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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
878/994

その878 『絶体絶命ナ組ミ合ワセ』

「まぁ、そうなるよね」

 と呟くよりない。フィオナたちにとっては自分たちの屋敷だ。闇雲に逃げ回るブライトたちと比べて、遥かに優位に立てる。予め進路を予想したうえ、回り込んで出入り口を塞ぐなど容易だ。

 すぐにセラが飛竜に化けようとするが、

「セラ!」

 ヨルダによる投擲がセラの髪を一房さらう。ブライトが間一髪のところでセラを押したからだ。元の位置ならば喉をかき切られていた。

 押されたことで後退したセラが前に出ようとするが、続けての投擲にすぐさま後ろに下がることになる。セラがその手を盾に変えていなければ、ブライトもやられていたことだろう。

 床に転がったナイフがブライトの赤い目を捉えている。その切っ先に自身の髪が掬われているのをみてしまっては、震えるなというほうが無理だ。改めて、ヨルダが使えるのは魔術だけではないのだと意識する。しかもヨルダの腰を見やれば投擲用のナイフが刺さっているだけでなく、長剣まである。更にヨルダの後ろには、小柄な子供が付き添っていた。すぐにセラの盾でその姿が見えなくなってしまったが、間違いない。フィオナの痕跡をたっぷりと残した、恐らくは『異能者』の少年だ。

「セラ、気をつけて」

 警戒を促すブライトに、セラは頷く余裕もなさそうだ。元々変身ができるだけで素人なのだ。ヨルダも達人というわけではなさそうだが、目視で防げているだけ感心である。

「こないでよ!」

 早く手を打たねばならないと焦ったブライトは、逃げる途中で描いていた法陣の最後の一筆を描ききり、速攻で発動させた。対象はフィオナだ。そこへと水が溢れていく。フィオナの後ろにもまた少年の姿があった。フィオナの痕跡を残した『異能者』は金髪で色黒の肌をし、痩せた体に鋭い目つきをしている。

「あらあら、勘が鋭いわね」

 フィオナはどんどん増していく水に足を濡らしつつも動揺した様子は見せなかった。子供共々水に押し流されるように下がるが、それだけだ。フィオナには水流に負けて転んだ子供に手を差し伸べる余裕さえある。

 確かに水を生み出す魔術には限界がある。広間でフィオナの方にだけ水が流れるように仕向けたところで、ただフィオナたちが近寄りにくくなるだけだ。彼女をすっぽり水の中に覆うなりしない限り、脅威と判断はされないだろう。元々は火の手が道を塞ぐ場合に備えて用意していた法陣なのだから、致し方ない。

 けれど、今はそれでよいという判断だ。目下、対処すべきはヨルダたちである。特に、野放しなっている『異能者』が危険だ。何を使ってくるか分からない。

「連れの子は、変身ができるのね。すごいわ。さすが、特別区域にお友達がいるだけあるわね」

 フィオナもまた、感心はブライトよりセラに向かっているらしい。ヨルダの投擲を防ぐセラに感心の声を上げている。確かにいろいろな魔術を使えるとは言え、ブライトの腕と指は折られて、使い物にならない。残った指で描く法陣は、どうしても時間がかかる。だから脅威とするならば、変身することで盾にもなり炎を吐ける存在にもなるセラだ。

「カタラタにたくさん融通してもらっているんだから、どっちもどっちかな」

 ブライトの言葉にセラが僅かに反応を示す。そのセラは盾をしまって、ヨルダと対峙していた。ナイフは全て投げ終えたヨルダが、剣を抜いたところだったようだ。

 そこに一歩、子供がヨルダより前にでる。浅黒い肌に黒髪をした子供の目はどこか虚ろだ。相当に強く魔術を掛けられている様子である。子供はその手をそっと前に伸ばした。

「セラ、避けて!」

 寸前のところでセラがブライトを抱えて飛んだ。瞬間、セラがいた地面が抉れた。何が起きたかは分からなかった。何かが吹き付けるとか、炎で焼かれるとかが一切ない。何の予備動作もなく、ぱっくりと地面が抉れ、その背後に溢れていた水が二つに千切れ飛んだ。

「あれは危険です」

 セラにそう警告されなくとも、ブライトの喉は既にからからだった。逃げていなければ、セラの胴体が上下に分かれて吹き飛んでいたところなのだ。

 セラは半身竜と化してブライトを抱えている。手を竜のそれにすることでブライトをお姫様だっこできるらしい。おまけに背中には翼がある。肌は鱗で覆われていた。

「上昇気流でもあると」

「待ってて」

 セラのすぐ後ろでは、順に地面が抉れていっている。逃げながらも要望したセラは髪の一部を紙に変えてブライトに寄越す。言われたことを察して、ブライトはすぐに風を巻き起こした。ついでに、元々用意していた法陣を起動させることで、光を曲げて存在をかき消す。

 途端、ふわりと身体が浮いた。翼が風に乗って空を飛んだのだ。

「逃がしてはダメ。きっと窓から飛び出るつもりよ」

 フィオナの警戒の声で、姿を消したとしてもやりたいことがばれていると危機感を抱く。これでは、当てずっぽうで魔法を放たれかねない。一発当たれば死ぬ魔法だ。ブライトたちは助からない。


 命の危機がブライトを冷静にさせた。フィオナたちの魔術によりどこか鈍っていた思考が、火がついたように動き出す。それは、自身の行動を省みることから始まった。セラを押して攻撃を避け、フィオナを近づけまいとし、子供の魔法から逃れるべく飛ぶ。たった数分のことだが、ブライトは何故かずっと逃げようとばかりしているのである。確かに吐き気は酷く、頭はがんがんと痛み、片腕は使い物にならない。逃げたくなる状況ではあった。


 けれど、それは逃げる理由にはならない。


 ブライトが逃げたところで、フィオナたちの屋敷に侵入したという事実は変わらない。むしろ逃げてしまえば、今度は逆の立場になるだろう。ブライトは、はっきりとフィオナを敵に回してしまった。

 それに、フィオナは捕らえたブライトが逃げようとしていると踏んでいる。

 それならばあえて、逆を選ぶのだ。逃げるのではなく、攻めなくてはならない。


 攻撃性のある法陣を描こうとした。それが正しいと信じたうえでの行動だ。

 だが、線がぶれる。

「描きづらいのはどうにかならないかな?」

「そんな要望を聞いている余裕はないのですが」

 そう答えられたものの、セラは下敷きを変身術で編み出す。

 格段に描きやすくなったそこに、急ぎ法陣を描き込む。


 光で姿を消しても、空を飛ぶブライトたちの影が壁に映っている。そのせいだろう。子供が位置を捉えたとばかりに見上げた。その瞬間、起こしたはずの上昇気流が途絶える。

「ブライト様、もう一度!」

 やろうとした。落ちながらも、確かに魔術は使った。けれど、すぐに止んだのだ。

 悲鳴を上げて落ちながらも、ブライトは可能性に思い当たる。

「無理! この子、風を操っているから消される!」

 地面がえぐれたのは、風の力で物を切断したからだ。これほど強力な異能を使えるなんて、思わない。そのうえで、すぐ真下を何かが突き抜けてぎょっとした。

「ちっ、外した」

 子供の声が耳の届く。地面が迫ってきていよいよピンチなブライトは、思い至って叫んだ。

「少しでも女の『魔術師』のほうに近づいて!」

 フィオナは、水の魔術を掛けたとき、勘が鋭いとつぶやいていた。それは、子供の異能が満足に使えない状況になったからだ。それが、ブライトたちが空を飛んだことで使える状況に変わったのである。だから光の正体に察しがついた。

 雷だ。恐らくは触れたら最後、意識を失いかねないほどに強力な異能である。

 ブライトたちは、風と雷の『異能者』に取り囲まれているのだ。

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