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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
869/992

その869 『雪山ノ話』

 次の日の家庭教師には、何事もなく講義を始めた。騎士団の団員が一人自害したからといって、王子の家庭教師を取りやめる理由にはならない。王子にも当然伝わることのない話だろう。


「そなた、雪山の話を知っているか」

 講義の切れ目、若干の休憩を挟んだ折に、エドワードからそう問われた。正直、何のことかは分からなかった。表情を読んだようでエドワードには、こう続けられる。

「イクシウスでは雪山というものがあり、そこではあまりの寒さ故に凍死する者も多いのだという」

 シェイレスタでは想像しにくい環境だ。けれど知識には確かにあった。

「その雪山に、ある小屋があった。そこには一人分の食事と暖炉のみが用意されていたが、小屋に逃げ込んだのは二人だったという話がある」

 更に説明が続く。何が言いたいのか、ブライトにはまだ読めない。

「生き延びるためにはどちらかが小屋を出なければならない。そなたならば、この場合二人のうちどちらが出るべきだと考える?」

 食べ物を半量にして分け合えばよいという話ではないのだろうと、想像する。

「必ず二人のうちどちらかしか助からない状況で、何をもって生き残る方を選択するかということでしょうか」

 慎重に尋ねると、エドワードから頷きが返った。どうもエドワードはブライトの意見を聞き、ブライトの思考を試したいらしい。

「その二人の価値で異なります。例えば老人と子供の場合なら、あたしは子供を小屋に残すべきと考えます」

 将来が長い方を選択するというブライトの答えに、エドワードは納得していないようだ。

「それで良いのか? 例えばその者たちが数歳程度しか違わない場合、そなたは若いほうが残れば良いと申すか」

 そう問われると、違う気がしてくる。

「単に年齢の話ではありません。今後より長く生き延びる確率が高い方を選ぶべきというだけです」

「つまり、若者と子供ならば若者のほうが生き延びる確率が増えることもあると」

 それで良いのだろうか。問われてブライトもよく分からなくなってきた。人生をより長く生きるのは子供だろう。だが、雪山で生き延びる確率が高いのは体力のない子供より大人だ。

「では条件が一緒だった場合はどうなる? どちらも子供だった場合だ。どちらも健康で、生き延びる可能性はある」

「比較要素がない場合、ですか」

「そうだ。一般論など通用しない、比較ができない場合だ」

 それを聞いて、エドワードの聞きたいことが読めてきた気がした。

「……王子はこうお考えではないですか? 結局はエゴで生き延びて欲しい方を選択するのだろうと」

 エドワードの表情は崩れなかった。どうも、エドワードのなかで答えの出ている質問だったらしい。

「そうですね。その場合はあたしにとって大切な人が生き延びるように仕向けるでしょう」

 結局は人のエゴで決まる。それは事実だ。

「雪山にそなたとそなたの友人がいる場合はどうなる」

「同じことです。あたしが生かしたいと思ったほうが生き延びるべきです」

「だが、そなたの友人は納得しまい」

 自分がそう思うように、相手にも思いがある。ぶつかることは当然あるだろう。

「その場合、そなたはどう説得する?」

「いろいろな方法がございます。ですが、あたしならば、相手のエゴを変えることを優先します」

 ようやく聞きたい質問にたどりついたというように、エドワードは興味深そうな顔をした。

「言ってみるがよい」

「相手があたしを生かしたいと思う場合には、あたしのことを幻滅させるなりし考えを変えさせればよいのです。逆にどうしても自分だけが生き残りたい場合も、言動や魔術で納得させるよりないでしょう」

 その気になれば魔術で人の心を歪めると、ブライトは宣言した。

「それこそエゴだな」

 エドワードの感想に頷く。

「そうです。エゴにはエゴをぶつけるしかありません」

 だから、ブライトは退くに退けないのだ。

「当然そなたのエゴが覆される可能性もあるわけだが」

 エドワードの言いたいことは分かっている。これは雪山でたとえられているが、ブライトとワイズの話だ。エドワードのエゴでどちらかしか生き残れない。そのときに何をもって答えを出すかと言われたから、ブライトはエゴのぶつかり合いだと答えたのだ。

「覚悟の上です」

 故に宣言した。これまでの行いを不意にしてなるものかという思いがあった。

「そうか」

 とエドワードは言った。それで終わりだと思っていた。

 そこに、エドワードは続けたのだ。

「気になっていたことがある。そなたからは何故他人の魔術の臭いがするのだ」

 分かるようになってしまったのかと複雑になった。これまでこのことを指摘したのは三人だけだ。ネネにフィオナ、そして殺されそうになりながらもブライトを案じたワイズである。その領域にエドワードは、追いついてしまった。

「そなたにかけられた魔術、その持ち主を探していたが見当たらない。それで思い立ったのだ。余でも知らない『魔術師』だとするとそなたのは」

「言わないで」

 思わず敬語が抜け落ちた。

「む?」

「分かっていることです。ご心配をお掛けしていることはお詫びします。ですが、あたしは大丈夫です」

 踏み込まないでくれと言外に告げる。

「そなた、ひょっとして」

 お願いしますと、口だけを動かした。エドワードには伝わったらしい。それ以上追求はなかった。エドワードは聡明だった。だから、ブライトの目に映るところではあまり動かなかった。

 けれど、エドワードは焦っていた。この後のエドワードの行動を考えるに、そういうことなのだろうと思う。

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