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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
839/994

その839 『心配ヲ掛ケテ』

 レイドと話をつけた後、血塗れのドレスを隠すためにぼろ布だけをかぶせてもらって、ブライトは詰め所を出た。人払いしてあった詰め所の前で待っていると、すぐにレイドの手配でハリーがやってきて、ラクダ車にのせてもらった。そうしてようやく帰宅したブライトは、玄関で待つセラに驚かれる。

 それもそうだろう、華やかな舞踏会に出ていったはずがぼろ布を羽織っていて、更にその下のドレスは血だらけなのである。

「ブライト様、その酷い有様は一体」

 セラの顔は途端に真っ青になって、薬を飲んだ後とは思えないほどだ。

「あぁ、ちょっとね」

「ちょっと? その状態のどこがちょっとなのですか」

 セラに詰問されて、言い淀む。確かに血染めのドレスはちょっととは言い難いかもしれないと思ったからだ。

「確かに新調したばかりだったし」

「ドレスのことではなく、ブライト様ご自身のことです!」

 セラの剣幕に押されて、素直にこれまでのことを話すことになってしまった。


「……つまり、舞踏会で不届き者に毒を打たれて死にかけたと?」

 セラは隣にいたハリーをぎろりと睨んだ。

「ハリーさん。主人であるブライト様が危険な目にあっているときに何をなさっていたのですか」

 とばっちりを食らったハリーが、おどおどと答える。

「ラクダ車を所定の位置まで運んでおりまして」

「それはそんなにかかりませんよね?」

「クルド家の方にご案内されて、他の方々と共に部屋で待機を」

 客の召使いの為に部屋が充てがわれていたとハリーが告げるのだが、セラの視線の鋭さは変わらない。

「ええっと、セラ? ハリーのことは責めないであげてよ。いつも通りにしていただけなんだし」

 ぎろりとセラの視線がブライトに向く。如何せん、美人のセラが睨むと相当に視線が鋭くなる。

 その鋭さを受けたブライトの頬は堪らず引きつった。

「ブライト様、仰っておりましたよね? 私が敵対貴族の舞踏会に一人で参加して大丈夫かと聞いたとき、相手はそこで手を出してくるほど愚かではないと」

 舞踏会への参加を決めたときに、確かにそうセラに伝えてあった。

 とはいえ、実際には手を出してきた愚か者がいたわけだ。単に少しでも取っ掛かりを得ようとして参加しただけだったので、こうなったのは本当に想定外のことであった。

「ええと、どうやらクルド家も一枚岩ではなかったようでして」

「……」

 沈黙で返されて、言葉に詰まる。セラが怖すぎて、冷や汗がやまない。

「あー、でもでも? 万が一のためってことで想定していた通りに、騎士団には助けてもらったから平気だよ」

 危険はあるが、行くなら騎士団につけられている今が機会のはずだ。そう考えての行動が上手いこと、はまったわけである。だからこそ尤もらしく告げたのだが、セラの目つきは変わらないままだ。

「そういう問題ではありません! もう少しご自分を大切にしてください。そうでないと、許しませんから!」

 挙句の果てに、目茶苦茶に怒られてしまった。


 セラの気が済むまで怒られてから、気がついた。セラは怒ると同時に泣きそうな顔をしている。

「もう心配をさせないで下さい」

 最後に念を押されて、ブライトは項垂れた。

「うん、ごめん」

 今まで、ブライトの安否を気遣ってくれる人はいないと思っていた。母でさえ、悲しんではくれないのだろうと知っていた。

 だから、セラの心配がはじめてブライトの心を揺さぶったのだ。

 それがただ、苦しかった。




 あとで、捕まったヘンデルの情報を聞くことができた。情報源は、ミラベルだ。レインフィート家は大きいだけでなく、情報網もたくさん持っているのだという。

 ミラベルはブライトを襲ったヘンデルに立腹し、関連する情報を手紙に書いて送ってくれた。それで、先日届いた物騒な手紙もヘンデルが出していたことが判明した。実は手紙は一通ではなく時折送っており、中には毒を仕込んでいたときもあったらしい。確かに何処宛てかもわからない手紙がきていたときもあったと思い出す。幸運なことに、これまでは針に気づかずして捨てていたようだ。

 とりあえず、セラには「日頃の行いが良かったらしい」と言っておいた。これ以上真っ青なことになって倒れられて困るからだ。結果散々怒られてしまったものの、今度からは魔術の確認をブライトが、残りをセラが警戒して中身を開くことで決まった。そして念の為、解毒剤は常に揃えておくようにもした。


 ちなみに、クルド家はヘンデルを直ぐに勘当した。家に被害が出ないように尻尾を切った手際は凄かった。気がつけば、ライゼル含めた今回の関係者は全員が縁を切られ、何人かは行方知れずとなっている。ヘンデル自身も有罪となり、五年は牢に繋がれることになったという。

「けれど、泥は塗れたはず」

 僅かばかりの達成感がある。危険こそあったものの、クルド家に報いたという、ちょっとした自負だ。

 あとは、レイドにどれぐらい頑張ってもらえるかだ。レイドはジェミニにも恨みがあると言っていたが、具体的にどうやって葬るつもりかは結局ブライトに明かさなかった。ブライトでさえジェミニの居場所を特定できずにいるのだ。所詮一介の兵士に過ぎないレイドでは、会うのも難しいだろう。そして会えたとして、『魔術師』を相手に勝てるとも思えない。ブライトはこれまでに、ジェミニがしてきたことをよく知っている。父の死で混乱するブライトたちからワイズを攫っただけではない。ジェミニは恐らく『異能者』を多く買い付けている。王家の許しが出ている『異能者』は大した力でないことが多いが、一般人からしたら十分脅威になるはずだ。

 故に、レイドばかりには頼れない。ジェミニに近づくための取っ掛かりが別にいる。舞踏会では掴み損ねたが、もっと他にも方法があるはずだ。成人したブライトには今までにはできなかった選択肢が増えている。それらをどんどん活用していかねばならない。


「女の為に、被害者のブライト様が裁判所へ来られないのは何とも悲しいです」

 手紙の最後に書かれている文を読んでから、ブライトは手紙を閉じた。

 そろそろ時間だからだ。舞踏会の次の日にあたるが、シーリアのお茶会に呼ばれている。シーリアの家族は惨殺されているので忙しいかと思ったのだが、シーリアからどうしてもとせがまれていた。奇跡的にシーリア本人だけはお茶会に出ていて助かったものの、突然一人になったことで誰かを頼りたくなったのだろう。ここで恩を売っておけば、何かと役に立ちそうなので、予定に押し込んであるわけだ。




 一通りの準備を終えて、ラクダ車に乗り込む。そうして揺られながら、ふと思い出した。

 ヘンデルは、肝心なミミルたち惨殺事件の犯人ではないようだという記述が手紙に書いてあったのだ。記憶を調べて分かったこととあるので、事実だろう。ブライトが質問したときの反応も、確かに悪かった。ヘンデルは火遊びこそするようだが、さすがにブライト以外の人間を殺そうとまではしていないらしい。ワイズ派同士という点でも、惨殺事件を起こす利点はない。


 ――――そうなると、犯人は誰なのだろう?



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