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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
825/993

その825 『一人ノ優秀ナ手』

 執務室にきたブライトは、まず目を疑った。机の上がさっぱりしているのである。いつものように散らかった文房具や天井ほどある書類の山がない。正確には書類の山はあるものの小山に分けられている。文房具もすぐにサインが押せるように準備がされていた。

 それどころか、書棚も整理されているらしい。記憶にある本の位置が、ぱっと見る限り今までと違う。右上には分厚い本があった記憶があるのだが、本棚の上の方にあるのは全て薄めの本である。

「部屋が、片付いている……」

 思わず呟くと、セラから説明が入った。

「ミヤンさんと挨拶周りをしたあとで、私なりに執務室を片付けさせていただきました。溜まっていた書類の山をここに置いています」

 書類の山自体はよく見ると増えてはいた。だが、小山に分けられているせいか圧迫感がない。

「少し時間があると思うので、執務をされては?」

「あ、うん」

 セラはお茶をとってくるといって出ていくので、ブライトは言われたとおりに、サインをする。それで気がついた。

「これ、全部分類されてる」

 店の販売許可の書類、魔物討伐依頼等、全ての書類の山が分けられている。おかげで、サイン欄があちらこちらに飛び散っていない。それどころか、店の販売許可の書類の前には地図が広げられている。どの書類がどこの販売許可のものなのか付箋で色分けされていた。実に、丁寧な仕事ぶりである。更に、治水や魔物討伐など専用の知識が必要と思われるものについては、セラの判断で参考と思われる書籍まで一緒に置かれている。

「お茶をお持ちしました」

 そう言って紅茶を注ぐセラに、ブライトは思わず尋ねた。

「セラって何者?」

「イクシウスの一市民です」

「いやいや、一市民はこんなレベルの高い分け方できるの? 治水一つとっても理解していないと関連資料なんておけないよね?」

 セラは少し考える仕草をした。

「わからないものはウィリアムさんにお聞きしました。私には知識がないので、関連資料を用意していただきました」

 ウィリアムを使う手があったらしい。

「ちなみに書棚もウィリアムさんからの助言をいただいて、できる限り整理しています」

 書棚にはメモ書きが貼られている。並びが変わったため目的の本を探すのに時間が掛かることを配慮して、大体の位置が書かれていた。使用率はウィリアムに聞いたようだ。屈まないといけない低い棚と脚立が必要な高い棚には、使用頻度の低いものが置かれている。

「これで少しは早く終わりそうですか」

 ブライトはそう言われて唸った。効果はある。やりたいことができるほどかは別だ。

「いや、確実に早くなるし楽になるんだけど、書類の山は昔から溜まっていたわけで、溜まっていた分が減るだけのような?」

「では次に打つ手としては、スケジュール管理ですよね」

 次の手も考えてあったらしい。

「お手紙を読んでも良いということでしたので、気になるサロンの予定は纏めました。それ以外の手紙で、謎掛けのようなものがあったのでレナードさんに王立図書館に連れて行っていただき関連資料を集めています」

 そこでレナードなのは、ウィリアムは執務のための本探しに当てたからだろう。謎掛けのようなものとは、いつも届くタタラーナの嫌がらせだ。

「手際良すぎ……じゃなくて、あたしの手際が悪すぎる?」

 よもや一日でここまでやってくれるとは思わなかった。優秀な手とは、どうも執事並の仕事ができる者を指すらしい。

「あと見ていただきたいものが」

「はい、ついていきます」

「ブライト様? なんで、敬語なんですか」

 訝しまれたが、今はそういう気分なのである。




 セラに案内されたのは、厨房だった。

「ここにある幾つかの食材ですが、日持ちがするように加工しようと思っています」

「か、かこう」

 知らない言葉を噛みしめるように言うからか、セラはくすりと笑った。

「干し肉を作ったり、野菜に塩を揉んだりする程度のことです。腐りにくくなるので、実質腐らすことのないまま余らせることになります」

 セラが事情を把握しているように、食べ物は腐らなくとも仕入れ量を変えることはできない。だから、腐らせないというと凄いことのように聞こえるが、結局余るので意味がない。幾ら日持ちさせても何れは腐るのだから、加工の手間が掛かるだけ無駄なことのようにも思われた。

「改めてですが、人を雇うつもりはないのですか」

「雇いたいのは山々だけどね」

 セラに問われて、ブライトは頬を描いた。アイリオール家の評判は決して良くない。悪評が水面下で出回ったままのようで、人はロクに来ない。仮に雇ってもすぐに逃げ出す人物では困るというのもある。

 だから、セラの言うような、人を改めて雇うことで食事の消費量を増やすということはできない。

「では、余ったものをどなたかに差し上げることはできないのでしょうか」

「えっと、それは孤児とか?」

 浮かんだものの、難しいなと考える。まず、貴族区域に孤児は中々来られない。純民と呼ばれる第一市民区域の人間は比較的裕福であることは知識として知っている。孤児が出るのは普通、食えないほど困窮した家の者だ。それが第二市民区域にいる者になる。第二市民区域にいる者は、貴族区域への立ち入りができない。魔物のいる地下水路は例外だが、危険すぎる。

 そうなるとどうしても孤児に食材を分けたい場合、ハリーに頼んで運び出すことになる。それではどうしても目立つので、孤児限定で配ることは難しいだろう。不満もでる。食事がただでもらえることを庶民に覚えさせるのは危険だと、ブライトなりに考えてもいる。

「試作品ということで、味の感想をいただくのはどうでしょうか」

 ブライトの表情を読んだようで、セラから提案があった。試作品ということは、ブライトたちで今ある食材で料理をし、それを市民に食べさせるということだろう。貴族の食事に興味を持つ者は多いだろうから、人気は出るかもしれない。ただ、セラはあくまで売るつもりはないようで、試作品ということにして振る舞うと言いたいらしい。

「うーん? 商人を敵に回すことになるかな」

 ブライトたちはあくまで貴族だ。貴族の動向一つで都の流れは変わる。だから、商人たちは常にブライトたちの動きに気を配っている。

「 と言いますと」

「例えば、あたしが今度白色のレースが欲しいって言ったら都中に白色のレースが流行るらしいんだよ。その後で白色のレースはやっぱりいまいちだから赤色が良いって言うと、赤色のレースの価値が上がって白色のレースの価値が下がると」

 これは官吏についてきた商人たちが遠回しに言っていたことだ。今ではブライトも、官吏が商人をたくさん連れてくる理由を理解している。要するに、ブライトの一言で全てが変わるため、商人たちは己が立場を守るために少しでもブライトのことを知りたいのだ。それをせずに商機を逃したら商人はあっという間に落ちぶれる。今回の例だと、白色のレースを買い込んだものの買い手がつかなくなるということだ。

「つまり、貴族が商品を出そうとしていると思われたら、商人たちは自分たちの商品が売れなくなると思い反発する可能性があると」

「うん。商人たちに物を売ってもらえないと困るのはこっちだし、中々下手に動けないかな」

 権力なんてものは真に力ある者には効かない。この場合の力は商品だ。特に砂漠では水が貴重だ。商人たちに水を渋られたら、ブライトたちはたちまち干からびるだろう。仮に無理やり商人たちに水を差し出させたとしても、統治する人間のさらなる悪評が出回る。そうなるとブライトには痛い。だから、大事なのは友好関係だと思っている。

「なるほど。素人考えでは上手く行きませんね」

「まぁ、腐らすと臭いが酷いから、それがなくなるだけでも助かるよ」

 それに、案としてはありな気がした。商品化は無理でも、誰かにあげるという発想は使えるかもしれない。

「まず確認したいんだけど、イクシウスでは余り物を孤児に配ることは当たり前のことなの? 試作品も結構やる手だったり?」

「いえ。イクシウスでは、教会に寄付すれば孤児に食事が行き渡ります。試作品は、都の方たちがよくやって下さったのでどうかなと」

 シェイレスタと違い、王家こそが神話になりうるイクシウスには教会があるらしい。ブライトにはイメージがつかなかったが、きっと王家を褒め称える歌などを教えているのだろう。

「うーん、この話はすぐに結論が出なさそうだから、ちょっと考えてみるね」

「はい。お願いします。もう少しお役に立てれば良かったのですが」

 あまりブライトの忙しさが減らないことで、セラは申し訳無さそうにしている。

「いや、十分だよ」

 ブライトとしては感謝しかない。

「ありがとうございます。以上のことを本日はやっておりました」

 つまり、挨拶周りのあとは執務室を片付けて書類整理をし、手紙からスケジュールを纏めて、一部資料を取り寄せ、あとは厨房で今後について考えていたということらしい。

「うん、ありがとう。凄い成果かと」

 頭が回る人物が一人いると違うなと実感する。

「となると、セラには我が屋敷の帳簿にも目を通してもらったほうがいいかも」

 ブライトは判断を迷わなかった。困っていることは愚痴ることに決めたのだ。

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