その862 『何回目?』
「……そろそろ貴女の顔も見飽きたと思っていたのですがね」
中々失礼な物言いをされた。もはや道案内も不要となったいつもの部屋で、開口一番ガインに放たれたのがそれである。
「そうお考えかと浅慮しまして、あたしの弟子も連れてきた次第です」
「セラです」
セラが頭を下げて礼をする。その目が既に鋭い。ブライトへの態度が気に入らないらしい。
「これはどうも。ガインです。こちらはレイドです」
ガインの隣には予想通りレイドがいる。そのレイドがセラをみて目を瞠った。
「あの、何か?」
セラが小首を傾げると、レイドは首を横に振り、
「何でもありません」
と声を張る。その声が僅かに上擦っているのを、ブライトは判断材料とした。
「さて、一体何の件で呼ばれたかはご存知ですか?」
「あたしが呼ばれるとなると、誰かが亡くなってその犯人の候補にまたあたしが挙がっているということでしょうか」
ガインの言葉にこれまでのパターンで返せば、ガインは肩を竦めてみせる。
「まるで我々が貴女を故意に犯人へと嵌めようとしているかのように聞こえますが、全く不本意です」
「いいえ? あたしはただこれまでのお呼び出しの経緯を振り返って述べただけです」
相変わらず白々しいとガインの顔に感想が書いてあった。
「とはいえ、今回も残念ながらそのパターンです。裁判所の事件に覚えは?」
「あたしの友人たちが亡くなったとは」
特に隠しても仕方がないので素直に答えると、ガインは頭を掻く仕草をした。
「そのご友人が何をしていたかについては?」
問われ、どういうことかと訝しむ。
「セセリア様のことならば、ミドフ様のことを殺めたということで先日この場でお話されたかと」
ガインはそうではないと告げる。
「そのセセリアが、ミドフ様の為に今まで何をしていたかについてです」
話が読めない。当惑していると、セラからちらちらと視線がきた。
「どうしたの、セラ?」
「その、全く話が分からないのですが」
急に呼ばれたセラは自分が場違いではないかという不安を顔に貼り付けている。
「あぁ、ごめん。でも説明できるほどあたしも何を言われているのかよく分からないや」
こればかりは本心だ。ガインは何かを聞きたいようだが、それが何か分からない。
「仕方ない。話を変えましょう。貴女はご友人たちが亡くなった日、裁判所に行きましたね」
ガインの問いにブライトは素直に頷いた。牢まで見せてもらったのだ。看守をはじめ、目撃者はいる。
「一体そこで何をされたのですか?」
「見学です」
さっぱりと告げると、ガインは溜息をついた。
「何故、貴方のような立場の方が見学など?」
「かなり前の話にはなりますが、あたしの友人が判決が出る前に裁判所で亡くなったのです。そのうえ今回の件ですから、何故そうしたことが起きたのか、今回セセリアたちは本当に大丈夫なのかを、知りたかったのです」
筋は通っているはずだ。ガインも特に表情を変える様子はない。
「失礼ですが、その当時のご友人のお名前を伺っても?」
問われ、ブライトは頷いた。
「ササラ・ビヨンドです」
ブライトの記憶に、まるで妖精のような姿で淋しげに笑う顔が浮かんだ。その顔で、マリーナを魔術で殺害したのだと改めて思い返す。
「確かに裁判所で亡くなっています」
ガインがレイドに視線を向け、レイドがそう答える。レイドの手元に書類があるのでそれを確認しているようだ。予め用意されているあたり、ちゃっかりしている。
ガインが視線を再びブライトに向ける。そのときのガインの目は、こう告げていた。
――よく、ご存じで。
裁きを受ける前に亡くなった令嬢。ササラこそがミラベルの友人かもしれないと疑っていたが、案の定だった。だから、ミラベルはブライトに期待したのだろうと想定していた。
つまり、ブライトはササラの死を己の無実の潔白に利用することにしたのである。
「しかし、ビヨンド家のササラはマリーナ嬢を殺害したと。彼女もまたご友人では?」
レイドが書類を読みながらブライトに話を振る。思ったよりも細かい情報が書類に書き込まれているようだ。
「罪を犯したら、その方とはもうご友人ではいられないのでしょうか? あたしはそうは思いません。痛ましい事件であったのは事実ですが、だからといって彼女が裁きを受ける前に死ぬ理由にはなりません」
「ご尤もです」
ガインは同意しつつ、ちらりと視線をやる。
「裁判所の見学は、貴女にとって何かプラスになりましたか?」
ブライトは首を横に振った。
「プラスになったとしても、彼女たちが亡くなった後では役に立つ知識だったかどうか……」
それから、ミラベルの様子を思い返す。
「ただ、裁判所へ信用が持てなくなったのは事実です。裁判のあり方も、拘留で人死までだす有り様であることも、変えなくてはならないことかと存じます」
ガインはやれやれという顔で聞いている。心には一切響いていないのだろう。
「大したご意思をお持ちのようで、さすが高尚な方は違いますね」
皮肉られるような言い方にセラは凄く嫌そうな顔している。正義感が強いセラに騎士団の態度はいけ好かなく映るのだろう。
だが、ガインは決して不真面目な騎士ではない。これはガインが如何にブライトという人物を評価しているか、というだけのことだ。ブライトの言葉では既に白々しさしか受け取れないのである。
「それで、どうなさいますか」
とはいえブライトへの不信感がなくならないのは、逆に言うとブライトを捕える決定打を持っていないからだとも言える。
「ここであたしへの質問を続けたところで、意味があるとは思いませんが」
「それは我々が判断するところです」
そう答えつつも、ガインは何かを考える仕草をしている。
「話を変えましょう。貴女はシェパングについてどの程度の知識をお持ちですか」
意外な話の展開だと感じる。
「タタラーナ様のサロンに参加して勉学をする程度です」
そう答えながらも、ピースを繋げようと頭は動く。
「もしかして、シェパングが今回の件に絡むのですか?」
尋ねると、質問を質問で返された。
「どう思われますか?」
ブライトは首を横に振った。
「皆目検討もつかないと言いたいところですが、わざわざそう仰るということは何か関係があると見ました」
ブライトには少し繋がりが見えた気がした。だからこそ、
「しかし、分かりかねます」
と答える。
「そうですか」
そして、ガインはそうとしか返さない。余計な情報を与えたくないのだろう。
セセリアがどこまで関与していたか分からないが、ミドフに好かれたくて前からアプローチしていたとしたら思いつくことが一つあった。ミドフがシェパングの密偵を捕らえたというが、実はセセリアが手引きしたのではないかという想像だ。シェパングの密偵の証拠を押さえミドフに託したとしたら、セセリアが殺されたのは王家ではなくシェパングの密偵によるものかもしれない。記憶を見られて困る情報を彼女がまだ握っている可能性があったのだろう。
だが、シェパングの密偵は捕まっていたはずだ。
「シェパングといって関わりがあるのはミドフ様が捕らえた密偵ぐらいですが、確か秘密裏に拘留されているのですよね」
尋ねたのだが、ガインに首を横に振られる。
「貴女にお伝えすることは何もありませんよ。しかし、同時にお聞きすることもなさそうだ。貴女はやはり口が堅くいらっしゃる」
何かを隠していると思われているのだろう。それを吐かない限りは教えるつもりはないらしい。
確かに、セセリアたちが亡くなった当日に裁判所に訪れたブライトには、権力もあれば魔術も使えるがために看守に殺しの指示を出すことができてしまう。これ以上なく怪しい容疑者だ。余計な情報を与えたくないのだろう。
しかし、騎士団がブライトを犯人と考えているのであれば、同時にブライトはシェパングの密偵の味方をしていることになる。仮にもアイリオール家がシェパングに取り込まれていたら、国家を揺るがす大問題だ。
「どうにもあたしのことを秘密主義だと思われているようでして、一度腹を割って話したいものですね」
ちらりとレイドへ視線を向けると、レイドが気づいたような顔をした。
「記憶を読ませていただけるならば考えますがね」
出来もしないことを口にするガインに、不可能だと言われているのだと気がつく。だから、言ってやった。
「まるで『魔術師』みたいなことを仰いますね」




