その828 『香リノオ茶会』
「ご成人、おめでとうございます」
ラクダ車を降りた途端、ミミルの出迎えがあった。紫色のドレスの裾をちょこんと持ち上げて礼をされる。
「ありがとうございます」
エンダ家の屋敷は、吹きさらしになっている。どこかに水場があるようでそこからやってきた風がふわりと、ミミルの赤茶の髪を揺らしている。
「暑かったでしょう? 早速ご案内しますわ」
案内されるままに歩き始める。石の床は歩くと、トントンと響いた。
「今家がばたついている関係で、別邸までご足労いただくことになってしまってすみません」
ミミルの謝罪に、ブライトは質問をする。
「何かあったのですか?」
「実は親族が一人亡くなったとの報せがあったのですわ。ですが、遠方の者ということもあって、仔細が掴めていないのです」
話を合わせるだけのつもりだったが、思ったより大事だ。
「それは……、よろしかったのですか? また日を改めましても」
「構いませんわ。まだ葬儀ができる段階でもないと聞いておりますし、わたくし自身は会ったこともない親戚なので」
アイリオール家だけでなく、今回はエンダ家よりも上の人間が多く呼ばれている。令嬢たちとのお茶会のほうが優先度が高いと判断したのだろう。
とはいえ、慌ただしく連絡を取り合う様子が見えては令嬢たちも落ち着かない。そう判断しての別邸での開催らしい。
「こちらでしてよ」
案内された客間には既に六人の令嬢が揃っていた。今回ブライトは祝われる側なので、わざと最後に到着するよう時間をずらしているのだ。この手はかつてネネに使われたものだが、今回は恥をかかされる訳では無いので気にならない。
「ブライト様、ご無沙汰しております」
「ブライト様、おめでとうございます」
普段からよく知る令嬢たちがすぐに挨拶をした。赤髪をツインテールにした二十歳程度の令嬢と、水色の髪をヴェールに隠した十六ぐらいの令嬢だ。それぞれ、イリエ・アドローナとシーリア・スフィーユという。
アドローナ家のイリエの両親は珍しいことに第一市民からの成り上がり同士で婚約している。優秀な庶民出身のものはハレンをはじめ稀にいるとは聞いていたが、大体はどこかの家柄に嫁ぐか養子になる。もしくはハレンのように家庭教師を貫くかだ。だから、初めてそれを知ったときには驚いたものだ。ちなみに庶民同士だからなのか、単に本人の思考か、イリエ自身は新しいことを好むところがある。故に、男が家を継ぐというのは古いとして、ブライトを積極的に指示すると表明している。
シーリアの家であるスフィーユ家は、エンダ家と同じくらいの家柄だ。家はワイズを支持している。しかし、本人曰くシーリア自身はブライトを応援しているという。他でもないブライトを直接見て考えを改めたというのだ。その真意は定かではないが、こうしてお茶会がある度ブライトに積極的に声を掛けてくる。
ブライトは彼女たちに礼を述べる。そうしてから端にいる青い髪の令嬢に目を留めた。眼鏡が似合っているのは、知的な雰囲気を纏っているからだろう。凛とした顔つきだが、可愛らしく着飾った服装のせいか、どこかちぐはぐとした印象がある。
その令嬢はブライトの視線に気がついたようで軽やかに礼をしてみせた。
「はじめまして。私はミラベル・レインフィート。こうしてお会いするのは初めてですね」
ブライトもまた礼をする。
「ブライト・アイリオールです。お会いできて嬉しいです。よろしくお願いします」
この人物こそ、今回のお茶会に参加した理由だ。アイリオール家の騒動において中立の立場を取り続ける家、その一つのレインフィート家だ。中立派のうちフィオナのシャイラス家を除けば、最も力のある家柄となる。
今度は、ミラベルの隣にいた金髪の令嬢がぺこりと礼をする。
「はじめまして。私はティナリーゼ・ルルメカ。ミミル様にご紹介を賜り、本日参上しました」
ルルメカ家のことはあまり詳しくはない。というよりもあまり情報がない。ミミルをはじめとする令嬢たちの話題に挙がったことがないからだ。ただ、事前にミミルから聞いた限りではミミルの学友であり、中立派であるという。今回のお茶会の招待状には、実際にブライトと会うことで、是非ともティナリーゼにブライトの味方になってほしいとあった。
ティナリーゼの向かいにいた令嬢からももじもじと会釈がある。背が低く、濃い赤髪に合わせたつもりらしい深緑のドレスは飾り気がない。令嬢たちの中にいると、どうしても地味な印象を受けた
「アメヒア・ミーゼルヴェスタです」
「よろしくお願いします。是非仲良くしていただけると嬉しいです」
ブライトがそう告げると、曖昧に会釈された。あまり話をするのが得意ではないらしい。
「アメヒア様。折角の機会ですから、せめてお一言」
シーリアにそう勧められるものの、アメヒアはそれ以上話そうともしなかった。
反応に困った令嬢たちを見てか、
「さぁ、早速はじめましょうか」
と取りなすようにミミルが口を開いた。
「昼の神アグニスと夜の神パゴスに感謝の意を示します」
席についたブライトたちは、ミミルの言葉に続いて言葉を返す。
「「「そして、我らの勇ましき王に祝杯を」」」
両手の指を合わせて、
「「「いただきます」」」
と唱えた。




