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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
875/994

その875 『囚ワレ』

 しかも、その声は耳元でしたのだ。囁かれ、ぎょっとした。慌てて声の主から距離を取ろうとしたところで、腕を掴まれる。止血したばかりの腕は握られただけで痛みが走った。思わず声を上げそうになり、慌てて抑える。

 そうしているうちにようやく目が暗闇に慣れてきた。目の前に青い目を光らせた女がいる。二十歳すぎに見えるが、見たことのない女だ。使用人かと考えて、

「あなた。さっきから屋敷に入ろうとしてうろうろしてた。侵入者」

 と宣言される。頭に冷水を被せられた気がした。姿を隠していたはずが見られていたのだと気がつく。確かに、魔術は万能ではない。月の光が角度を変えれば、ブライトの姿は捉えられる。しかし、門番の横を通り過ぎても咎められないほどの精度ではあったのだ。恐らく、この女は普通の相手ではない。

「ん? 何か言うことはないの?」

 動揺のあまりに黙っていたので、女に小首を傾げられた。その女からは紛れもないフィオナの魔術の痕跡がある。ただの使用人ではないどころか、心を支配されている可能性が高い。

「ど、どうも」

 とりあえず挨拶してみたら、

「どうも」

 と返された。顔立ちの割に間の抜けたようなやり取りを返した女を見て、心を操られた影響があるのかもしれないと結論づける。

「えっと、悪いことしないから離してほしいなって」

 できれば見逃してもらいたいところだ。更に言えば法陣を描くためにノートを取る暇が欲しかった。

 だが、そう上手くはいかない。次の瞬間、にこっと笑みを浮かべた女に、ブライトの腕は折られる方向に曲げられた。

 唐突な激痛に悲鳴を堪えられない。その痛みに構っている間に、引きずり落とされる。あっと思ったときには地面にぶつかり、背中に女の重みを感じた。

「もしもし、捕まえたよ」

 愉快な声が頭上で聞こえる。何が楽しいのか、笑い続けていた。女の重さに潰されそうになりながら、ブライトの片手は描くものを取ろうと探る。

「片手は折ったよ。利き手だと思う。もう一つの手は」

 次の瞬間、描くものを探していた片手が踏まれた。

「ぐっ」

 思わずこぼれた悲鳴を押し込める。

「偉いわね、フィフィ。さすが私が見つけた子よ」

 ブライトの片手を踏みつけたのは、フィフィと呼ばれた女ではない。視界の端、片手を踏む男物の靴に見覚えがあった。顔を上げると、そこには父の葬儀で会った男が無表情に見下ろしている。

 ぞわりとした。

 更に、部屋の奥から歩いてきた女の足音が、近くで止まる。無視したかったが、顔を動かしてしまった。

「まぁまぁどなたかと思ったら、ブライト様自ら来られたのですね」

 そうして、フィオナはにこやかにそう笑った。




 全く抵抗する暇は与えられなかった。すぐさま服を弄られノートを抜き取られる。そうして魔術を封じられたと思ったら口の中にタオルを突っ込まれた。自害対策だと気づいたときには遅かった。続けざまに足を縛られた。腕が折れているのを知られているため手は縛られなかったが、代わりに壁に磔にされた。服を杭で差し込まれて、身動きをとれなくされる。はじめに両手を封じるやり方といい、彼女たちは相当に『魔術師』慣れしていると思わされた。何より、迷いがない。相手がブライトでもお茶会に呼ぶのと同じような軽やかさで、てきぱきとブライトの動きを封じていく。

 そのうえで、フィフィという女は愛おしそうにブライトの踏まれた指を1本ずつ弄り始めたのだ。

「折るのは簡単だよ。でも、痛みのショックで死んじゃったら困るからとっておくね。少しずつ痛みを加えてあげる」

 ぞっとする言葉を楽しそうに吐くフィフィは、『異能者』で間違いないようだ。その目は暗がりでも正確に見渡すことができ、その細腕は簡単に人の腕を折る腕力がある。そして何も抵抗できなかったことから判断するが、ブライト自身の動きを鈍くすることさえできるようだ。自他ともに『力を調整する』ことのできる異能と思われた。

「そんな物騒なことをしなくても、大丈夫よ。お知り合いですからね」

 フィオナはにっこりと笑って、ブライトの顔を覗き見た。

「出産祝いにきてくれたにしては物騒なノートを持ってきてくれているもの。とうとう痺れを切らしたベルガモットの指示なのでしょう?」

 全てお見通しだといわんばかりである。

「どうする? 騎士団に差し出すか?」

 フィオナの夫であるヨルダが、フィオナに聞いている。

「そうねぇ。良い機会といえば良い機会なんです」

 フィオナは考えるように自身の細い指を頬にあてた。

「ずっとブライト様に掛かっていた魔術が気になっていたの。これほどの魔術、私では解けないけれど……」

「構わん。俺が解こう」

「頼りになるわぁ。そうしたら、私が指示を与えましょうか。きっとそのままだと自害に走ってしまうでしょうから」

 ブライトを置いて、夫婦の間で話が進んでいく。

「フィフィは?」

「しっかり見張っていてね。そうやってあなたが指をいじっているかぎりは何もできないはずだから」

 そう言いながら、フィオナは部屋を出ていく。魔術の準備をするのだろう。

「しかし、まさか本人がノコノコ現れるとは」

 残ったヨルダがブライトを見下ろしてそう告げる。口の中のタオルのせいで会話もできず、目で訴えるのがせいぜいだ。ただ、頭の中ではずっと警鐘が鳴っていた。

 まさか潜入した部屋でいきなり捕まるとは思わない。しかも、二人とも駆けつけるのが早くはないだろうか。まるで、ブライトが来ると知っていたような周到さだ。

 しかし、ブライトですら突然のことで驚いて準備したのだ。予め知っていることなどあり得ない。そうなると、元々用心深く、手慣れているとみるべきだ。ブライトが過去単身で侵入できてしまったような屋敷とは違い、この家は誰かに襲われる危険が普段からあるのかもしれない。逆に言えばそれほどに、きな臭いことをしているのではないかと思えてならないのである。

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