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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
886/993

その886 『最悪ナ展開』

「ブライト様? どちらにいらっしゃったのですか」

 セラは先にブライトの部屋に戻っていた。ブライトは、話せない代わりに訃報の手紙を手に持つ。

『これは、何?』

 口だけを動かして示せば、途端にセラは顔を伏せた。その反応でやはり知っていたと気がつく。

「今朝方、グレイス家から届いたものです。ブライト様はお休みになっているとお伝えし、代わりに書簡のみいただきました」

 今朝と聞いて、時期が合わないと悟る。ヴァールが亡くなった時期は手紙に書いてあった。三日前、ブライトがちょうどフィオナに捕まるほんの数時間前にヴァールは死んでいた。死因は病死とあるが、とても信用できない。手紙を書いたのは次期当主にあたるカタルタなのだ。

 後ろ盾をなくしたことで特別区域の管理者としての権限は与えられないとみていたブライトだが、まさかフィオナたちが亡くなる前にカタルタが既に当主になっていたとは予想外だった。

 むしろフィオナたちという後ろ盾がいなくなったせいで、カタラタの制御をするものがいなくなるのではないかと、不安さえ過るほどだ。


「まずはご朝食を」

 セラに急かされて頷く。こうなってくると食欲はいよいよなかったが、長い間食べ物を口にしていなかったのも事実だ。味のしないミルク粥を口に運んで、胃に収める。粥なのはセラの配慮だろう。ちゃんとしたものを食べたら逆に気持ち悪くなっていたに違いない。

 少しずつ口に運べば、自然と身体が温かくなってきた。食べ終わった頃には、眠気さえこみ上げる。

「お声のこともありますし、一度お休みになったほうが良いかと」

 ブライトの表情をみてだろう、セラにそう提案された。欠伸を噛み殺してから、ブライトは首を横に振る。取ってきた紙に字を綴った。

『まずは状況を教えて』

 こうして文章を書いてから、納得することがあった。これが会話ならば『気になって寝られない』などといった冗談を交えるのだが、どうしても手間なので必要最低限のことしか書かないのだ。そのせいで、どうも冷たい印象になってしまう。恐らくは母も同じなのだろう。

「状況、ですか」

 セラの反応に、おやっと思った。珍しく歯切れが悪い。地下水路ではそんなことはなかったから、今朝方知れた情報だろう。

「こんなことをブライト様にお伝えするのは気が引けるのですが」

 ブライトは目で、早く教えてと訴えた。


「今朝からミヤンさんがいません」


 その違和感は廊下を歩いたときから感じていた。ミヤンがいれば、掃除をしている頃だったろう。その気配がまるでなかったのだ。

 話せたら、「寝坊では?」などと聞いていたことだろうが、そうではないことは察していた。セラならばまずミヤンの部屋を確認したうえで発言しているだろうと、考えが及んでいた。

 そうなると、ミヤンが屋敷から逃げ出した可能性が浮かぶ。けれど、それはあり得ないことであった。ブライトの魔術の影響からはそうそう抜け出せないはずなのだ。『魔術師』を恐れるミヤンに、逃走などの大それたことはまずできやしない。

 故に、もう一つの可能性にすぐに思い至った。

『他に消えた人は?』

「ハリーさんに聞いてみます」




 それから少しして、セラが持ってきた答えはほぼ予想通りだった。

「レナードさんが屋敷を出たようです」

 ブライトが不在のタイミングを狙い、ミヤンを連れ出して屋敷をでたのだろうとすぐに悟った。

 ブライトが帰ってきたことを、レナードは知らない。ちょうどすれ違う形になったようであった。

 しかし、怖がるミヤンは幾らレナードの説得があっても屋敷を出ようとはしないだろう。恐らくはレナードが無理やりに行ったことだ。少しすればミヤンがレナードのもとを抜け出して戻って来る可能性さえある。

『誰も二人を見ていないの?』

 ブライトが問うと、セラから答えがある。

「門番の方はレナードさんを目撃していたようです。ラクダ車に乗っており、用事があると思っていたと。ミヤンさんは見ていないとのことでした」

 しかし、ラクダ車ならば中にミヤンがいても気づかれない。ミヤンが寝かされていたら窓にその姿は映らないだろうことは想像できた。

 おまけに門番は、レナードをいつものように目にしている。ラクダ車を出せば、いつもと同じ買い出しだと思うだろう。外からくる侵入者ならいざ知らず、内から出ていく屋敷の者には挨拶こそすれ、怪しいとは思うまい。

 最も内部の人間が目撃していれば、おかしさに気がついただろうが、それもなかった。単純に屋敷に人が殆どいないせいで、目撃者になりうる者もいないのだ。

 結果として、比較的堂々とレナードは逃げ出したのだろう。屋敷の移動手段である、ラクダまで連れ出してだ。これでは城へ家庭教師をしに行くことでさえ、今までどおりとはいかなくなる。そしてミヤンもいないのだから、お茶会での付き人が不在になる。セラを連れて行ってもよいが、セラを連れ歩くということはセラが今まで自由に動けていた時間は軒並みなくなるということだ。屋敷の運営が滞るのは目に見えていた。

 これらは全て、レナードを放置しておいたブライトの責任だ。レナードには、ブライトの不在により、脱出の機会などと誤った解釈を与えてしまったのだ。

『どこにいったかわかる? 方角だけでも』

「今、門番の方が示した方角にウィリアムさんが向かっています。飛行ボードで追いかければ間に合うかもしれないとのことでした」

 いつも本に囲まれている印象のウィリアムが飛行ボードに乗って追いかけるというのは、中々に想像しにくい絵だ。しかし、他に行かせる人がいないのだろう。せめて無茶はしないようにと願いたいものだ。

『レナードはラクダ車を捨てるだろうから、それを回収してもらえれば御の字だけど』

 レナードは愚かではない。ラクダ車の速度と大きさではいずれ見つかると分かっているはずだ。だから、ラクダ車を乗り捨てるだろうとブライトはみている。問題はそれをいつ決行するかだ。ミヤンを連れている以上、距離を稼ぎたいという思いもあるはずである。

『託すしかないかな』

 セラの困った顔を見て、ブライトはそう文字に書き起こした。







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