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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
894/993

その894 『化けノ皮』

 次の瞬間、照明が瞬いた。不味いと思ったブライトは、必死に身をすくめて陰に入り込む。その間に、部屋の空気が一変した。


「どこへ?!」

 いつの間にか、ジェミニの姿がなくなったのだ。よくブライトが使う光を曲げる魔術ではないはずだ。むしろ光を強めるもののようであった。ジェミニのいた椅子の上に法陣が浮かんでいる。そこから光が生まれ、部屋全体を包み込もうとする。


 *****


 光は全体を覆うものではなく、幾重にもなる光線であった。だから、逃げようとしたのだ。けれど、逃げるよりも早く光線に足を縛られた。動けないと危機感を抱いたそのときには、目に光を浴びた。

「光からは逃げられないでしょう。この光はあなたという存在そのものを奪います」

 どこかから聞こえた声は、紛れもなくジェミニのものだ。逃げたわけではないのだと察する。きっと、目に見えていないだけだ。恐らく、強い光が目を焼いた結果、上手く見えなくなっているに過ぎないのだ。

「素直に言いなさい。あなたの本当に欲しいものはなんですか」

 その言葉こそ、ジェミニの魔術に大きく作用するものだと気がついた。魔術には、魔術を掛けられた本人が口にしてこそ効果を発揮するものがある。言霊の力を借りるのだという。言葉にした内容を魔術により変換させることで、本人の心さえも書き換えるのだ。推測だが今回は、相手の欲しいものを口にさせることで、人の欲しいものを書き換えその人の心さえも操るのだろう。

 とはいえ、これまで聞いたことのない魔術だった。だからこそ、打つ手が分からない。

「くっ……」

 光に抵抗する術がない。光が全身に入り込み、突き抜けて自身を構成する全てに訴えかけてくる。強力な力を前に、思考が奪われていくのを感じる。ただの光のはずなのに目を閉じても見えるのだ。逃げようがない。それどころかその光には、身体の自由はおろか心さえも焼き飛ばしかねない威力がある。

「さぁ、答えるのです」

 膨大な光に包まれて、自身が散り散りになった感覚があった。右も左も上も下も分からなくなる。立っているのか座っているのかさえも、感覚がない。何もないからこそ、もがこうとした。自分というピースを一つずつかき集めようと必死になる。

 余計なものが何も無いそのなかで、自分の本当に欲しいものは最も見つかりやすい。

 それだと手にしたとき、ジェミニの声に囁かれた。

「さぁ、あなたの大切なものは何ですか?」


 答えはわかる。けれど、告げて良いのかと警鐘が鳴る。しかし言葉にしなければ、光は自身を貫いたままで形にできそうにもない。

 言うな、言ってはならない。警鐘が頭に響き、

「……たしが、最も、た、大切にするものは」

 抵抗できなかった。

 或いは暴力といった目に見えるものであれば対抗できた。もしくは、言葉という通ずるものであれば耳を塞げばよかった。光は、魔術以外の何物でもなかった。強制力をもったそれに、対抗策は存在しない。

 だから、口を塞ぐことができなかった。駄目だと思いつつも、その言葉が溢れる。


「む、すめ……」



 *****



「は?」

 成人しているとはいえ十代の少女とは思えない発言に、ジェミニが呆けたのが分かった。

 その最大の隙を逃すはずもなく、ブライトは叫ぶ。

わかれよ!(ディスパーション)

 そして、今しがた光に打たれ包まれてしまったセラを、無事な手で思いっきり引っ張った。

「セラ、平気?」

 セラは、痛そうに地面に手をつく。先ほどまで化けていた桃色の髪のおさげはなくなり、代わりにいつもの流れるような紫の髪が首筋を伝っていた。荒い息をつき、顔を上げてようやく一言。

「すぐそこにいたのに、助けるのが遅いです」

 セラの指摘の通り、ブライトはセラのすぐそこにいた。常に彼女の影に隠れて光を曲げ続け、誰にも見つかることなくジェミニの屋敷までついていったのだ。

「えっと、それはごめん」

「待て、どういうことだこれは」

 ジェミニの動揺の声が漏れた。敬語さえ剥がれている。とはいえ、ジェミニが信じられない顔をするのも無理はない。ジェミニは確実に魔術でブライトを捉えていた。やれたと思っていたのだろう。

 ただ捉えたのは正しくはブライトではなく、変身したセラだった。

 ブライトには魔術に抵抗するための自由があり、その時間で法陣を描ききった。ジェミニの姿が未だそこにあることに気が付き、光への対抗策として光を曲げた。ブライトの姿を隠す魔術を使うどころではなくなった代わりに、ジェミニの魔術はセラから外れジェミニの姿も見えるようになったのだ。

「いくら何でもあり得ない。葬儀を替え玉で出席したのか?」

 実のところ、ブライトも王の葬儀には参加していた。姿を隠してなるべくセラの隣にいたのである。王城についたときや受付のときは本当に神経を使った。けれど、過去何度も葬儀に参加していたし、王城にも出入りしていたから、トリックがあるのも相まって光の入り方は想定ができた。

 とはいえそのために手持ちのノート一冊を食い潰すほどの法陣は描いている。何があっても即放てるように、予め準備しておいたものだ。

「葬列しないなんて無礼だとか言う? 仮にも王家の政にてきとうに答えれば良いみたいに言っていた癖して」

 それか、ジェミニの驚きはブライトだと疑わなかったことかと想像する。

 確かにセラの演技はブライトから見ても優秀だった。ジェミニへの会話は全て予想を立てそれに至るまでのパターンは用意してあったが、セラはそれをほぼ完璧に暗唱して対応していたのだ。

 予想通り過ぎたジェミニの回答がいまいちだったという見方もある。ただ、所作一つとってもセラはブライトを見事に演じていた。身近な人物がセラを見ても、ブライトだと思い込んだことだろう。

「いや、それよりも」

 ジェミニの言葉に否定しないのかと思いつつも、ジェミニの驚きが他に移っていることに気がついた。

 その驚きとは、ブライトがどうやってセラについてこの屋敷まで来たかだろうかと想像する。ブライトは普通にジェミニの用意したラクダ車に乗ってやってきただけだが、乗られた身としては恐ろしいことこの上ないだろう。

 大きなラクダ車を使うことは予想できていたがブライトとしても冷や冷やものだったのは事実だ。何せ、車外から車内はどうしても光の位置が大きく変わる。ばれないようにと法陣を発動させ更に乗り遅れないようにしないといけない。行きは無事にいけたが、ラクダ車から降りたときには音を立ててしまって焦ったものだ。

「何故、我が家の魔術を」

 ジェミニがぽつりと零した。それでようやくブライトは、ジェミニの本当の動揺の正体が、ブライトが隠れて尾行していたことでもセラの完全な変身でもないことに気がついた。

 ジェミニの目には、ブライトが複製した法陣が映っている。眩い光を放つそれは、今しがたジェミニが放ったものと同じものだ。

 

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