その832 『騎士団ト』
「お知り合いでございましたか」
同僚の言葉に、レイドは険しい顔を更に険しくする。
「一度お会いしただけですので、覚えておられないのも無理はないかと存じます。あたしの家のメイド長がレイド様の奥様だったのです」
にこやかにそう返せば、レイドは渋々と認めた。
「妻がお世話になりました」
その世話にはどういう意味が込められているのか、内心を聞いてみたいところではある。
とはいえ、ここで波風を立てても仕方がない。ブライトは敢えて穏やかに、にこにこと表情をつくる。レイドの発言の意図に気づいていないような素振りをみせることにした。
「本当に。レイド様が王家にお仕えしているとはお聞きしておりましたが、まさか王城通いでしたとは。実はあたしも最近は家庭教師をしている関係でよく出向いているのです」
それがどうしたとレイドの顔に書いてあった。何も言わないレイドを見て、同僚が慌てた顔をする。
「す、すみません。同僚のガインと申します。レ、レイドの奴少々気難しくてお気に障られたら謝罪します」
必死に取りなすガインを見て、気にしないでと微笑む。見たところ、同僚とはいうがガインは貴族だ。着ている衣類の仕立てがレイドとは違う。貴族のうち家を継ぐことができずに外へと出る男たちは大抵が騎士を目指すものだ。ガインもそのクチだろう。
逆にレイドは庶民の成り上がりと思われる。恐らくは腕を買われ、貴族区域に上がったのだろう。もしくは親が貴族区域で働く召使いの可能性もある。同じ貴族区域で働くシエリを妻に迎えたのは、庶民同士という理由があるのだろうと推測する。
「構いません。それよりも、聞き取りをされたいということでしたが」
「はい、正直ご令嬢を無骨な場所にご案内するのは気が引けるのですが、さすがに今回の事件は大事ですので何卒」
一人ならばそこまで大騒ぎにはならないが、一家惨殺どころか、屋敷の人間全員となると騎士団も動く。むしろ、数週間も経った今の聞き取り調査は遅いくらいである。
快諾し向かった先は普段は行かない地下だった。開けられた扉を通る度、人の数が減っていく気配を感じる。レイドたちに続いて螺旋階段を下りていくと、段々肌寒さも感じた。
「こちらです」
ガインの声とともに階段の途中で見えた部屋の扉を開ける。中に入れば長い廊下が続いていた。今まであった王城の権威を示すかのような装飾の類がそこにはない。それどころか狭苦しさすら感じさせられる。
「他の令嬢にも聞き取りをされたのですか」
「はい、ブライト様で最後です」
ガインの返事を聞きながら、それでは慣れていない令嬢たちにはさぞ怖かっただろうと想像する。特別区域を見ていたブライトは慣れっこだが、例えばシーリアはこうした場には慣れていなさそうだ。
「どうぞ」
廊下の途中にある扉を開けられて、大人しく中に入った。狭苦しい廊下と同じような狭い部屋だ。真ん中に机が置かれ、それを囲うように椅子が置かれている。それ以外にあるものといえば、照明ぐらいなものだ。景色の大半を占める灰色の壁はザラザラとしていて、触れると肌を傷つけそうである。
「こちらへどうぞお座りください」
椅子を引かれ座れば、向かいにガインとレイドも座る。そうして、聞き取りが始まった。
「では早速ですが、当時の様子を教えていただけますか」
ブライトは少し困った顔を作る。
「当時の様子と言われましても、その日は別邸でミミル様とお茶会をしておりました。何をお話すればよいでしょう」
「そうですね、そのときの話を覚えている範囲でしていただけないでしょうか。正直手詰まりで困っていまして、少しでも情報が欲しいのです」
「かしこまりました」
ガインは積極的に話を進める。レイドは終始無口だ。代わりに視線はこれでもかと刺さってくる。会話よりもブライトの所作を見ているようだ。
「それでは、まずお茶会では六人の令嬢が来られていたとのことですが」
ブライトは全員の名前を挙げた。
「彼女たちとは、あたしの成人祝いと香水の話で盛り上がりました」
「そのときは何か違和感などはなかったですか? 亡くなったご令嬢が、何か気になることを言われていたとか」
「いえ。ミミル様のご親戚が亡くなられた話はありましたが、それ以外は」
ガインとの話は暫く続き、やがてお茶会が閉会した時の話になった。
「ブライト様はラクダ車で帰られたのですよね? 他のご令嬢の話では一番最後に出られたとか」
「名残惜しかったもので」
正確にはミミルに引き止められていたのだが、詳しく話すこともない。
「そのとき、何か気になることはありましたか?」
「いえ。ただの世間話でした」
「失礼ながら、会話の内容を伺っても?」
答えながらも、尋問を受けている気分になる。ここまでも、やたらと詳しく聞かれている。そのせいかもしれない。
「あたしの紹介した香水はどこで入るかというお話です。恐らく購入されるつもりだったのかと」
「なるほど。ちなみに、その香水というのは?」
「『星の空』という香水です。うちで購入した商人の名を伝えました」
「その商人というのは」
全く犯人にたどり着きそうもない質問の内容だ。何がしたいのだろうと考えたところで、レイドの視線が気になった。ブライトの目を、確認している。正確には目線だろう。ブライトが過去を振り返って話しているならば左に視線が行く。なんと答えて切り抜けようか考えている場合は、右へと向かう。それが人の傾向だということは、知識として知っていた。恐らく、レイドはブライトの目の位置からブライトがどちらを考えているのか判断しているものと思われた。
それは、もはや聞き取りではない。ブライトが犯人かどうか疑ったうえでの観察だ。
そう考えて、確かに騎士団がその判断をする事はあり得るだろうと気がついた。誰一人逃すことなく全滅させるには、屋敷を取り囲むだけの人数か外に出られなくするための魔術か異能の力がなくてはならない。そのどちらもあり得るのは、財力も力もある大貴族だ。寸前まで接触のあった『魔術師』のなかにそんな家があるわけなのだから、当然怪しむだろう。そのうえ、その家はお家騒動で揉めていることで有名ときた。
「あの、あたしからも質問をよろしいでしょうか」
「何でしょう」
「何故あたしを疑うのでしょうか」
単刀直入に切り込み過ぎたかもしれない。ガインがぎょっとした顔をした。
「わたしたちが疑っているように見受けられましたか」
「はい。全く関係ないような質問ばかり。まるでどこかに嘘がないかと探っているかのようでして」
「それは、しつれ」
「失礼ながら、それはご自身に薄ら暗いところがあるからそう感じるのでは?」
ガインの言葉を遮って、レイドが切り込んできた。それは今回の件だけでなく、あたかもシエリのことを述べているようにも聞こえる。
であるならば、ブライトの返答は決まっていた。
「まさか。あたしは『魔術師』として誠実に生きています」
自身の口から出た言葉は思いの外、剣呑としていた。そのせいか、ガインがごくんと唾を呑んでいる。レイドはまだ冷ややかな目をしていた。
「左様ですか。私の知る誠実とは違うようだ」
「おい」
ガインが慌てたように肘でレイドに合図を出している。
「どうもレイド様は私を目の敵にしているようでして。理由を教えていただいてもよいですか。まさか、何年も前の奥様のことを未だに根に持たれているとは言われないでしょう?」
突然立ち上がったレイドがブライトへと口を開こうとする。そこにガインの腕が伸びて、レイドを羽交い締めにした。
「はなせ!」
「落ち着け! 騎士団の信用を落とすつもりか」
レイドは、まだ足掻いていたがガインのほうが力はあるようだ。ブライトに首を向けて話しかける程の余裕があった。
「大変失礼しました。レイドにはきつく言っておきます故」
「構いません。どうもあたしはあちらこちらから恨まれるところがあるようでして」
わざと相手を挑発しておきながら、どの口がそれを言うのだという顔をされたが、知らんふりだ。
「といいますと?」
渋々と話を促したガインに、ブライトは手紙のことを持ち出すことにした。
「ちょうどミミル様の訃報が届いた日にイタズラの手紙が届いたもので」
ガインの目が細められる。
「詳しくお聞きしても?」
「もちろんです」
その前に少し待ってくれと言われる。何かと思ったら部屋に騎士団の面々が三人ほどやってきた。瞬く間に連行されていくレイドを、ブライトは大人しく見守る。
「人殺しが!」
などと聞こえてきたが、気に留めないことにした。
「大変失礼しました。レイドはどうも私怨があるようで、同行させるべきではありませんでした」
「構いません。奥さんを亡くしたのはそれ程にショックでしたでしょうし」
ガインの様子を見るに、やはりレイドとシエリについてある程度の事情を知っているようだと、ブライトは判断する。
「そう言っていただけると。手紙についてお聞きしても?」
ブライトは頷き詳細を語った。そうしながらも、手紙は燃えてしまっており、証拠が残っていないのが厄介だと気がつく。しかし手紙を開けずに騎士団に渡すという発想はこれまでなかったのだ。今度届く手紙からは残しておくことも視野にいれる。
「なるほど。しかし、そのような手紙が来ているのであれば最初にお話しいただけても良かったでしょうに」
問われて、納得しかけた。騎士団からしたら、ブライトは容疑者だけでなく同時に次の被害者になるかもしれない人物だ。
「言われてみれば、日常茶飯事だったもので気づきませんでした」
「それは、今回お話いただいたような手紙がよく届くと?」
ブライトはこくんと頷く。
「はい。手紙に限らずいろいろなやり方ですが」
「というと」
「食べるものにいつの間にか毒を仕込まれることもあります。恐らくですが、レイド様の奥様が亡くなられたのもあたしの代わりに毒を飲んだからではないかと思っています」
早めに相談してくれと、ガインの目が言っていた。
「よく今までご無事でしたね」
「魔術はある程度詳しいので。食べ物も今は信用ある者にしか作らせていません」
正確には信用ある者しか屋敷に残っていないが、そこは伏せておく。
「そのような事態になっているのでしたら、早めにご相談いただきたかったものです」
呼んだら家の惨状がばれるのだ。だから、黙っていた。
「あたしにとっては、日常茶飯事ですから。それにどうも、手口が毎回違うので常に同じ犯人の仕業ではないように思えるのです」
暗に、複数人の犯行とすることで誰の仕業なのか想像できるようにしておく。実際、ブライトに届く危険な手紙の大半は、ワイズ派から届いているのだろうと想定はしていた。
「どうにも私達はアイリオール家のお家騒動を甘くみていたようです」
ガインがブライトに共感するような発言をし、それから告げた。
「しかしそれ程だとすると、今回の惨殺事件もまた同じ匂いを感じてしまいますね」
「どういうことでしょうか」
意図が読めないでいると、ガインは諦めたように吐息をついた。
「エンダ家の惨殺事件はアイリオール家のお家騒動の一環ではないかという噂が出ていまして」
ブライトはあっと驚いた。
「ミミル様が巻き込まれたと?」
口元に手を当てて、目を伏せる。
「そんな、あたしだけならまだしもあたしの友人どころかその家族までなんて」
信じられないと、震えてみせる。
「それなんですが」
ガインは冷めた目でブライトを見ていた。
「ミミル様はずっとワイズ派でした。そして、どうも我々が調査する限りブライト様の悪評を流していたご様子です」
エンダ家がなくなって果たしてどちらが得をしたのかとガインは告げていた。




