表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
88/989

その88 『君たちが追い詰めた結果なんだよ』

 

 *****


 その日は、はじめから何かがおかしかった。


 ロック鳥に襲われた島、――スズランの島と命名――、を出て、セーレはインセートへ向かっている。霧を縫うように航行した甲斐はあって、今のところ他の飛行船とは一度も遭遇していない。

 航行中もセーレの修理作業は滞りなく進んでいる。木材が無事に手に入ったことが大きい。レヴァスが治療を行っている間に、運び込んでおいたのだ。この調子でいけばインセートに到着する前には、ほぼ完了するだろう。

 燃料や食糧の問題も心配ない。スズランの島では飲み水が手に入らなかったものの、どうにかもたせられる目途はついている。飛行石も既に底が見えていたが、どのみちあと一日のことだ。インセートまではもう目と鼻の先なのである。だからあとは何事もなく目的地に到着するのを待つだけのはずだった。

 ところがそこで、空に稲妻が走った。確かにインセートまでの航路は、天気が崩れやすく危険だ。嵐がくるかと慌ててリュイスを呼びに行けば、何故か風は穏やかなままだという。おまけに雨は降らなかった。

 代わりに降ったのは、雪だ。深い霧に紛れて吹き付ける白くて冷たい雪が、時折稲光に照らされる。航海室の中央の窓からその光景を見ていると、まるで猛吹雪の夜に一人馬車を走らせているかのような錯覚に陥った。

「……不気味だな」

 セーレに乗って十年以上になる。その前からもレパードは時折船の旅を続けていたが、これまでにこの地での雪は見たことがなかった。おまけにこの雷ときた。まるで空の心が荒んでいるようだと言ったのは誰だったか――――。

 そうしたなか、慌てた様子で航海室に入ってきたのはレヴァスだった。レヴァスと言えば彼に預けているイユにブライト、アグルの三人が浮かぶ。

「レパード、ここにいたか」

 焦った様子の彼に何があったのかを聞いた。

「医務室が開かない」

 そう言うレヴァスの手には医務室の鍵が握られていた。




 用心のためにリュイスを引き連れ、レヴァスとともにレパードは医務室へと向かう。リュイスも事態を聞き蒼白だ。何かが起こっているのは間違いない。その何かを引き起こしている人物にも見当がついている。


 ――――とうとう魔術師が動いたのだ。


 『カルタータ』の名を出してきた時点で、ブライトには何かがあるとは考えていた。他の船員とともに散々糾弾したが、わざと小出しにしか情報を教えない手口に手を焼いていたのは事実だ。とにかく口を割ろうとしない。脅しにも何にも屈しない。おかげで長期戦は確実になり皆を納得させるために、ギルドの仕事で護送中だという嘘までつく羽目になった。

 しかし、アグルを助けたときに礼を言われて泣く姿は、年相応に映った。レパードがブライトを警戒するように、ブライトもまたレパードたちのことを警戒していただけなのだろうとも思ったのだ。


 それが大きな間違いだった。


 扉の前に着いたレパードの目に入ったのは、中央に描かれた複雑な文様だ。それが白い光を放っているのを見れば、法陣なのだということはすぐに分かった。

 試しに扉を開けるが、案の定どれほど力を入れてもドアノブはびくりとも動かない。扉を開けなくする魔術の類だろうことは想像に難しくない。それを描いただろう人物に、レパードは声を張り上げた。

「おい、開けろ」

 扉越しでもよく聞こえるように、付け足した。

「その気になれば、俺の魔法は扉を超えられるぞ」

 驚いたことにブライトの声はすぐに返ってきた。

「……わかっているよ。大丈夫、今終わったところだから開けられるよ。でも静かにして」

 そして、拍子抜けしたことに瞬く間に扉に浮かんでいた法陣が消えたのだ。毒気を抜かれたが、安心はできない。ブライトが言った言葉を咀嚼する。ブライトは先程『終わった』と言ったのだ。

 気を引き締め直しレパードは扉を開ける。嘘のように軽くなったドアノブを回して開けた扉の先で、地面に座り込んだブライトが見えた。口元で人差し指を立てている。

「しーっ」

 と合図をされた。

 声を張り上げようとしていたレパードはついそれを見て、口を塞ぐ。言うことを聞いてやる義理は全くないが、その動きについ体が反応してしまったのだ。それから部屋の中を見回し、ブライトの意図に気づいた。

 ベッドにアグルとイユが横たわっている。そのどちらも寝息を立てて眠っている。少なくとも二人は無事だと安堵する。表面上は、苦しんでいる様子も怪我をしている様子を確認できない。それだけは判明した。

「……何をしていた」

 声を押し殺して聞く。観察して気づいた。イユとアグルのすぐ近くに法陣が描かれた跡がある。それがイユとブライトの髪でできているのに気づいて、内心舌打ちをした。

 その事実は紛れもなく――、

「まさか、髪の毛で魔術を……」

 リュイスがレパードと同じ思考に辿り着く。

 それができると知っていたら、手足を縛って椅子の上に括り付けておいただろう。レパードは激しく後悔する。仮にも見た目が少女だから、いくら憎き魔術師といえども遠慮があった。その前に問題になっていたイユが部屋に入れておいただけで十分大人しくしていたからというのもある。船員たちの誰もが縛るまでではないだろうと考え、その甘さに気付けなかった。

 けれども、実際は異能者のイユより遥かに質が悪い。イユの力は一つだけだ。その力で何かをされることだけを心配すればよい。一方のブライトは様々な種類の魔術を使うことができる。見えないところで、何かをされていても全く気付けないのだ。それがレパードの危機感を増大させた。

 悪質な魔術師であるブライトは、あくまでひそひそ声で答える。

「正解。そして最初の質問だけれど」

 そこでブライトは、どういうわけかレパードたちを睨みつけたのだ。

「……君たちがイユを追い詰めた結果なんだよ?」

 レパードには何を言っているのか本当にわからなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ