられたのだ。

 大した威力だと、褒める気にもなれなかった。

「まさかここまで規格外とは」

 これはジェミニの言葉だ。やはりブライトがジェミニの魔術を使ったことが衝撃だったのだろう。

「それは最高の褒め言葉だね」

 互いに立ち上がりながら、視線をぶつける。やがて、ふっと視線を緩めたのはジェミニのほうであった。

「だが、ここまででしょう。屋敷の中で、その体たらくだ。どうも、私とやり合う前にシャイラス家とやり合った様子ですが、その状態ではすぐに捕まるのは明白ですよ」

 ジェミニの言葉のとおりに、廊下から複数人が駆けつける音がする。

「ご無事ですか!」

 という声がするので、間違いなく屋敷の誰かだろう。

 やはり、骨折した手というのがよろしくなかった。どう考えても、ブライトの今の有り体では格好がつかない。怪我だらけの女が今更魔術を使おうとしたところで、数の力でねじ伏せられるだけだ。取るに足らないと馬鹿にされているのである。

 セラの存在があっても、セラの異能が変身だということはばれている。そして従者の手にはブライトと同じようなノートがあった。炎の矢がすぐに放てるようになっている時点でセラが何に化けようが、無傷ではすまない可能性がある。

 こうなると、こういうしかないだろう。


「仕方ないなぁ。降参といこうか」

 打てる手は打った。というより、打ってあった。

「何?」

 チョークに加えてノートまで捨てるブライトに、ジェミニは安堵するどころか警戒を示した。

 想像通りの反応に、声を上げて笑いたくなる。

「ずっと思っていたけれど、ジェミニって臆病だよね。とうしてそんなに警戒心が強いのかな」

 安い挑発と思われたのか、ジェミニはこう返してきた。

「あなたは思った以上に短絡的ですね。以前もありましたが、自らの命が惜しくないと思える」

 何故かそこでセラに頷かれてしまったのが複雑だ。

「『魔術師』には周到な警戒心が必要ですよ。あなたの家は正直下々の者への警戒が緩すぎるようですが」

 出てきた言葉に、もしやと思った。

「やっぱり、シエリたちを操ったのは」

「いえいえ。私が言いたいのは、先日私の屋敷に逃げてきた使用人たちのことですよ」

 話の間にも、扉の先から従者たちが入ってくる。いずれもジェミニの痕跡をたっぷりとつけていた。つまり、ジェミニにとっての下々の者への警戒とは、これ以上ないほど魔術で心を縛ることなのだろう。大切なものを全てジェミニ本人にすり変えているとしたら、薄気味悪いものを感じてしまう。

 しかし、それよりも気になるのはジェミニの言葉だ。

「もしかして」

 浮かんだ想像に、頭の中で警報が鳴る。予想通りに、ジェミニは告げた。

「レナードさんでしたか? 彼らならばあなたの屋敷の待遇に不満があるとかで、うちにお越しになりましたよ」

 がつんと頭を殴られたような衝撃は、正直なかった。薄々察してはいたからだ。

「…………なるほどね。正直さ、レナードは度々あたしに相談してきたからさ、状態はよく知っていたんだよね。あるとき明らかに魔術の痕跡があるなと思ったことも、全部把握していたよ」

 負け惜しみと取られたのか、ジェミニは黙って聞いている。ブライトは話を続けることにした。

「それで思い出したんだよね。以前からクルド家って他家の配下の人間を操ってその家を陥れようとするところがあるんだって」

 ジェミニ本人とは思っていなかったが、レナードを泳がせていたのは事実だ。問題はタイミングで、ブライトが負傷し留守にした最悪な時期に飛び出てしまった。


 ウィリアムがラクダ車を拾ったときには、もうミヤンとレナードの姿はなかった。普通に逃げてくれていれば良かったのだが、やはりそうではなかったらしい。

「ミヤンとレナードは無事?」

 せめての無事を問う。ミヤンにかかっていた魔術をジェミニが一々解いているとは思えない。二重に心に関する魔術を掛けられたら、本人への負担はかなり大きい。恐らく心はもう駄目だ。しかし身体だけならば、まだ無事かもしれない。

「まさか、アイリオール家の人間にメイドたちの無事を確認する心があったとは思いませんでしたよ。何のつもりでそんな演技を?」

 ジェミニの言葉を受けても、ブライトは視線を緩めなかった。

「ミヤンとレナードは無事かって聞いているんだけれど?」

 ふっと、ジェミニは小馬鹿にするように息を吐いた。

 答える気がないと分かったから、ブライトは諦めることにした。代わりにこう言ってやる。

「酷い話だよ。あたしが弟をどうにかするかもしれないと言いながら、クルド家はといえばあたしの屋敷の者たちに手を出して好き勝手操っているんだから」

 ジェミニは片眉を上げた。

「そうでしょうか? 貴方は被害者ぶりますが、彼らにも事情があります。私は、他家で働きたいと願ってやってきた彼らの話を聞いたと言うだけのこと」

 クルド家を頼りにしにきたのは、あくまで本人たちの自由と言いたいらしい。

 話している間に、ブライトたちはすっかりジェミニの配下の者たちに囲まれてしまった。次から次へと、部屋の出入口から入ってくるのだ。

「あくまで、受け皿ってこと? それは随分な人脈を持っているみたいで」

 その結果人を魔術で縛り上げているのだから、大した悪党だ。ブライトと何も変わらない。

「いや、意外とあたしとジェミニって似た者同士なのかな?」


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