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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その85 『アグル』

 三人がベッドに寝込んでいて、そのうち二人が元気だとまず大人しく寝るという発想が出てこない。アグルが目を覚ましてからまだ半日と経っていないのだが、既に医務室は喧しかった。

「イユ、暇ぁ!」

 特に、ブライトに原因はある。定期的にこうして自身が暇であることを宣言するのだ。

「私だって、暇よ!」

 黙っていられずに返せば、

「……君たち、けが人なのだから静かにできないのか」

 何度目かになるレヴァスの注意が奥の部屋から入る。しかし、当のブライトはどこ吹く風だ。

「なんというか、二人とも自分が思っていたより普通ですよね」

 怒られるイユたちをみて安心したのか、アグルに笑われる。少し元気のない笑い声だが、石化に腹の傷ときて元気な方がおかしいだろう。

「……ブライトと一緒にされたくはないのだけれど」

「えぇ? ひどーい」

 言い合う二人に、アグルの緊張もほどけたようだ。雑談を挟むと話しやすいと感じる質らしい。意を決したようにぽつりとアグルに呟かれる。

「その……」

 ところがそこで言い淀み、口をつぐまれてしまった。仕方なく待っていると、ようやく続きを語り始める。

「ずっと聞こうと思ったことがあったのですが」

「何々? あたしたちの英雄譚?」

 口をはさむブライトに、アグルが困った顔をつくる様子が浮かぶ。

「特にその、イユには聞きたくない話かもしれないのですが」

 そこまで言われて黙られても迷惑だと感じたイユは、さっさと話すようにと促す。

「異能者施設について、聞いてもいいでしょうか」

 まさかそうした言葉が出るとは思っておらず、イユはベッドから起き上がった。

 そこから見えたアグルは掛け布団を被って寝たままで、その表情はちょうど読めない位置にあった。

「……どうしてそんな話を聞きたいの」

 確認しながらも、イユは思い出した。リュイスがはじめにイユをアグルに会わせようとしたのは、他でもないアグルの友人に異能者がいたからだ。

「友人が連れていかれでもしたの?」

 もし、そうだとしたらその友人の生存は絶望的だろうという見込みがあった。

「いえ。彼は……、ヘクタは」

 ヘクタと聞いて、ロック鳥のいた岩山でアグルが呟いていた名前だと思い返す。アグルの友人の名だったらしい。


「死にました」


 しんとした空気が流れる。医務室が寒いのは、決して外が寒いからだけではないだろう。

 更にイユは、次のアグルの言葉に飛びあがった。

「……ヘクタが異能者だとばれたとき、自分に頼んだんです」

『頼んだ』という言葉から連想した内容を質問にしたのは、ブライトだ。イユは喉が渇いていて何も言えなかった。

「まさか、頼まれたから殺したの?」

 少しの沈黙の後、幸いなことにアグルから否定があった。

「いいえ。自分にはいくらヘクタに頼まれても、できなかった。だから、彼は、自分自身の手で……」

 思っていた以上に重い話になって、イユは言葉が紡げない。

「本気でヘクタがあんなことをするなんて思えなかった」

 当時を思い返し独り言を呟いているような言い方だった。

 一体何を思い出しているのだろうと、イユは複雑になる。

 その友人に施設に入れられるぐらいなら殺してくれと頼まれた場面なのだろうか。それとも、その友人の死を防げなかった絶望の瞬間なのだろうかと。

「あいつは、ヘクタは、無愛想で素っ気ない奴だった。あるとき急にやってきたし、自分のことを一切話そうとしなかったし。それでも、間違ってもあんな風に自分を簡単に諦める奴じゃなかった」

 納得がいかないという思いが、その言葉から滲み出ていた。

「だから、ずっと自分は疑問に思ってきたんです。死よりも恐ろしいと思われていた異能者施設が一体どういうところなのかを」

 思わぬアグルの過去の一端に触れて、イユは未だに何も言えずにいる。ただ、もしイユが異能者施設から来たのでなければアグルも聞こうとは思わなかっただろうとは想像できた。きっと誰にも触れられず、その過去はアグルの記憶のなかで永遠に封印されていたに違いない。

 だから、後でリュイスに問い質したかった。異能者の友人といったが、アグルの場合はその表面的な事実だけで会ってよかったのかと。最もリュイスはアグルの過去を知らないのだろうから無理な相談だが、思わず愚痴を言いたくなったのだ。

「その友人が、異能者施設をどの程度知っていたのかわからないけれどさ……」

 言葉を発しないイユに代わって、ブライトがたどたどしく答える。

「これはあたしの意見だけれど」

 と加えて念入りに前置きを入れる。

「イクシウスの異能者施設であるならば、それは人の心を壊す場所だと思っているよ」

 イユには半狂乱になった人たちが浮かんだ。いなかったと言えば嘘になる。体が限界になる前に心が限界になる人たちはそれこそ大勢いたのだ。

「イユなんて、例外中の例外。或いはイユですら本来の心を見失っているのかもしれない」

 それから、イユにあてて

「決めつけた言い方だったらごめん」

 とブライトは謝る。

 イユは、自分の心を見失っていると言われても否定できなかった。他でもないイユ自身が、今のイユを信じられていない。そうなったのは間違いなく異能者施設にいたせいだ。レパードに魔術師のやり方を聞かされるまでは知らなかったとはいえ、自身の心を疑うことを知らないままでいたほうがより怖かったと思う。もし暗示の指示により取り返しのつかないことをしてしまったとしたら、イユの心はそれこそどうにかなってしまいそうだ。

 思わぬ寒さに毛布を掻きよせる。ぞっとしたのだ。


「……その友達は人の心のままでいたかったんじゃないのかな」

 ブライトの言葉が重く響いた。


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