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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
829/993

その829 『冷メタ心ヲ香リデ覆ッテ』

 挨拶を先にはじめた令嬢たちを見て直ぐに給仕が食事を運んでくる。香りの良い薔薇が沢山あしらわれたアフタヌーンティースタンドから、既にミミルの拘りを感じさせられる。

「美しい薔薇ですね」

 まずブライトが感想を述べると、ミミルはすぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。話したくて仕方がなかったらしい。

「淡い色合いですが、香りは強いでしょう? ダマスクローズというよくある種ですが、実は今回の料理にはこのお花を殆ど使っていますわ」

 香り同士が喧嘩にならないように、香りを全て統一したのだという。

「砂糖漬けもありますから、是非召し上がって下さい」

 ミミルの指示で給仕が紅茶を持ってくる。そこに浮かべられた蕾の砂糖漬けがくるくると回って花開いた。ソーサーにも砂糖漬けが飾られている。

 折角なので、砂糖漬けを食べてみた。

 驚くほどに薔薇そのものだ。甘さよりも香りに意識が行く。紅茶と飲むととても合い、上品さがある。

 食事から香りを楽しめるようにするあたり、如何にもミミルらしいお茶会だ。

「今日のミミル様の香りも、ダマスクローズですね」

 アメヒアがここでぽつりとそう口を開き、ミミルは嬉しそうにした。

「お分かりになる? そういうアメヒアは今日の香りは大人しいですのね。シビリアの花かしら?」

「はい。シビリアと檸檬、僅かながらサザリアも入れています」

 アメヒアは香りのことになると、きちんと話せるらしい。ミミル程には香りが好きなのだろう。

 それにしても、恒例の香り当てクイズの時間がやってきたようだと、ブライトは内心で呟いた。あまり得意ではないので、恥をかかないように必死になるのだ。

 順番に香りの話で盛り上がったところで、ブライトはミミルに声を掛けられた。

「ブライト様は今日の香りも薄めですね。濃いのはやはりお嫌いで?」

「はい、あたしはこれぐらいが一番好きです」

 お茶会のような機会がなければ、ブライトは徹底して香りをつけない。そしてつけるときは極力薄くしている。理由は単純で、香りは魔術で姿を隠しても残るからだ。

「それにあたしは気分によってその日のなかでも香りを変えたくて。今気にいっているのは……」

 予め用意したネタをここで披露する。『星の空』という洒落た名前がついた香水瓶の話だ。シェパングで流行っているらしいと、サロンのときに聞いたのである。それを取り寄せてあったのだ。正直に言うと好きな香りではなかったが、きらきらとした星が夜空に瞬いているかのようなお洒落な香水瓶は、話題作りのネタとして最適だった。

「まぁ、さすがブライト様です。私も是非つけてみたいですわ」

 ミミルが喜び、他の令嬢も口々に賛成する。ブライトが発言すると大体いつもこうした反応になる。そうして次回のお茶会では皆同じ物をつけている。はじめはぎょっとしたものだが、今ではすっかり慣れていた。要するに、貴族は家柄の高いものになびく傾向があるのだ。

「ブライト様は香りにも造詣が深いのですね。まさか海外の香水までお持ちとは」

 ミラベルに突っ込まれたブライトはにこりと笑みを深めた。下手なことを発言しないように、言葉を選ぶ。

「ミミル様に比べれば、全くです。あたしは勉強させていただいている身でして」

 ミミルからは、

「ご謙遜を」

 と笑われたが、本音である。

「ブライト様は魔術において天才的な技能をお持ちで、王家の教育係も務めていらっしゃる程とお聞きしていました。その為、失礼ながら研究者肌な方なのだとばかり」

 ミラベルの発言は、恐らくは成人の儀のこともあるのだろう。わざと紳士の格好をしたわけだから、令嬢の一部からは無骨に思われた可能性もある。

「まさか。ブライト様は非常にお洒落にも気を配っておられますよ。この間のドレスも新しいデザインでとてもお似合いでした」

 イリエによるすかさずの発言を受けて、ミラベルは同意する。

「確かに、本日のドレスもとても可愛らしいです」

 発言の端々に言わされている感じが見受けられたのはブライトの気の所為かもしれない。

 少し考え、ミラベルに寄り添う発言をすることにした。

「ありがとうございます。しかし、実際にあたしは魔術が好きですし、当主の真似事もしています。ですから、そう思われる方も多いことは存じ上げています」

「ブライト様は多才な方なのですわ」

 シーリアは胸を張って、ブライトを援護する。

「物腰も柔らかくて、お優しいですし。非の打ち所がございません」

「そ、それは褒め過ぎかと」

 思わず考えるより口が先に出た。

「何をおっしゃいますか。ブライト様はとても素晴らしい方なのですからもっと胸を張って下さい」

 そう便乗するのは、イリエだ。

「本当に。悪い噂を流している心無い方に言ってやりたいです」

 同じようにシーリアも口を挟む。

 ブライトの周りはこうして、悪い噂が出ていることを教えてくれていた。はじめに流した当人はもう生きてはいないのだが、噂自体は消えていないのである。

「正直、私もこうしてお会いするまでは偏見を持っていたと認識しています。魔術と淑女としての技量は別物だと思っていたのです」

 ミラベルからの同意の発言は、果たして真意なのか読めなかった。だから、ブライトは続ける。

「あたしはただ、目の前のことに必死だっただけなのです」

 ミラベルの瞳に困惑の色が浮かぶ。

「あたしが魔術を初めて使ったのは、大好きな家庭教師に見せたかったからでした。父が亡くなり当主の仕事を代わりにしているのは、他にやられる方がおらず庶民の方が困ることが分かったからです。成人の儀に男装をしたのは、あたしなりの決意をどう伝えれば良いか真剣に考えた結果でした」

 ただ、とブライトはにこやかに続ける。

「あたしはお洒落も好きですし皆様とのお茶会もいつも心待ちにしています。それもあたしなのです」

 シーリアたちが

「素晴らしいですわ」

 とブライトを持ち上げる。それをノイズとして聞きながしながら、ミラベルの反応を見た。

 少しでも本音らしいことを言ったようにみせた、つもりだ。そうすることで、ミラベルの考えが読めないかと考えたのだ。


 ミラベルの瞳は、戸惑いから理解へと変わっていく。そうして、唐突に立ち上がった。

「ブライト様、応援させて下さい!」

 ミラベルの勢いに、周りが驚いた顔をし口を閉じた。まさか食事中に席を立ち上がるとは誰も思わなかったのだ。

「私は今までブライト様のこと、噂だけでどこかちぐはぐとした印象を受けていました。しかし、このお茶会で皆様への謙虚な姿勢をみせたり、幅広い知識の披露をされているのを見て納得がいきました。同時に淑女として生きつつもブライト様なりに頑張られて出された成果に、感服しています。ですから、私に応援をさせてほしいのです」

 早口で捲し立てられて、ブライトはこくこくと頷いた。

「あ、ありがとうございます」

 というのが精々だ。

「実をいうと、本当はもっと以前からお会いしたいと考えておりました。特に成人の儀で使われた魔術はとても素晴らしかったとお聞きしていましたので」

 ミラベルはわくわくを隠せないように、頬を朱に染めて告げる。

「わたくしは拝見しましたが、実際かなり高度な技術が使われていて感銘を受けましたわ」

 ミミルが告げると、自分もだと令嬢たちが口々に言う。謙遜しながらも、ブライトはミラベルからの視線に気がついた。

「本当に、その場にいられなかったことが悔しくてなりません」

 とミラベルに言われ、

「宜しければまた披露致しましょうか」

 とブライトは提案することにした。

「まぁ、宜しいのですか!」

 喜ぶミラベルに、約束を取り付ける。これで、引き続き交流の機会がもてる。


 ――――具体的に探りを入れるのはここからだろう。





 他の令嬢とも今後会う約束をしお茶会が終わったときにはすっかり夕方になっていた。迎えのラクダ車に乗って、ブライトは先程までのお茶会を振り返る。

 ミラベルは思いの外好感的に見えた。しかし、それで良かったとは思えなかった。というのもミラベルの積極的な姿勢を、そのまま鵜呑みにすべきではないと感じている。笑みを浮かべ感激しているように装い、内心では軽蔑していることは十分にあり得るからだ。

「ミヤンはさ」

 ずっとブライトの後ろに控え静かにしていたミヤンに話を振る。

「どの令嬢が一番怖いと思った?」

 問われたミヤンははじめて反応を示した。それまでは頑なに固い表情を崩さなかったからだ。

「私には皆さん全員が恐ろしく感じます」

 素直な答えに、

「それもそうだね」

 と納得する。

 何せ、ブライトのことを褒め称える裏で悪い噂を流す者もあの中にいるはずなのだ。でなければ、噂はとうに絶えているはずである。

 所詮、『魔術師』など誰もが美しい香りでその心を覆っているのだろう。

 

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