その84 『(番外)旅立ち(レンド編11(終))』
結局、空の大蛇退治は大損害のもとに幕を閉じた。
小蛇と後で名づけられたあの白い蛇は、一同の推測の下、空の大蛇の子供だと結論づけられた。死を前にした空の大蛇が、光とともに子蛇を放ったというのが、ギルドでの見解だ。その意図が、小蛇を逃がすためだったのか、一人でも人間を食い殺すためだったのかはわからないままだった。
だが、ギルド『スナメリ』結成後、かつてない被害となったのは紛れもない事実だった。まず、シェイクス船ではケキサが小蛇に食われて亡くなった。装填手の一人を助けようとして、代わりに自分が食われたのだ。そして、シェイクス船もユアン船と同様、ブリッジにまで魔物が入られたそうだ。中で待機していたシェイクスが負傷したが、新入りのテラがケキサの仇を討つ形でとどめをさしたという。
アダルタ船では空の大蛇を追い詰める過程で操縦士が一人死亡。代わりにヴェインが操縦をしていたようだ。小蛇では、アンナがいち早く砲弾を放ち、一体を討伐。残りはアダルタがそのナイフで仕留めたという。
もう一隻の被害は尋常でなく、機関部に入られた挙句、飛行石を破壊された。墜落していく飛行船を主船が途中まで追ったが、最後は海獣の餌食となり全員が死亡扱いとなった。
主船は、さすがに無傷だった。頭目とティスケルの二人が、やってきた十匹の小蛇をほぼ二人だけで全滅させたという。
ユアン船は、船内に残っていたユースとジュディバは無傷だった。どうやらユアンは操縦中で手が離せないユースをかばって腕を食われたらしい。シリエは気絶していたのみで無傷の生還、イグナは重傷だったが無事に一命を取り留めた。
「頭目、別れの挨拶にきたぜ」
そう言って遠慮なく船長室の扉を開けるレンドに、頭目は咎めなかった。
「とうとう、出ていくのか」
「そういう約束だったしな」
アグルの看病もしながら後処理も手伝った。折れたマストの修復に、死者の弔い、やれることは全てやりきった気分だ。そして、今日は約束の三週間目だった。ちなみにアグルは見た目の割には怪我はひどくなく、一命を取り留めている。ひょっとすると、存外あの少年は本物の死神に嫌われているのかもしれない。
「なぁ、俺がお前を誘った当時のことを覚えているか」
唐突に、頭目からそう聞かれた。忘れるわけがないとレンドは思う。
「あぁ。こんな路地裏で死にかけていた俺を捕まえて『英雄にならないか』なんて聞いたよな」
全くとんだ詐欺師だと、今ならば言ってやる。頭目の誘いは、一人のしがない少年を舞台に大抜擢でもするかのような言い草にしか聞こえない。だが実際のところ、頭目のいう、大砲で撃ち合う世界での英雄とは、船員たち全員のことなのだ。
「お前は断ったな。『誰が英雄なんぞなるものか。俺は生きていられればそれでいい』と」
「あぁ、俺は高望みはしない主義なんでね」
レンドはあの日確かに断ったのだ。こうも頭のおかしい男のギルドに入ってやるものかと断言してやった。
「随分夢のない餓鬼だと思ったな。それでつい目が離せなくなっちまった」
今でも覚えている。夢を持たせようと思ってか、頭目はギルドの由来について熱く語った。
「『スナメリ』は海獣の一種だが、狂暴でないとかなんとか言っていたっけか」
「ちげぇよ。覚えてねぇじゃねぇか。奈落の海になる前の、穏やかな海にいた神聖な生き物の名前だ」
頭目の訂正に、レンドは笑った。
確かに言っていたと思い出す。そうした海獣のいない穏やかな海の世界を一緒に作らないかと誘われたのだ。随分大仰なことをいう男だと思って、かつては鼻で笑ってやったものだ。
それでも、頭目は懲りなかった。
「結局、頭目のお節介に負けたわけだからいいだろ」
散々しつこく声を掛けられて、レンドは折れたわけだ。その結果、『スナメリ』の立ち上げにかなりこき使われた。あの当時は本当に忙しかったと振り返る。何せギルドと認められる為に必要な、船も資金も人も何もかもがなかったからだ。あまりの過酷さ故に、地道に頭目に付き合いきった人間は、今ではもうそう残っていない。
「だから俺は驚いたんだ。てっきり強引に引き留められるのかと思ってな」
頭を下げられるなんぞ、夢でも見ているかのようだった。
「今のお前を引き留める理由はねぇよ」
頭目は、そう語った。
「お前の夢は『スナメリ』では達成できねぇ。それだけのことだろ」
夢と言われても、レンドとしてはしっくりこない。頭目の夢は、偉大すぎる。それに比べて、レンドのこれは、昔から変わっていないちっぽけなものだ。
「そうか?」
「あぁ、だから好きにしろ」
その素っ気ない言いっぷりが、レンドのよく知る人物らしかった。
「頭目」
あぁ、この人物とこうして話をするのも最後になる。そう思うと、なぜだか今更勿体ないような気もしてくるから不思議なものだ。
「サンキュな」
レンドはそう言って、最後に敬礼をした。
船長室をでると、三週間前と同じようにヴェインが待っていた。
「よぉ、行くのか」
「あぁ」
何か気の効いた言葉を言おうかとも思ったが、ヴェインの表情を見て思い留まる。お茶らけているが抜かりないヴェインに、今更ありきたりの言葉など不要だった。
「じゃあな」
ヴェインもまた、察するように一言。
「あぁ、達者でな。レンドルド」
すぐにレンドはついさきほどまで思っていたことに付け足した。この男は最後の最後までレンドをからかいたくて仕方がないらしい。
「だからその名前はやめろって言っただろ」
レンドはこの本名が嫌いだった。それを知っていてわざと最後にそれを告げるヴェインの神経には、逆に感心してしまうほどだ。
「いいだろ、最後くらい」
「よくねぇ」
この同僚は、本当に最後の最後まで変わらなかった。
「アグル、起きているか」
レンドは医療室に戻ってきた。アグルのいる個室に入ると、そこでは体を起こしたアグルが指の感覚を確かめるように手を動かしているところだった。
「動けそうか」
「はい」
アグルが頷く。確かに顔色は悪くなかった。むしろ、清々しい表情だ。
「レンドさんはそろそろ行かれるんですね」
アグルにはギルドを抜けるという話はしてある。
「あぁ」
それを受けて、アグルはただ頷いた。助けた人間がさっさとどこかへ行っても何とも思っていないようだ。
「ケキサさんの葬儀は……」
「終わったよ。今頃魂は海に帰っているだろう」
レンドの言葉に、噛みしめるようにアグルが俯く。
「そう、ですね……」
レンドはその様子を見て、思い出す。ナイフを投げつけられても瞬き一つしなかったと語るユアン。死が怖くないと答えるアグル。仲間に誘われて自主訓練をしたという話。ケキサに、頼むと言われたこと。そして――――。
ひょっとすると、レンドたちは勘違いをしていたのかもしれない。確かにアグルは死に近い存在だったが、それは決して死にたがりなわけではないのだ。むしろ積極的に誰かを助けようとするその姿勢が、助けられたレンド自身に突き刺さる。
『今度は、助けられた』
その言葉は、一つの後悔の形のように思われた。
だからこそ、このギルドに置いていきたくなかった。もう『スナメリ』は以前のような弱小ギルドではない。一人一人の命の価値が変わってしまったこのギルドに居続けることは、アグルにとっては死に益々近づくことにつながる。
「なぁ。お前さ、俺と共にこいよ」
「え?」
驚いた顔のアグルに、レンドは初めて彼と話したときの会話を思い出した。
「どこのギルドでもいいんだろ? だったら、俺と来てもいいはずだ」
レンドは手を差し伸べる。
アグルが命の恩人だからか。ケキサにアグルのことを頼まれたからか。どちらも違う気がした。ただ、アグルをほおっておけなかった。このままでは死ぬかもしれない人物を前にして、それ以外の選択肢は思いつかなかった。他でもない、それが頭目の言うところの、今のレンドの夢の形だ。
そして、その形に答えるように、アグルもまたその手に手を重ねる。そこには、確かな意思があった。




