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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
876/993

その876 『試サレル心』

「しかし、随分強力なことだ」

 何かされており、それについてヨルダが苦戦しているのは伝わってきた。ワイズには一瞬で解かれた覚えがあったが、そこは技量の差というところだろうか。中途半端に息苦しさに苛まれ、意識が何度も途絶えかける。フィフィに指をちらちらと弄られるせいでどうにか意識が戻ってくるものの、この状態を打開する手立てがまるで浮かんでこない。

 これがまだ相手が一人ならばどうにかなったかもしれない。しかし、必ずフィフィがついている以上法陣を描く隙がない。せめて、腕の下の法陣が使えればと思うが、たった一筋線を描き入れるのも今のブライトにはできそうになかった。

 本当によく対策されているものだと苦々しく思う。法陣を描く隙を与えないようにまず腕を使えなくするのが如何に有効なことなのか身に沁みて知った。加えて、複数人で万が一がないように見張っておけば、ほぼ何もできない。

 そう感心しているうちに、フィオナが戻ってくる。香を焚いたのが匂いで分かった。思考を鈍らせる類のものだ。身内は匂いに慣れているのか、マスク一つしていない。けれど、恐らくブライトには効果的だ。なるべく息をしないようにはするものの、いつかは限界は来る。入り込む独特の甘い香りに徐々に頭が痺れていく心地がした。

「大丈夫。怖がらなくてもいいのよ」

 フィオナがそう語りかけてくる。

「私ね、本当はずっとブライト様のことを助けたかったの。でも、こんな機会でもない限り貴方はまたあの女に魔術を掛けられて余計に苦しむでしょう? だから、早く私たちのところに来てくれれば良いのにってずっと思っていたのよ」

 ブライトの髪に何かついていたらしい。指でそっと梳かれた。

「ほら、だから安心して? 腕についてはごめんなさいだけれど、もう他は痛くしないから」

 楔が解かれるような感覚があった。緩やかに溶けていくそれを、ブライトの心が必死にかき集めようとする。消えてしまったら、心の支えも消えてしまう。またも罪悪感に自分が保てなくなってしまう。

「まぁ、これはひどいわ」

 折られた腕の手袋を捲くられた。法陣に気が付かれたのだと思ったが、フィオナの関心は別にあるようだ。

「愚か者だなんて。あの女の仕業ね? こんなの、親だからってなんて酷い仕打ち」

 違うと、言いたかった。悪く言うなと声高に叫びたかった。出来なかった。今のブライトは全くの無防備で、何もできない子供に等しいと思い知らされた。可哀想にと呟くフィオナに、自分の心が揺れ動くのを感じた。

 次の瞬間、心に穴があいた。

「解いたぞ」

 溢れてくる涙を指で掬われる。

「本当にかわいそうに。さぞ辛かったことでしょう?」

 フィオナはそう言ってあくまでブライトを責めない。その優しさでブライトの抵抗を消そうとしているのだと、ブライトは鈍った理性で自身の心に警告しようとする。

 けれど、自分の中にある絶対的な支えがない。たった今、消されてしまった。それがないから、フィオナの言葉を突っぱねることができない。

「ほら、全て白状してしまいなさい。そうすれば、貴方は楽になれる。解放されるのよ」

 数々の罪を口にしろと言われているのだと気がついた。恐らくはブライトの記憶を読むことまではこの二人にはできないのだろう。魔術の解除がミルダで、指示を与える魔術をフィオナが使うのだろうと、分担が読めた。フィフィにフィオナの痕跡があるのはそのせいだ。

 けれど、それだけだ。それが分かったところで、抵抗ができない。鈍い頭に壊れかけの心がそれ以上の思考を受け付けようとしない。身体中が気怠くて、痛みでどうにかなってしまいそうだった。口のタオルを外されても、舌を噛むという発想さえ沸かなかった。

「さぁ、言ってみて。貴方の全てを口にすると」

「あたしの」

 全て。それを口にしたら、楽になる。アイリオール家の問題に人生を左右されることもない。

「全てを……、コホッコホッ」

 強い香りに咽る。途端に香りが強く入ってきて目の前が真っ暗になった。これが、ブライトがセラやレイドに掛けた魔術と同じなのだと気がついた。思っていたよりも遥かに、息苦しく辛い。

 けれど、レイドが浮かんだから、自分のやってきたことが思い出せた。謝罪では足りないそれらが、罪の重さだ。ブライトが抱えていかないといけないものだ。

「話さない、よ」

 楽になってはいけないと、ぼんやりした頭でもそれだけは分かったから、口にする。盛大にむせたが、それ以上は口を開かないように気をつけた。

「強情ね」

 フィオナはブライトの頬を両手で包んだ。フィオナの目に、涙を流す自身の顔が映っている。その目は自分で見ても既に虚ろだった。香が効いてきているのだと頭の片隅で小さな警報が鳴った。

「話せば楽になるのよ?」

 そうしてから、フィオナは手を離した。

「フィフィ、指を」

「うん」

 次の瞬間、激痛が走った。不意の痛みにブライトは堪らず声を上げる。途端に、その口に大量の煙が入り込む。むせながらも、人差し指の痛みに目がチカチカとした。

 同時に悟る。これで、どちらの手も法陣は描けなくされた。

 フィオナはブライトに向かってそれ以上話をしなかった。ただ思いついたようにこう言うのだ。

「あら、大変。そろそろミルクの時間だわ。ずっと任せっぱなしもよくないし、私は一旦戻るわね」

 まるで世間話でもするかのように軽い口調だった。

「フィフィは?」

「このままだと掛かりそうだから、お香を強くするわ。だからお部屋の外で見張ってもらっても良いかしら?」

 フィフィの明るい返事が遠くに聞こえた。

「手ごわそうだな。注射も準備しておこう」

 ヨルダの声も去っていく。

「助かるわ。こないだみたいに先に体力が限界になって死なれちゃうと困るしね」

 そのフィオナの声を最後に扉の閉まる音がした。

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