その842 『合格ノシラセ』
「ブライト様、家庭教師のお時間は今日ではないはずですが……」
王城に到着し待合室を借りたところで、ちょうどエドワード王子の執事が駆け込んできた。兵士たちと一緒に歩くブライトを見かけて思わず声を掛けたのだろう。親切なことである。
ブライトは振り返って、執事に挨拶をする。
「今日は火急の用件があり参りました。騎士団のレイド様を探しておりまして」
執事は困った顔をする。同じ王家に仕えるとはいえ、よく知らないようだ。
「申し訳ございません。今、使いの者をいかせておりますのでもう暫くお待ち下さい」
兵士の一人が、執事とブライトのやり取りを見てそう告げる。ブライトに向けての発言だが、遠回しに執事を追い払おうとしているようにも聞こえた。ブライトの用件に想像がつくだけに、あまり関わらせたくないのだろう。
執事も、血生臭い話だと気づいたようで、
「左様でございましたか。これは失礼しました」
と丁寧に礼をして去っていく。
その後、ほぼ入れ替わるようにしてノック音が聞こえてきた。
「失礼します」
入ってきたのはレイドではなく、ガインだ。
「ガイン様?」
驚いたブライトに、ガインは申し訳無さそうにした。
「すみません。今、レイドは出ておりまして」
ガインが代わりに話を聞くということらしい。問題はないだろうと考える。むしろこの件に関してはレイドよりガインのほうが適任だ。
「本日はどういったご用事でしょうか? 火急の用件ということでしたが」
ガインは何も知らないような顔をしているが、そのはずはないだろう。門番として控えていた兵士たちでさえ、ブライトの案件を惨殺事件絡みと認識している様子である。ただ、言わせたいだけとみた。
だから、ブライトもあくまでさっぱりと告げることにした。
「惨殺事件の犯人について分かりました」
ガインよりも周囲にいた兵士たちが驚いた顔を向ける。惨殺事件絡みと見ていても、まさか騎士団の代わりに犯人を見つけてくるとは思わなかった、というところだろう。
「なるほど。奥で聞いたほうが良さそうですね」
ガインが近くにいた兵士に視線を向ける。兵士の一人が直ぐに走り出した。別に部屋を用意するらしい。
「ご足労いただいても?」
「えぇ」
ガインの後をついていく。惨殺事件と聞いて気になるのだろう、廊下でやり取りを盗み聞きしていたらしいメイドたちからの興味本位の視線が刺さるが、何食わぬ顔だ。それどころか、ガインは一切口を開かなかった。話すのは、部屋についてからだと決めているようである。ただ、道順が先日と同じなので、前回と全く同じ部屋に向かうようだとは想像がついた。
途中、兵士が戻ってきて、
「部屋の準備ができました」
と述べる。ガインは、軽く労うと直ぐに兵士を持ち場に戻す。そうして、暗い階段を下りて、ブライトの想像の通りに同じ部屋の扉を開けた。
「さて、犯人についてとのことですが」
席につくなり、ガインは話し始める。ブライトも席につきガインの顔を観察する。同時に気を引き締めた。恐らくはこの部屋には音声を記録する機械が用意されている。だから、兵士に改めて部屋を準備させる必要があったのだ。決して、興味本位のメイド対策だけではない。
「貴女が見つけたとでも?」
くすりと、笑みが零れた。
「まさか。あたしは探偵ではございませんよ」
ただ、と続ける。
「犯人から自分がやったと相談を受けました。その足ですぐにこちらに向かった次第です」
ガインはにこりともしなかった。普通ならば探し求めていた犯人の情報は欲しいだろうに、その気配を出さない。
「先日のクルド家の騒ぎといい、貴女はどうも事件に巻き込まれやすい体質のようですね? まさか、犯人から相談を受けるとは」
「どうも、立場がそうさせるようでして」
互いの軽口に、しかし笑いは起きない。
「それで? 犯人はどなたで何故貴女にご相談を?」
ブライトは包み隠さず明かした。
「犯人はシーリア様です。あたしを信奉するあまりにワイズ派のミミル様を手に掛けたとおっしゃっておりました。手段は、空気を熱に変える魔術だとも」
シーリアが聞いたら、酷い裏切りだと思うだろう。ブライトのために手を染めたのに、そのブライトがシーリアを騎士団に差し出したのである。
けれど、これは必要な行為だ。何故ならば、ガインはブライトの様子を観察し、しっかり判断している。そうブライトは読んでいた。
だからこそ、ブライトにはガインの口から溢れる次の言葉が予測できたのだ。
「合格ですよ」
ガインはそう言った。ブライトの確信の通りに、続けたのだ。
「貴女は本当にシロのようだ」
騎士団は、シーリアが犯人だということをとうに知っていた。わざと、シーリアを泳がせていたのだ。後ろにブライトがいると思っていたのだろう。
「やはり疑われていたのですか」
「貴女に有利過ぎる状況でしたから。然しながら、彼女の暴走らしい」
ガインは少なからず残念そうな顔をした。
「これでアイリオール家のお家騒動が終わるかと思ったのですが、如何せんそういうわけにはいかなかったようで」
ブライトが逮捕されれば、アイリオール家のお家騒動は終わる。それを騎士団にまで望まれているとは思わなかった。そう考えてから、騎士団だからこそ望んでいるのだろうと気がついた。騎士団は王家の管轄にある。誰の意思が働いていたかは明白だ。
「犯人を泳がせる気があるとは思いませんでした。相手はかなりの人数を殺しています。だからすぐに捕まえないと、騎士団の名目に関わるかとばかり」
目を丸くして告げてみる。実際、名目よりも大事なものをとったというところだろう。ブライトは危うくその騎士団の罠に引っかかるところだった。
「御冗談を。察しておられたでしょうに」
ガインは苦笑いをする。
「失礼ながら、どうも私は貴方を見くびっていたようです」




