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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
867/992

その867 『見ラレタナラバ』

 とにかくシエリに伝えないといけないと思ったのか、クルド家の屋敷の場所をシエリに聞こうとしたのか、レイドはアイリオール家の屋敷まで再び戻った。そして面会を頼んだのだか、シエリは出てこない。仕方なく家に戻ったレイドの元にそれが届いた。


 ――――シエリの訃報だ。


「あり得ない」

 レイドの手は、訃報を綴った手紙を握ったまま小刻みに震えている。

「あんまりだ」

 どうもレイドは、シエリの裏切りがばれてアイリオール家に殺されたと考えたようだ。シエリは普通ではなかった。明らかにクルド家の仕業なのだと何度も叫び、身体を震わせて泣いた。

 何回も引き出しからシエリの手紙を出して読み返す。そこに書かれた指示には、法陣をかけられる恐れのある遺品は受け取らないようにとあった。だから、遺体の引き取りだけに留めることにしたようだ。

 そうして訪れたアイリオール家の屋敷で、レイドは幻滅した。

「優しい奥様でさえ出てこないのか」

 ここで初めて知ったが、挨拶に出てきたのがブライトだったことに、レイドは怒りさえ覚えていたようだ。クルド家の当主が家に来たときと比較し、酷い仕打ちだと考えたらしい。実は、ブライトしかあの場に出られない状況であることをレイドは知らないから、致し方ないことかもしれない。

「本当に優しいのか? 『魔術師』はみんな同じではないのか?」

 自分の家に戻り一人暗い部屋で何度もそう呟いているレイドは、端からみて気が触れたかのようであった。

 ただ、意外にもこのときレイドはブライトが犯人だとは考えていなかった。シエリの弟の話を悲しそうに語ったのが、意外と響いていたのだろう。


 シエリを空葬した後、どうしてもレイドはクルド家が気になって仕方がなかったようだ。夜になると調べを進めるために家を空けた。ブライトを怪しんだのはそこでだ。明け方、明らかに普通ではない様子で走っていくブライトを見つけたのである。まるで逃げるように走るのを見届けたレイドは、元来た道を辿って、そこにハレンの死体が転がっているのを見つけた。

 『魔術師』は子供だろうと人を殺すのだと、レイドは戦慄したに違いない。


 レイドは、更に調べを進めた。 

 このときにはもう、シエリを殺したのはブライトかもしれないという疑惑が消えなかったのだろう。徹底的に情報を集めた。

 ブライトのことは、調べれば調べるほど怪しさが増した。何せ、アイリオール家の周りで不審な死が増えていっているのだ。

 だが、同時にクルド家も同じ有様であることをレイドは調べ上げた。レンダにミリアも既に死んでいることを確認したのである。

 レイドにとってアイリオール家もクルド家も同じだ。『魔術師』はさぞ信用ならない存在になったに違いない。






「俺が死んだら、この手紙を王族に渡してほしい」

 レイドは、ガインには洗いざらい相談していた。だから、ガインはブライトのことを常に怪しんでいたのだろう。

「なんで俺に頼む」

「頼めるやつがいない」

 レイドの言葉に、ガインは吐息をつく。飲み屋に行っているらしく、薄暗い建物のなか誰もいないカウンターで二人だけが座っていた。店主も奥に引っ込んでいるようで、人気が無い。カランカランと氷の小気味よい音が、ガインの手元のグラスから響いている。酒は入っていないのか、酔いはすっかり覚めてしまったのか、薄暗い中でもガインの顔色は青白かった。

「わかったよ。だけど、良いのか? これはシエリさんの死を明らかにする手段かもしれないが、同時にクルド家を盤石にするものだ」

「分かっている。ワイズがアイリオール家の当主になれば実質クルド家が力を握るというんだろう。だが、俺はジェミニは何かをやらかしているとみているんだ」

 ガインは思わず聞き返した。

「何かだって?」

 視線がガインからカウンターの奥に並ぶ棚に移る。カウンターには年代物の酒瓶が並んでいた。中々に洒落れた雰囲気だが、どことなく大衆的な匂いもある。人気の無さからいって殆ど人が寄り付かない穴場な店なのだろう。

「あぁ。それが何かは分からない。だが、もしそのやらかしがなかったら、ジェミニはもっと堂々とワイズを前面に押し出したはずだ。それができないから、派閥などという手間を作った」

 レイドの意見に、ブライトは同感であった。そして、そのやらかしで思いつくこともあった。というのも、ミリアは身体が弱かった。ワイズの顔も、ブライトの記憶にある限り殆ど青白い。親子というだけあって、似ているのかもしれない。

 いつ身体を壊されて死んでしまうかもしれない子供では、ジェミニも気を揉んだことだろう。表に出すことを控えたのはそういう理由があるのかもしれない。

「少なくとも、わざと遠方に追いやったり急に王家の次期国王と仲良くさせたり、意味のわからない行動はしないはずだということか」

 ガインの言葉に、レイドは頷いている。その様子がガラス扉に映っていた。

「そういうことだ」

 ブライトは心のなかで首を捻った。間違ってはいないのだろうが、何かが抜け落ちている気がしたからだ。

 だが、ここで視界がぼんやりとしてしまう。意識が現実へ引き戻されていった。 






「うーんと、時系列順にするとこんな感じかなぁ?」

 途切れ途切れの記憶を並べて頭の中で整理する。不味いのは、ハレンの死を見られていたことかと考える。それから、手紙をガインに預けられていることだ。

「や、めろ。……ゴホッ」

 掠れ声が聞こえて、本人の意識が戻っていることに気がつく。声の制限はもう掛けていない。必要がないからだ。洗いざらいとなるとかなりの時間が掛かるため端折ってはいるものの、大まかに知りたいことは知った。あとは今後どうするのが適切かである。少し思案してから、

「レイドはさ、自分が惨めにならない?」

 にこりと告げた。

「なん、だと?」

 ここからは、問答していく。そうして、誘導しないといけない。

 今、焼け焦げた屋敷の匂いに変わって、独特の香りが周辺を支配している。思考を鈍らせる香りの魔術は、非常に強力だ。意識がない間も、記憶を読まれている間も、レイドはたっぷりとこの香りを吸っている。お陰で先程から息苦しそうに咳き込んでばかりいた。

「あたしやジェミニに憎しみをぶつけているみたいだけどさ、実際にはさ、お父さんのこともシエリのこともさ、レイド自身は何もできてないじゃん?」


 ――――本当に憎みたいのはレイド自身じゃないの?


「ゴホッ、……お、れは」

 最後まで言わせる必要はない。今回は感情を操作したいわけではない。感情や指示を与えるような行為は痕跡を残す。それに記憶を覗くことは騎士団でもできる。ブライトとの話はレイドを生きたまま返せば筒抜けになる。

 されど、一通りの記憶を覗かれた後の人間の心は酷く脆い。そして脆い中で思考を鈍らせ囁いた言葉は記憶に残りやすい。だから、魔術がかかりやすくなるのだ。



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