その856 『死人ト万引キ』
帰宅してからは、家庭教師に行く準備をした。タタラーナの会話は短く終わったので比較的時間に余裕がある。昼食にいつものサンドイッチを食べながら、今日のやることを整理していると、シーリアのことが思い浮かんだ。そろそろ火刑が終わり、結果が判明する頃だろう。正直、火刑で運良く生き延びるとは思えなかった。
「失礼します」
ノック音とともにセラがやってくる。
「速報、とのことでお手紙が」
渡された手紙は、ミラベルからのものであった。シーリアの結果をすぐに教えようとしたのだろうと想像する。
ところが危険がないことを確認し開けた手紙にはシーリアのことは一切書かれていなかった。
代わりに書かれている内容に、目を瞠る。
「どうかされたのですか」
ブライトの表情を見て、セラから質問が飛んだ。
「こないだの舞踏会のセセリアのこと、覚えてる?」
「はい。王家主催の舞踏会にまで人死がでるなんて、やはりブライト様は行くべきではなかったかと」
セラにはブライトの仕業であることを伝えていないので、そういう反応になるらしい。
「そ、それは良いとして。亡くなったんだって」
「セセリア様が?」
「それどころか、その一家の女たちが全員」
何人いるかまでは定かではない。ただ、亡くなったそのなかには当然ティナリーゼもいた。
「看守たちが殺したとしか思えないって。酷い暴行の痕があったみたい」
「何故、そのようなことが? 仮にも大きな騒ぎになった事件ですよね? 注目を浴びていると分かればそうしたことはしないと思いますが」
そう問われて、ブライトは言葉に詰まった。セセリアについては王家で起こした犯罪の為に処刑される可能性が高い。だから安心していたが、実際には裁判所にいた仮面の『魔術師』が一人でも反対したら、神に聞くことになる。そうなると、処刑は確実ではない。
故に、誰かが犯行に及んだのだろう。正確には看守に指示を出した。セラがいうところの、『注目を浴びる』ことになっても逆らえない圧力をもってだ。
――――そう考えると、犯人は王家になる。
「ちょっと、分からないかも」
とりあえずセラにはそのように、答えた。まだよく分からないのは何故それでティナリーゼまで死なないといけなかったのか、ということだ。セセリアが犯人だと分かっていたならセセリアだけ狙えば良い。そうはせず女を全員殺した。その意図が読めない。もしかするとセセリア以外にも王家にとって存在してはまずい人物がいたのかもしれない。
けれど、ブライトの知る限り、彼女たちは小さな『魔術師』の一家に過ぎない。アイリオール家でさえ決着がつかずおろおろしている王家に、そうした行動力があるとも思えなかった。
それに、ミラベルが看守の暴行には気を配っていたはずだ。少なくとも午前中に会った時には無事だと言っていたのだ。それが確かなら、タタラーナと話しているときかシーリアの裁判中に殺されたことになる。
そこまで考えたところで、思い当たった。犯人が誰か想像している場合ではない。これだと、ミラベル経由でブライトが裁判所にいたことが漏れたときが厄介だ。人によっては、まるでブライトが彼女たちを殺しにいったかのようにも見えるのである。
「また騎士団から呼び出しがあるのかなぁ」
ルルメカ家は中立な為、どちらの派閥も敵に回す可能性が残る。そこに、最近やたらと交流を深めていたブライトだ。セセリアの記憶については読まれても大丈夫だとしても、ルルメカ家の女の誰かに漏れてはならない秘密が知られてしまった。故にブライトがまとめて殺した。そういう良からぬ想像もできてしまうのである。
小さく振りかぶった。現時点では想像が過ぎるとと思い直したからだ。仮に騎士団に勘違いされたとしても、今度こそ冤罪だ。何を問い詰められるかも分からない以上、気にし過ぎない方が良いだろうと結論づける。
「とりあえず、献花の手配だけはお願いしても良いかな」
たとえ罪人扱いされていても人の死ぐらいは追悼したい。そう思っての発言だ。
「承知しました。あの、このようなときに相談することでもないのですが、私からもよいですか」
「何かな?」
「実は先日一緒に見に行った市場のことで」
思い出した。ブライトの宿題にしていたのだ。
「あ、ごめん。もうちょっと待ってね」
「はい」
すっかり忘れていたと反省する。これはやはり聞いたほうが良さそうだ。
以前セラには、市民区域の万引き被害の調査を頼んであった。その結果、建物を自分で購入して商店を構えている裕福な商人たちは事情を汲んで万引きを意図して見逃していることがわかっている。困ったのは露店であり、裕福でない商人たちにとっての万引きはかなり痛い。子どもの人数も多いようで、意外と馬鹿にならない被害になる。一方で、孤児にとって盗みやすいのは建物の中よりもいつでも逃げ出せる外だ。露店から盗むことのほうが圧倒的に多いようなのである。
官吏からよく聞いていた陳情は、どうやら露店を構える商人たちの声らしい。
「改めて危なかったかも。あたしはてっきり、官吏がてきとうなことを言っているかもって疑っていたから」
実際に荷台に乗せてもらって市場の様子を確認したブライトは、セラと露天商の会話も聞かせてもらった。荷台で他の荷物と紛れ分厚い布の下にいると相当に蒸れるが、暑さは魔法石でカバーである。
「ブライト様もだったんですね、私も最初そっちを疑っていました」
官吏が商人の困り事を主に聞いて、商品を融通してもらっているかもしれないと、そう疑ったのは確かにセラが先だ。
同じように荷台の布下に潜ったセラは顔を赤らめている。それは決して暑さだけのせいではないだろう。
だがセラは念の為と考えて、建物を自分で構える商人だけでなく露天商にも聞きに行ったのだ。それで実態が掴めた。
一方でブライトは、官吏の報告を良いように聞くしかなかったのでずっともやもやしたまま仕事をしていただけである。赤くなるのは、ブライトの方だ。
「孤児をどうにか雇える仕組みが作れないかな」
ブライトは悩んだ末、そう呟いた。露店から万引きをするのではなくちゃんと商品として買わせる。そのためには、商人たちで孤児を雇えないかと考えたからだ。
「子供に働かせると?」
セラに問われ、言い淀む。確かに、孤児といえどもその年齢は様々だ。あまりに小さい子供に働かせるのは、何かが違う気がする。
「盗むよりは良いと思うんだけど。ちょっと考えてみるね」
事実が分かったところで、良い対策は中々生まれない。そう実感して、ブライトは宿題を買って出たわけである。




