その833 『疑イノ目』
心の中だけで、天を仰いだ。どうりで容疑者になるわけである。
「ミミル様がそんなまさか」
というよりない。
「ご存知なかったと?」
「はい、全く。あたしの悪い噂が出回っていること自体はシーリアたちによく聞いてはおりましたが」
ガインは、
「そういうことにしておきましょう」
と意味深な発言をした。
「どうもご令嬢たちは猫を被るのがうますぎるご様子で」
ブライトはガインに発言の意図を問い質す視線を向けたが、ガインは答えなかった。とはいえ、想像はできる。慣れていない場所で聞き取りをされようが、怯えた様子を見せようが、お茶会の参加者は全員『魔術師』の令嬢だ。ブライトも含めて誰もが一筋縄ではいかないだろう。
「とりあえず今日のところはこれで失礼しても良いでしょうか。これからやることがございまして」
「もちろんでございます。ご協力ありがとうございました」
開放してもらい、ラクダ車に乗り込んでからブライトは吐息をついた。もし、ミミルを殺したのがブライトの派閥の人間だとしたらとてもでないが、余計なことをしてくれたものだと考えたからだ。ブライトからすると、ミミルは泳がせておけばよかった。中立派も含め交流関係の広いミミルであれば、その気でなくともブライトに渡りをつけてくれる。それに話好きなおかげでぺらぺらと情報が手に入る便利な存在だった。
それに、ブライトはミミルのことは別に嫌いではなかった。だからこそ、惨殺されたと聞いて素直に胸が傷んだのだ。
「惨殺か、手口が不明だよね」
騎士団からは詳しい情報を聞けなかった。容疑者でもあるブライトに情報を与えまいとしたのだろう。そうなると想像するしかない。
「教えてもらえれば、解決するかもしれないのにな」
ただ、ブライトは『魔術師』であって、探偵ではない。騎士団も悩ます難事件に一緒に取り掛かる義理はない。むしろ、騎士団にレイドがいることからブライトは自身の嫌疑を晴らすことに力を注いだ方が良い。
やることを決めたブライトはラクダ車のなかで持ち込んでいた本を開く。調薬について記された本だ。素人に毛が生えた程度ではこの先立ち行かなくなると判断し、移動の合間に勉強するようにしていた。
特に直近で必要なのは痛み止めだ。ブライトの前では決して弱みをみせないセラだが、どうもウィリアムたちからの報告を聞くと無理をしているようである。
「あと少しでそれっぽいのが作れそうなんだよね」
幸いにしてブライトはラクダ車ではどれほど揺れても酔わない。酷い揺れにもすっかり慣れたことを実感しつつ、ブライトは本を読み進める。
そうして屋敷に到着した頃には空は暗くなっていた。セラがいつもどおりに料理を作って待っていたので、今日の報告を聞く。
「今日は薬屋まで出かけました。ブライト様の言う通りに、薬草類を集めてきてあります」
「うん、ありがと」
セラはこの数週間で、市民区域に何度か足を運んでいる。ブライトは一緒に行けていないが、どうもセラにとっても真新しいことが多いようだ。ひとまず食材屋や薬屋を中心に店主たちと関係を作ることから始めているらしい。特に食材屋は、セラの知る食材の加工方法とはまた違ったやり方を知っていたとのことで、早速勉強もさせてもらっているようだ。
「彼らはやはり子どもたちの万引き被害にはあっているようですが、事情を汲んで見逃している場合もあるようです」
ついでにセラに頼んで現状を聞いてきてもらっていた。
「なるほど。それなら大騒ぎするほどのことでもないのかな」
「そう思います。ただ、まだ店を構えている二箇所しか聞けていないので、もう少し慎重に調査させてください」
セラの話では恐らく盗みやすい屋台型の店のほうが被害が多そうだが、肝心なその店の被害状況を確認できていないらしい。
「うん、そこは任せるよ。ところでさ、気がついた?」
ブライトはちらりと窓へ視線を投げかけた。
「何でしょうか」
「多分、騎士団だと思うんだ。あたしが尻尾を出すと思っているみたいでさ、なんかつけられてる」
ブライトが気がついたのは、ハリーに頼んでわざと道を変えさせていたからだ。それで尾行されていると分かった。
「何をなさったのですか」
「いや、あたし何もしてないんだけど、なんか容疑者みたいでさ」
セラは次から次へとよく問題を運んでくるものだという顔をした。
「いや無言でその顔されるの中々堪えるって」
嘆くブライトにセラは楽しげに提案する。
「では、今度お祓いに行ってはどうでしょう。先日ウィリアム様に貸していただいた本に書いてありました。シェパングならではの文化のようですが、厄を取り除いてくださるようです」
「うー、それアレでしょ? お祓いに行ったら行ったで、今度は騎士団にシェパングの密偵だと間違えられるパターンでしょ」
「まぁ、ブライト様なら厄払いと同時に新しい厄介事を持ってきそうではありますね」
中々言うようになってきたセラに、ブライトはため息をつく。口で勝てる気がしないのだから、仕方がない。
代わりに手元の食事を頬張って最後の一口を終わらせる。
「まぁ、やましいことあるわけじゃないから堂々としてれば良いはずだけど」
セラも同意するように頷いた。暫く動きは見られている可能性はあるが、それで困りはしない。
「よしっ! じゃあ、あたしはそろそろお母様のところに行くからセラは休んでいて良いよ」
セラは途端に心配そうな顔をした。
「かしこまりました」
賢いセラは、母のことを口に出してはならないと、知っているのだ。
母への報告は、いつも通りに進んだ。母にとってはミミルの死での聞き取りなどどうでもよいことのようで、特にこれといって反応がなかった。代わりにメモが渡される。
「セセリア・ルルメカは我々の敵です。すぐに手を下しなさい」
暫くの間空いていた、命令が降ってきたのだと悟った。




