その887 『報セ』
レナードたちの話を聞いた後で、ゆっくり休むという気にはやはりなれなかった。
一方で、今のブライトに何ができるのかとも考えてしまう。声もでないような女一人がレナードたちを今更追いかけに行ったとして、どうにもならないことは明白だ。とても気がかりではあっても、もはやどうにもならない。
『他の状況は?』
ブライトがそう書くと、セラも切り替えたようで答えた。
「私もお伝えした限りの情報しか知りません。ですが、手紙は大量に届いていますから、そこから読み解くしかないと思います。待っていてください。この部屋に運びます」
執務室に行こうとしたブライトを察してか、先にそう制されてしまった。皿を片付け出ていくセラを見送ってから、ブライトはふうっと息をつく。
少し前まで倒れるように寝ていたはずなのだが、身体が重い。熱がでてきたかもしれないと思えば、身体のままならなさに辟易とした。母が愚か者となじるのもよく分かるというものだ。せめてと、ベッドまで体を運んでから、ブライトはセラを待つことにした。
――――お花をありがとうございました。正直、あまりに一気にことが動いたせいで、感情がついていけていません。ですが、罪は罪。あまりにも大きなことをしてしまったということで、私たちは私たちなりに贖罪を考えて行こうと思います。ブライト様に至っては、セセリアとティナリーゼのことで本当にお気を遣わせてしまいました。また機会がありましたら、当家へお越しください。
セラが持ってきた最初の手紙は、数日前に届いた最も古いものだ。セセリアとティナリーゼの家であるルルメカ家の当主が書いたものである。あの二人が死んだのも、もう遠い昔の出来事のような気がした。
しかし実際には、そんなに経っていない。ブライトなりに弔意を示して送った花はまだ真っ赤に燃えるように花開いていることだろう。
『あたしのせいなんだけどな』
贖罪という字は、ブライトこそ考えるべきものだ。そう思うから、手紙を見ていて申し訳無さしか沸かなかった。
――――先日いただいた権限委譲の提案についてです。私で良いというのであれば、すぐにでも変更したいと存じます。稀に監査に入られるとのことですが、勿論構いません。いつでも監査にきていただけるよう、こちらで準備を進めておきます。また、恐悦至極ながら今までの行いがブライト様に認められたのだと受け止めており、とても光栄でございます。つきましては最後に承認印をいただきたく、よろしくお願い致します。
これは官吏からの手紙だった。ブライトのサインではなく一部は官吏の判断で対応できないかという案を送っていたのだ。官吏が独断で好き勝手することがないよう、抜き打ち監査を行うことで、官吏の行いを確認する方法も同時に提案してある。
渋られるかと心配していたのだが、思っていたよりも簡単に快諾をもらったことにほっとする。溜まりに溜まった書類の山を減らせるまたとない機会だ。同時にブライトのせいで停滞している案件が減り、困っている人々も助かることだろう。
故にこれだけはすぐにセラに頼んで下手な字でサインを書き上げた。
――――ご返事が遅くなりすみません。また、ご心配をお掛けしました。夫があんなことになってしまいましたが、私自身は問題なくやっております。親戚の方がとても優しくて、私のことを家に置いていただけるというのです。それより、ブライト様のほうがご心配です。ご友人を立て続けに亡くされたとか。とても胸が痛いです。シーリア様が行われたことは恐ろしいけれど、そのシーリア様も亡くなられたと聞きました。胸中複雑でしょうが、どうぞ気を強く持ってください。親愛なる友より。
――――先日の訃報で、大変心を痛められていることと存じます。私の力が及ばず、結果としてティナリーゼ様たちを助けられずに申し訳ありません。ですが、やはり裁判所はどこかおかしいのだと思わされました。先日、ガイン様という騎士団の方がお見えになりました。何やらよくわかりませんでしたが、ブライト様の指示で調べ物があるとのことでした。欲している資料はあとから纏めて送ると約束しましたが、認識にお間違いはないでしょうか。ミラベル。
立て続けの手紙に、ブライトは手を留めた。特に後半は注意が必要であった。ブライトはガインに指示を与えてなどいないのだ。騎士団が何か調べ物をしており、ブライトの名を出すことでミラベルの手を借りようとしたとみえる。
しかし、ミラベルは本当ならば調べた資料をすぐに差し出すところ、敢えて手紙を送ってブライト本人に確認を取っている。
彼女の慎重さに感謝しつつ、参考につけられた資料を確認する。それは裁判所で亡くなった者たちの記録だ。その記録の最後、付箋がされている箇所があった。
『シェパング』とある。
――――特別区域への提案、承った。内容に中々無理がある部分がある為、後日直接相談したく、時間をいただけないか。当然君のことだから、分かっていて出しているとは思うが。
ブライトの手がそこで止まった。これは、ヴァールからの返答の手紙だ。このときにはまだ生きていたのだと気がつく。たった数日後に届いた訃報には病死とあったが、やはり嘘としか思えない。ヴァールとは直接会って、特別区域の在り方について相談したかった。




