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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
863/994

その863 『仕込ミ』

 ラクダ車に乗ると、セラは怒った口調を隠さなくなった。

「なんですか、あの失礼な方々は。まるでこちらが完全に犯人みたいな言い草ではないですか」

「まぁまぁ、向こうにもいろいろあるんだよ」

 宥めると、セラの怒りはブライトに飛び火する。

「ブライト様も悔しくないんですか。ご友人を亡くして傷心しているところをあんな風に言われて」

 ブライトは、ティナリーゼのことを思い浮かべた。

「悔しいよ。会ってそんなに経っていないとはいえ、友達になったんだよ? こんなのってないよ」

 ブライトの声音にセラははっとした顔をする。

「すみません、ブライト様に当たってしまいました」

「いいって。セラが怒ってくれたのは嬉しいし」

 そう笑い返す。すまなさそうにするセラが口を噤むと、暫くがたがたというラクダ車の揺れの音だけが響いた。

 静かな空気に耐えられなくなったのか、セラが思い返したように疑問を口にする。

「そういえば、ずっと黙っていた男の方からちらちら視線がきましたがあれは何だったのでしょう」

 レイドのことだと知って、ブライトはにっと笑う。反応を見る限りでは予想通りだったのだ。

「あとは動いてくれるといいんだけれど、どうかな?」

「ブライト様?」

 セラが不思議そうな声を挙げる。当然の反応だ。セラは知らない。

 セラが着ている衣装は、セラが初日に選んだ服だ。レイドの妻であったシエリの物である。




「一つ頼まれて欲しくって」

 ブライトは屋敷に戻り執務室に向かってから、早速セラに紙とペンを用意するように頼んだ。

 セラが机の上にそれらを並べるのを見て、席を譲る。

「この紙にカタラタの詳細を書いてほしいんだ。わかるだけ詳しく」

「はい?」

 どうしてそこでカタラタが出てくるのか分からないという顔をされるが、セラは素直に従った。これで、ブライトの筆跡と異なるので、何かあった場合も多少ばれにくくなるだろう。

「今度買い出しに行くときにはラクダ車を使って、途中でこの紙を道端に落としておいて」

「えっと、捨てるんですか?」

「うん、それだけで良いから」

 セラは怪訝な顔をしている。ブライトが意味のないことを指示しないだろうと分かったうえで、ろくでもないものでも見るような目で見られた。

「何を企んでいるんですか?」

 ブライトはこういうとき不安になる。セラの信頼を獲得しているのかどうなのか、いまいちよくわからないのだ。どうも妙なことをやらかすという点で、やたら高い信頼を得てしまっているような気がする。日頃の行いがそんなにおかしいのだろうかと自問しながらも、とりあえず目的だけはちゃんと告げた。

「カタラタが裏でやっていることが明るみになりますようにって」

 残念ながら、セラは不審な顔を崩さなかった。

「願掛けですか? モノを捨てるのはよくないかと」




 とはいえ、セラは言う通りにしたそうだ。行きに捨てて、帰りに見たときにはその紙はなかったと言っていた。それだけでは上手くいったかどうかの確証には至らないが、同じことを何回かやってもらったので可能性は上がったと思いたい。

 ただやったことといえばそれだけで、暫くの間は他のことに忙殺されていた。家庭教師もたくさん入っていたし、事件続きで数が減っていたお茶会も復活していた。その忙しさの合間にも飛行船を操縦できるようになった。飛行ボードもそれなりには上達した。薬学の勉強も進めたし、魔術も新たに覚え論文も一つ出したのだ。






「大丈夫です、お母様。お母様のご指示のとおりに」

 母に向けてそう答える。いつものように報告をすませて自分の部屋に戻ると、部屋が綺麗になっていた。

 これはいつしか恒例になったセラの気遣いだ。ブライトがいない間に部屋を片付けたのである。セラ曰く、ブライトの片付けは綺麗とは言い難いらしい。ブライトなりの片付けに耐えきれなかったようで、勝手に掃除をするようになった。幸いにして、危険な魔術書のある場所には触らないようにしてくれているので安心できた。だから許すことにしたのだ。

 ――それに正直なところ、これ以上動ける気がしなかった。


 くたりとその場に崩れ落ちてから、ふっと息をつく。指先にこびりついた血の匂いが気になって指を弄っていると、布が擦り切れる音がした。


 また予備の手袋を出さないといけない。今度も白い手袋がいいなと考える。白は好きだ。汚れていない。セラにも本当は地味な色合いではなく白い服を着ていて欲しい。


 そうしたことを考えながら、ベッドまで向かう。気持ち悪さを呑み込んで、ふらふらと起き上がり歩いた。鉛のように重い体をベッドに沈ませて、ブライトは眠りにつく。また明日の朝は早いなと思いながら。




 そうして次の日の朝、とうとうその手紙が届いた。日時と場所だけが書かれた差出人不明の手紙だ。セラが怪しんだような魔術はかかっておらず、毒が仕込まれている様子もない。本当にただ質素なだけのそれをブライトは待ち望んでいた。

「この手紙の日時の予定、空けておくからね」

 セラに共有すると、セラは当然のように驚いた顔を作る。

「こんな怪しい手紙を信じるのですか」

 ブライトは、精一杯胸を張った。

「大丈夫。多分だけど、差出人に覚えがあるから」




 指示された日時は夜中で、誰もいない屋敷が待ち合わせ場所だった。セラの反対を押しのけて一人でそこにやってきたブライトは、念の為セラの尾行がないことを確認してから屋敷の前に下り立つ。まだ屋敷には焼け焦げた匂いが残っていて、門前でも微かに漂ってきた。

 わざと早く来たので、乗ってきた飛行ボードは庭に隠しておき、屋敷の扉の前まで歩いていく。そうして扉の前に立つと、いよいよ匂いが強くなった。骨組みだけになった建物はいつ崩れてもおかしくはない状況だ。特に屋敷の前は扉とその周囲の玄関だけが無事な有り様で、ぽっかりと空いた壁の奥から月の光が溢れていた。

 こうして眺めているだけで当時の状況が目に浮かぶようだ。手早く準備だけは済ませ、あとは小声で唄を送って待つことにした。


「死者への手向けなどできる立場か?」

 声に振り返ると、月明かりに照らされて男の影が現れる。その影を踏んで、レイドが現れた。

「ミミルはあたしの友人だよ? 立場なんて関係ない」

 よりにもよってレイドがミミルのいた屋敷を選ぶとは思わなかった。ブライトが死者への手向けをしているところを見たいのかと思ったのだが、残念ながらレイドの兜を外した顔を見るに違うようである。

「ガインたちは連れてきていないんだ?」

 確認すると、レイドの顔は険しくなった。

「あいつは関係ない」

 その返事から、やはりレイドは妻が絡むと独断で動くのだと確信する。だから今日も一人で来たのだろう。

「それより、どういうつもりだ」

 レイドの声には苛立ちがこもっている。

「どうって?」

 知っていて、意図して聞いた。

「何故、こんな男を調べさせた?」

 書面を投げてよこされる。開いてみると、カタラタについての行動履歴が事細やかに載っていた。ぱっと見る限りでは、予想通り愚かなことばかりやらかしている。

 レイドの言う通り、ブライトはレイドにカタラタを調べさせていた。直接指示を出したわけではない。ガインたちとの取り調べで、敢えてセラを見せただけだ。

 シエリの服を着たセラをみて驚いたレイドは、ブライトの腹を割って話すという話も合わせて何かあると考えた。そして再びアイリオール家の尾行を開始した。とはいえ、ブライトを追っても何も出てこない。ブライトは、セラに託していた。あのカタラタについて綴った紙をだ。


 セラの、帰りには紙がなかったという証言から、レイドは比較的早くブライトの考えに気づいたらしい。セラが意味ありげに捨てていった紙をレイドは拾い、そこに描かれている男の特徴に何かがあると考えた。それによりレイドはカタラタを調べることになったのだ。セラの恰好から妻を連想したわけだろうから、カタラタが何か関わっていると考えたに違いない。

 しかも実際に調査すると、ブライトの想像通りにぼろぼろと問題行動が出てくる。シエリとの接点だけはでてこないが、背後にジェミニがいるかもしれないとは思ったのだろう。カタラタの背後にいる『魔術師』の家の名がそこに書かれていた。

「なるほど、よく調べたね。これは気づかなかったや」

 ブライトでは決してたどり着けない情報だと、断言できた。俄に信じがたく、確認をとってしまう。

「合ってるで間違いない?」

「当たり前だ。証拠も押さえてある。だが、これがあいつにどう繋がる?」

 誰がいるかを突き止めたところで目的の人物と繋がらないので、しびれを切らしてレイドがブライトに接触を図ってきたと、想像できた。そうなるだろうから、手紙を待っていたのだ。


「繋がらないよ」


 

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