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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
874/993

その874 『向カウ先』

 屋敷に戻り一通りセラに心配されたあと、いつもの時間が近づいてきた。さすがに母の部屋に行かなくてはならないと思うと、足どりが重かった。普段と同じように扉をノックするその手が既に痛みを覚えた。どういうことになるかは充分予想できていた。

 部屋に入り、母の反応を窺いながら報告をする。何度か紙を投げつけられながらも報告が終わると、今度は記憶を覗かれる。抵抗していたつもりはないのに、意識は幾度も途絶えた。吐き気を堪えつつ、ちかちかする視界と戦う。そうしてようやく母の手が離れたのを確認して、長い時間が終わったと意識する。

 けれど、ここからが本当のはじまりだ。ブライトは、すぐに自らの腕を差し出した。

「何て刻みましょうか」

 意識がぼやけているのは、記憶を覗かれたからだけではない。報告の合間に焚かれた香りのせいだ。思考を乱すその香りから、ブライトは母の疑念を感じ取っている。これ以上、疑われたくはなかった。だから、進んで腕を差し出したのだ。

 少しして投げてよこされたのは、メモ書きと扇子だ。そこにはこう、書かれていた。


 愚か者。


 ブライトは自身の腕に僅かに残った隙間、法陣の間に古代語で『愚か者』と刻んだ。


 足りない。


 母の紙に刻まれた言葉に従って、隙間という隙間に埋めていく。そうして、もう慣れきってしまった何度目かになる楔を心に打ち込んでいくのだ。






 腕の痛みと気持ち悪さで意識が引き戻された。身体中が疲労感でいっぱいになっている。涙が止まらないのはきっと、魔術の副作用だ。ふらふらしながらも、辛うじて立ち上がる。母の前でこれ以上醜態を晒さないように、涙を拭き取る。戻ろうとしたところで、足元に紙を投げつけられた。何事かと振り返って地面の紙を拾う。そこには、


 本日、決行しなさい。


 とあった。さすがにぎょっとした。自身が心身ともに疲弊している自覚があったし、時刻も遅い。何より準備不足だ。前々から実行するように言われていた案件だとすぐに気がついたが、気は進まなかった。

 けれど、たった今刻まれたばかりの楔が、ブライトに否定を許さない。口を何度も開けたり閉じたりしているだけで、言葉にできなかった。

 苛々させてしまったようで、同じことを書いた紙を投げつけられる。それは警告だ。二度もいわせるなと、失望させるなと、そう告げている。

「はい、かしこまりました」

 ブライトの頭に一瞬だけエドワードの顔が浮かんだ。けれどそれはすぐにかき消されてしまう。

「さようなら」

 と、心の中で優しい彼らに呟いた。生きて帰る自信がなかったのだ。




 とにかく急いで支度をしなくてはいけない。そう思いながら廊下を歩けば、早速セラに見つかった。

「ブライト様? まだ、お顔の色が優れませんが」

 作り笑いを浮かべるしかなかった。

「ちょっとお使いを頼まれちゃってね。今から準備でき次第出かけるからよろしく」

 質問には一切答えずやることだけ言えば、

「今から、ですか?」

 と驚いた顔をされた。それもそうだろう。夕方に血で汚れたドレスとハンカチを持って帰ってきて心配をかけたばかりだ。大丈夫だと宥めてから、母のもとに向かい数時間以上経っている。そうして夜中になってようやく出てきたと思ったら、この発言なのである。

「うん。飛行ボードで行きたいから準備だけ頼んでいい?」

 行って戻ってくるには、飛行ボード程の速さがいる。速いと姿が消しにくいのが厄介だが、そこはなるべく人に見つからないルートを行くしかないだろう。

「かしこまりました。あの、お食事はお部屋においてあります」

「ありがと。急いで食べちゃうね」

 セラは、母が絡むときのブライトの様子を知っているから余計なことは言わない。おかげで助かっている。その事も含めて礼を述べてから、ブライトは大慌てで部屋へと駆け込む。とにかく、セラに腕の傷を見られたくなかったのだ。



 傷を手早く洗ってから止血をする。そうしてから、すぐに口に食べ物を入れた。折角セラが作ってくれたものだが、味はしない。これからやることを思えば、余計にだ。

 レイドの書き残しを見るのではなかった、と内心後悔する。あそこに書いてあった家、それが今回の標的だ。その家の大きさを知っている以上、ただではすまないことは分かっている。カタラタ絡みなのでひょっとすると『異能者』もいる可能性がある。

「準備完了しました」

 扉のノック音とともに報告するセラの言葉に礼を返しつつ、ブライトは必要なものだけを持って飛び出る。飛行ボードに乗り込むと、セラに不安な視線を送られた。

「あの、どちらにいくかお聞きしても?」

「大丈夫、ちょっとしたお使いだから心配しないで。でも、もしかすると中々帰ってこれないかもしれないから、そのときにはお母様をお願いね」

 ブライトはやはりセラの質問に答えられなかった。ただ一方的にお願いをして、飛行ボードを稼働させる。ふわりと浮いたそれに乗って、闇夜のなかへ飛び込んだ。




 目指すは、シャイラス家の屋敷。フィオナとその旦那であるヨルダが、カタラタの裏にいるという家だという。

 あんなに良い人たちがどうしてと、そんなことを言うつもりはない。そもそも、特別区域の存在自体がはっきり言って悪であるし、フィオナたちがあくまで中立の立場を取りながらも裏でブライトを嵌めようとしている可能性は幾らでもある。第一、フィオナに呼ばれたはじめてのお茶会で知り合ったネネもミミルも、ブライトと内心では敵対していたのだ。それが分かっている以上、決して油断してはいけない相手であると知っている。


 ブライトは、ある一角で飛行ボードを下りた。まだシャイラス家の屋敷から距離はあるが、ここからは見つかる可能性が高い。飛行ボードを隠そうとして、地下へと続くマンホールに気がつく。開けた途端魔物に水の中へ引きずり込まれる可能性も考えたが、大丈夫そうだった。慎重にそこへと飛行ボードを置いてから、ブライトは自身に魔術を掛けて歩き出す。


 シャイラス家の屋敷は、実は久しぶりに訪れた。身重のフィオナがお茶会の数を減らしているために、最近は呼ばれていなかったのだ。そういえばそろそろ生まれる頃ではないかと思ったが、考えないことにした。折角幸せの盛りにいる彼女らの命を断つ自分に、考える資格はないと思ったからだ。

 屋敷の門前にいる兵士たちの横を通り過ぎ、入れそうな部屋を探す。窓が運良く開いていることはなかったので最も暗い部屋を見つけ出して、その窓を魔術で解錠して中に入った。なるべく砂を窓の外へと落として、痕跡を隠す。入った部屋は暗すぎてよく見えないが、空いている使用人の部屋だろう。人気が無いことにほっとしつつ、廊下へと続く扉を探し始める。

 そこに――――、

「何をしているの?」

 あろうことか声がかかった。

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