その850 『極マッタ思考』
「お初にお目にかかります、サロウ様」
ヴァールがすかさずそう挨拶して、ブライトも同じように挨拶をする。それで、目的の人物がこの大男だと知った。
「こちらこそ、ヴァール殿。また噂の天才に来ていただき恐縮です、ブライト殿」
低い声で挨拶が返った。驚いたのは、ブライトのことを知っているということだった。
「あの、あたしのことをご存知で?」
「勿論。世界的に有名ではありませんか」
見かけに反して、丁寧な敬語を使われる。意外にも話せそうな相手である。
「えっと、お世辞でも嬉しいです」
「いえ? 世辞でも何でもなく本当のことですが。シェイレスタのブライト・アイリオールといえば、イクシウスで知らない人はいませんよ」
戸惑うような表情を向けられて、気がついた。実はブライトは本当に世界的に有名だったらしい。
これまでは知らなかった。ブライトの名前が他国の『魔術師』にまで広がっているとは思いもしなかったからだ。
同時に王家がアイリオール家のお家騒動を放っている理由に気がつく。ブライトが有名になっていたせいもあるのだ。世界的に知られている『魔術師』が、女という理由で家を継げなかったとなれば、他国はどう見るか。シェイレスタでは常識な男尊女卑も、イクシウスやシェパングでは通用しない。そういうわけで、ブライトは王家の悩みの種になっている側面もあったのであろう。
「まさか、名前が知れ渡っているとは思ってもおりませんでした。それで、ヴァ―ル様もあたしをお呼びしたのですね」
魔術に詳しい人物を呼ぶだけならばブライトでなくてよいのだ。ブライトが有名だからこそ、イクシウスの異能者施設長の前に連れていく価値がある。イクシウスのことを決して軽視していないと伝える為だ。
「魔術書が欲しいということでしたので、専門家がいればよいかと思い参加いただいた次第です」
ヴァールはけろっとして答え、
「良い判断です」
と、サロウもそう淡泊に返した。元々ブライトが呼ばれていることを知っていたかもしれないと感じた程、淡々とした言い方だった。
「一つ、探している魔術があるのです」
それよりも、というようにサロウは話を振る。
「なんでしょう?」
「どうしても開けられない扉を開けたいのですが、鍵がなく、その方法を探しています。そうした魔術をご存知でしょうか」
鍵と言われて、疑問符が浮かんだ。
「合鍵が作れないということでしょうか」
「そう捉えていただいて構いません」
「あります」
ブライトは即答した。いきなり話を振ったのはブライトの技量を測るためだろうという考えがあった。であれば、披露するのが得策だ。
「簡易なものに限りますが、鍵がなくとも開けることは可能です」
サロウは少し考える仕草をとっている。簡易なもの、というのが気に掛かるのだろう。
「鍵の形が詳細に分かるのであれば、この魔術を応用して複雑なものも開けられましょう」
付け足すと、サロウは納得した顔をした。
「なるほど。試す価値はありそうです。残念ながらその場所までご案内することは難しいので、どうにか習得したいものなのですが」
異能者施設の施設長になったばかりとの話のはずだ。開けたい扉とやらは、イクシウスの異能者施設の中にあるのかもしれないと予想する。それならば、ブライトを案内できないというのも理解できる。
「魔術書そのものを贈呈することは可能です」
しかし習得には多大な年数を要するはずだ。自身の基準で考えてはいけない。
――故に、これは交換条件に使えると踏んだ。
「あたしなりに、解説もつけましょう。それがあれば習得もかなり早まるはずです。ただし、厚かましいながら一点個人的なお願いを聞いてはいただけないでしょうか」
ヴァールの顔が引き攣るのが見える。直球過ぎると思われたのかもしれない。
「言ってみてください」
サロウに促され、ブライトは続ける。
「セラという『異能者』の家族を探しているのです。元々イクシウスからきた『異能者』ですので、そちらにいないでしょうか」
途端に、サロウは訝しむ顔をした。
「『異能者』を? 失礼ながら、何故あなたが探しているのですか」
「私が先日購入した『異能者』だからです。彼女の願いを雇い主として叶えようと思っています」
「なるほど。あなたは魔術だけに長けていて、『魔術師』らしいことは不得手のようだ。『異能者』如きの話をここで持ち出すとは」
冷たい声音に変わったことには気がついた。そこには、『異能者』への軽蔑がはっきりと感じられた。
「如き、ですか」
便利な道具扱いならまだ分かる。けれど、サロウのはそれとは違う。違和感があって、聞き返していた。
そこに、サロウは宣言したのだ。
「如き、でしょう。彼らは抹消せねばならない存在です」
強い断定は、広間の空気を震わせた。
「不相応な異能があるから、人々は暴走の危険に怯えなければなりません。ましてや、いつそれが誰に発現するかもわからず、発現したら最後力に溺れる者も多いわけです。不要と言わず、なんと呼ぶべきでしょうか」
「それは……」
ブライトはそれ以上言葉を紡げなかった。先に遮られたからだ。
「勿論、適切な教育を施すことで力の行使を是正することはできます。『危ないから使わないようにしましょう』と言って、民に聞かせるわけです。けれど『魔術師』ですら己の魔術を律することができない者がいるのが現状でしょう。そうしたなかで、それが可能とは思いますまい」
つい先日、魔術を使ったシーリアの虐殺を思い返す。シーリアはそれが適切だと思っていたから、人を殺すという行為に及んだ。けれどもし、魔術がなければそこまで大勢を殺めることはなかったであろう。
だが、それは魔術や異能に限った話でもない。武器やそもそも人の腕力ですら同じ人を殺める手段になり得る。それに、力は身を守る手段になる。魔物相手に無力では人々はとうに滅びている。
更にいえば、だ。
「その話でいくと『魔術師』も抹消されるべき存在になるのではないですか」
「いずれは」
淀みなく返ってきた言葉に目を剥く。
「――などとは言いません。一番危険視しているのは、異能であればどのような力であれ暴発することです。たとえ傷を癒す力であっても、人を簡単に殺せるのですから」
サロウの言葉に、これはどうなのだと聞きたくなった。
異能者施設の、施設長ともあろうものが、誰よりも『異能者』の撲滅をしようとしている。イクシウスの異能者施設を自ら滅ぼす気かもしれない。




