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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
881/992

その881 『キット大切ナ』

 逃げるのも一苦労だった。四人の死をゆっくりと見送る暇などなく、火の手が回る前に空を飛んだ。セラが窓を割って逃げ出したときには、炎は水などものともせずに立ち昇り、人々は大混乱に陥っていた。

 魔術を使いつつどうにか屋敷から出たときにはすっかり空は白んでいて、屋敷に帰るまでに日がでることは明らかだ。

「ブライト様。行きに用意されていた飛行ボードは?」

 セラに肩を借りながらも、ブライトは問われたことに答える。

「あそこの地下に。セラこそ使ってないの?」

「私は鳥になって飛んだほうが目立ちませんので」

 そうやりとりをしつつ、行きに使った地下道へのマンホールへと近づく。幸い、ここまで逃げ切れば追っ手はいない。場所が場所なだけにか、人もいないようである。

「飛行ボードだけど、諦めたほうが良いかも」

「どうしてですか?」

「この先、魔物がいるから」

 しかし、このまま外に出ても帰れないとセラは考えたようだ。魔物のいる地下道へと下りていく。

「一応何かいる様子はないですが」

 油断大敵だ。そう言おうとしたが、口が動かなかった。

「地上を歩くのは無理です。夜まで待ちましょう」

 問題はブライトたちが血まみれということだ。魔物が今いなくとも餌がいると気づけばやってくるかもしれない。だから、せめて避難をすべきだと警告したかった。

「早めに血を拭き取りたいところですが」

 何も持っていないし、声を出すのも辛い。

「ごめん、セラ」

 ようやく呟くように出せた言葉は警告でもなんでもない、謝罪だった。

「ブライト様?」

「ちょっとだけ、寝かせて」

 身体が言うことをききそうにない。薬が抜けきっていないのだろう。むしろ、火事場の馬鹿力よろしく今まで動けていたのが不思議だ。

 だからか、言いながらも意識が途絶えた。




 寒さのあまりに、目を覚ました。震えていると、温かいものがないわけではないと気がついた。毛布に、人肌の感触だ。目を開けると、目の前の床にセラの手があった。自身の肩の上からセラの手が乗っている。セラがブライトに抱きつくようにして眠っていたのだ。

「ブライト様、起きましたか」

 ブライトが動いたせいか、セラにそう尋ねられた。

「うん」

「気分はどうですか」

「だいぶ、しっかりしてきたと思う」

「そう、よかったです」

 セラは起き上がると髪を解き直す。乱れた三つ編みが綺麗に整っていく。

 様子を見るに、数時間ほど眠っていたようだ。セラはブライトの怪我を治療すべく応急処置を施したらしい。折れた腕がいつの間にか木で固定されていた。恐らくは毛布と同様、セラの髪の毛か何かを変身させたものであろう。

「セラは怒らないんだね」

 ぽつりと呟いた。

「怒る、とは?」

「あたしが、人殺しだってこと」

 ヨルダとフィオナの変わり果てた姿が目に焼き付いている。溺死した子供に焼死した子供。フィフィが死んだ時の瞳が、ブライトを責め立てる。

 途端に湧き上がった吐き気を必死に堪えた。涙を堪えるあまりに鼻がつんとした。

「ブライト様も死にかけておいででした」

「けれど、向こうはあたしを殺す気はなかった」

 セラは首を横に振る。

「私がブライト様を見つけたとき、幾ら声をかけても目を覚まされないので、正直死んでいるのだと思いました。せめて遺体だけでも持ち帰ろうと拘束を解いたところで、微かな息遣いを感じて驚いたのです」

 一つ間違えれば殺されていたと、セラは言い張る。けれど、ブライトにはそうは思えなかった。ブライトが掛けられた魔術はセラに掛けたものと同等のものだ。セラが抵抗しなかったから穏便に終わっただけであって、ブライトのように抵抗していたら同じ目に遭わせていただろう。

 ブライトには、セラに庇われる筋合いはないのだ。

「そんなのは、言い訳だよ」

 不服そうなセラの気配に、ブライトは先手を打つことにした。

「ところで時間の感覚がないんだけどさ、あたしがいなくなってからどれぐらい経っているの?」

 少しでも話を変えようとしたのである。下手な切り替え方だったが、セラは敢えて乗ってきた。

「三日間です」

 思った以上に長居していたと知って、絶句する。

「ということは、約束していたお茶会とサロンと、家庭教師まで? 官吏からの報告もあったはずじゃ」

 セラには何故かため息をつかれた。

「お茶会とサロンと家庭教師は、体調不良で臥せっていることにしています。官吏からのお話は私が聞いておきました。それから、先日お借りしていた薬学の本は王立図書館に返しておきました。代わりに所望されていた魔術史ですが、三冊ほど借りて要点を私なりに纏めてあります」

 さすがは、セラ。仕事のできる女である。

「次の家庭教師のお題までなんて!」

「そんなことは、どうでも良いんです!」

 褒め称えようとしたところをセラに一喝されて、ブライトは目を丸くした。

「ブライト様は、どうしてそうなのですか!」

「 ええと、ごめん」

「反省が見えません!」

「えぇ?!」

 断言されて、言葉に悩む。

「本当にもう、なんで仮にも貴族であられるのにいつもそう死にかけてばかりなんですか」

 そんなにブライトは死にかけていただろうかと、振り返る。

 舞踏会で毒にやられ、王家のお茶会でドレスを血で汚し、極めつけは監禁されての磔だ。どう繕っても、言い訳はできそうにない。

「なんかその、ごめんなさい」

「全くもう」

 不意にブライトは、息が詰まった。セラに抱きとめられたからだ。

「本当に、ご無事で良かった……!」

 胸が突き動かされるような感じと同時に、戸惑いと抵抗を感じた。子供の頃でさえ、こうして抱きとめられた記憶はない。だからこそ、ブライトの体が強張った。

「すみません、傷が痛みましたね」

 気づかれたのだろう。身体を離そうとするセラに、少し寂しいと感じてしまった。

「大丈夫。寒いからちょうど良いかも?」

「寒いですか? 毛布ならまだ出せますが」

 髪の毛を毛布に変えてもらい、更に被せてもらう。確かにひんやりした毛布には温かさはなかったが、二枚もあれば十分だ。

 同時に怪我が痛むのもあながち間違いではなかったために、傷の治療を優先することになった。

 手早く追加の処置をしてもらいながら、ブライトはポツリと告げる。

「セラはさ、いつも何も聞かないよね」

 ブライトの無事が第一で、何故シャイラス家の屋敷にいたのかと理由を聞かない。それがいつもありがたくて、不思議だった。

「では、聞いても良いですか」

「えっと、ちょっと困るかも」

 それならば質問するなと言われるかと思ったが、セラは続けた。

「ブライト様、痛くはないですか」

 それは答えられる質問だ。

「痛い、痛い。でも、生きているって感じはするかも」

 何せその感覚でさえ、鈍っていたのだ。

「では、今度は私も手伝わせください」

「えっと?」

「その痛みは、分かち合うことができる類のものです」

 セラは理由を聞かない。それどころか、手伝うというのだ。

「なんで、そんなに」

 セラにはそういう暗示は掛けていない。それなのに、何故手を差し伸べようとしてくれるのかがわからない。

「そうですね、ブライト様への感謝もあるかもしれませんが、私は多分我が子と同じように見ているのだと思います」

「娘さんと重ねているってこと?」

「そうかもしれません。ですが、娘とブライト様が違うことも同時に意識しているんです。私にとってはきっと、どちらも大切な存在です」

 朗らかに笑うセラが、水路には似つかわしくなく美しいと感じた。

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