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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
893/993

その893 『平行線カラノ』



「では、ワイズについてお聞きしても?」

 問いの答えを待たずに、質問は続く。

「ワイズは、身体が弱いのではないですか」

「……どうしてそのように?」

 少しの間があったのを見逃さない。やはり、想定通りだった。

「ワイズの母、ミリアが病弱でした。その息子も同じではないかとははじめから予想していました。さらに確信を得たのが、他でもない貴方がワイズを表にだそうとしないからです」

 ジェミニには当然耳に痛い部分だろう。

「あなたのお母様のことで万が一があってはならないと、表に出すことは控えていたつもりでしたが、そうとられましたか」

「ご冗談を。堂々と公表されていたら、きっとアイリオール家の当主の座はすぐに弟に渡っていました。あのときのあたしはまだ未熟で、きっとなすすべもなかったでしょう。……だから、貴方がそうしなかったのは、単にできなかったからです」

 ジェミニは素直に認めた。

「そうですね。確かにはじめ、ワイズ様はお体が弱かった。しかしそれは、幼い頃だけの話です。彼が魔術に目覚めてからは、ご自身を治療してみせました。そこはさすが、アイリオール家の血を継がれているだけはあります」

 嘘ではないのだろう。だから、ワイズは途中からエドワードと引き合わされるようになった。当主として認められるように、王子自身への接触を図ったのだ。

 けれど、それだけではすまなかった。

 きっとそこから、ワイズとエドワードたちの反抗が始まったのだ。本来ならば、ブライトを追い落とせばよいだけで良かったのが、何故か彼らはブライトを助けようと動き出した。具体的にはブライトをエドワードの家庭教師にし、アイリオール家のお家騒動を保留にした。

 恐らくだが、ジェミニの考えとワイズたちの考えは、そこで決定的にずれたのだ。

「ミリアがどうなったのかお聞きしても?」

「彼女は残念ながらこの世にはいません。ご存知の通り、病弱が災いしまして」

 ジェミニ自らの発言だ。この世にいないというのは嘘ではないのだろうとの確信があった。

「ミリアについていた者たちは?」

「途中まではワイズ様の世話係をされていましたよ。ただ、残念ながら野盗に襲われましたね。彼女たちの頑張りでワイズ様はご無事でしたが、彼女たち自身は」

 すんなりとした回答に、この世にいないことだけは本当だろうという納得感があった。野盗の存在は微塵も信じられないので、一旦はジェミニの戯言として置いておく。

「それは残念です」

「ええ、本当に」

 ジェミニは指をトントンとテーブルについている。飲み終わったティーカップがそれに合わせて僅かに揺れた。

「では、最後にお聞かせください」

「何でしょう」

「あたしに弟を返していただくつもりはないのですか?」

 ジェミニは冷ややかな視線を向けた。

「先ほどでのお話を聞いておられたのでしょう? 何故、そのような危険なことができましょう」

「貴方は勘違いしておいでです」

 ジェミニの手のなかにあるコップ。その氷が僅かに音を立てた。

「あたしは一度も弟を恨んだことなどありません。むしろあたしの姉弟というのであれば一度で良いから話をしてみたいと思うものです。それがこのような形で引き裂かれ続けて、胸が痛いのです」

「申し訳ないですが、それを信用しろというのは難しいです」

 やはり、平行線になるのだ。ブライトが退けないように、ジェミニもまた退けないのだろう。

「弟に手紙を送ることさえも、ですか?」

「ええ」

 ワイズへの手紙はやはり届いていない。恐らくは、一通もだ。分かってはいたが、手紙を書く時間が改めて無駄な行為だったのだと感じた。

「貴方がやっているのは、ただの誘拐では?」

 そう切り出されても、ジェミニはどこ吹く風だ。

「そう思うのであれば、貴族裁判に出ればよかったでしょう。そうしなかったというのが、既に答えなのではないでしょうか?」

 ジェミニの配下が貴族裁判にいるかもしれない。当時はそう考え、警戒したのだ。それに、ブライトは母のワイズへの憎しみも知っていた。裁判に出て、ジェミニからワイズを取り返したら、どうなるかも想定できていた。

「それに、アイリオール家は心に作用する魔術が得意でしょう? 身体は無事でも心が無事な保証はないかと」

「そんな話は」

 割り込むように、ジェミニはつづけた。

「それこそお戯れを。あなたの祖母であるアイリオールの魔女の行為を知らないとでも?」

 ブライトもそう呼ばれているアイリオールの魔女。その名前が決して良い意味を持たないことは察している。

「王家が退廃した原因でしょうに」

 それは怒るべき一言であった。けれど、ブライトには声を上げることができなかった。理性が、全ての行為を押し留めた。

「よくそのようなことを口にされますね?」

 低音の警告するような声が響く。

「これは失礼。少し口が過ぎたようです」

 一方のジェミニは愉快そうだ。喉元で笑いを堪えるその姿こそが本来のジェミニだと、そう感じた。

「よく家族にも窘められるんですよ。気をつけます」

 化けの皮が剥がれていく気がする。今までジェミニを通っていた紳士的な態度が徐々に崩れ、それが現れようとしている。

「さて、全ての問いに答えたところでお伝えしましょう。逆に問いましょう」

 ジェミニはなんでもないように椅子を叩いた。それが合図だった。


「何故、自ら囚われにやってきたのですか?」







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