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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その81 『(番外)新たなチーム(レンド編8)』

 分厚い雲の隙間から薄い光の筋が甲板に伸びている。チーム分けが終わり外に出たレンドたちは、揺さぶるような風と音に目を細める。それは、主船にいるリーダーたちを出迎えに一隻ずつ飛行船が近づいてくる証だった。


「作戦は伝えた通りだが、何事にも例外は起きる。いつものことだ」

 ティスケルが改めてそうリーダーたちに告げる。

「だからこそ、いつものように幸運を祈る」

 リーダーたちの返事は聞こえなかった。いよいよもって、風の音がひどくなったからだ。光が陰ったところで見上げれば、一隻の船がレンドたちの真上にある。その機体にある旗ですぐに誰の船かは分かった。

 一番乗りはアダルタの飛行船だった。アダルタ船が甲板に接近しきると、梯子がそこから垂れてくる。梯子を受け取ったのは、ヴェインだ。彼はすぐにアダルタに道を譲る。『お先にどうぞ』と言わんばかりだ。今頃紳士ぶったところで、そのおちゃらけっぷりは隠せないだろうにと、レンドは呆れる。

「それじゃあな、短い間の同僚よ」

 アダルタが登りきるのを待つ間、そうヴェインに挨拶をされた。

 この先の戦い次第では、再びヴェインと会うことはないかもしれない。それに、仮に空の大蛇(スカイサーペント)を無事に倒しても、ギルドをやめると宣言したレンドとは同じ仕事をすることはないだろう。ヴェインはそれらを踏まえたうえで、別れの挨拶を切り出したのであろう。

「あぁ、じゃあな」

 ヴェインとは、それ以上の会話はしなかった。

 すぐにヴェインは翻し、梯子を登っていく。

 仕事柄、別れは山ほどある。一々それに長話で答えていたらきりがないということだとレンドは解釈した。


 次にやってきたのは、シェイクスの船だった。

 ヘキサは、シェイクスが登る後に続こうとしてから、何やら思ったことがあったらしく、レンドを振り返った。

「短い間とはいえ、指導役だったんで言っておくっすけれど」

 そう前置きをしたうえで、言いたいことを告げる。

「アグルことはよろしく頼むっす」

 ケキサは面倒見の良い奴だなとレンドは感想を抱く。教育係を任されたのは初だったこともあって、今までそうした一面があることを知らなかった。今後もヘキサに頼むのが良さそうだ。

「分かっているよ」

「あいつ、ナイフの才能はあるっすけど、なんだか妙に危なっかしくって」

「だから、分かったって」

 想像以上のしつこさに呆れた。アンナを引き抜いたヴェインとはここまでではなかったから、彼女のことはそれほど心配していないのだろう。そう考えると、アグルはケキサの目からみて非常に危うい存在に見えていたに違いない。わからなくはない。死を恐れない人間は、ある意味死に一番近い存在でもある。

「……頼んだっすからね? 忘れたなんて言わせないっすよ」

 ケキサにそう散々念を押されてしまった。

「やれやれ、あんなに思い入れるとはな」

 梯子を登るケキサが小さくなったのを見計らってか、レンドへの言及を見ていたユアンにそう呟かれた。どの口が言うのだと、言いたくなる。というのも、ユアンはチーム分けの際、誰よりもはじめにアグルを欲しいと発言した。成績だけならば他にもいくらでも優秀な新入りがいたのにだ。ユアンらしくない選択に、何かよからぬ企みがあるのではないかと、ケキサが不安がるのもわかる話なのだ。

「おぉ、俺たちの番みたいだな」

 ユアンが梯子を受け取って、それをレンドに投げてよこす。

 戸惑うレンドを見たユアンが笑った。

「俺は、あいつらみたいにリーダーを先に行かせるやり方は好みじゃない」

 レンドの胸中は複雑になった。その言葉をどう受け止めればよいのかと悩んだからだ。先鋒は部下に任せるという意味か、それともリーダーは部下に道を譲ってやるものだという意味だろうか。ただ、どちらであってもいけ好かなく映った。

「そりゃどうも」

 大人しく梯子を登り始める。

 甲板に着くと、そこに一人の船員が待っていた。

「久しいな、レンド。今回はお前とチームかぁ」

 声をかけてきたのはジュディバだ。ジュディバはこの新チームの装填手になる。高身長に鍛え上げられた肉体からは連想しにくい間延びした口調が、どことなくのんびりした雰囲気を醸し出す。こう見えて、立ち上げ時からいる仲間だ。

「あぁ、久しぶりだな。頼りにしているぜ」

 元々は装填手として仲間になったわけではなかった。彼は大砲が配備された際に、自力で大砲の扱い方を覚えたのだ。そうした努力が出来ないレンドからしてみれば、尊敬に値した。

「チームメンバーの情報は発表されたのか」

 ジュディバの様子から、早いなと思って聞いてみる。いつもならば、ここからメンバーの入れ替えが行われて班の役割を話し合うからだ。

「通信で一時間前になぁ。リーダーたちが作戦会議している間に、俺らの中で移動は終わっているんだ。だからお迎えも遅くなったんだよなぁ」

 ジュディバの説明に納得する。

「手配の早さはティスケルが噛んでいるのかもな」

 声に振り返れば、ユアンが上がってきたところだった。

「そういうことなら、さっさと挨拶を済ませちまおう。その調子なら、新入りも全員乗っているんだろう?」

 リーダーの合図に、ジュディバが頷く。

「あぁ、一人を残して他の皆はブリッジにいるようにとの指示なんだぁ」

 さすがの準備の良さに舌を巻いた。

 すぐに、三人はブリッジに急ぐ。そこまでお膳立てされていては、こちらとしても答えなくてはなるまい。


「こ、こんにちは!」

 ブリッジに入った途端、明るい声が響き渡った。ブリッジの中央に、三人の船員がいる。そのうちの一人、唐突に挨拶をした少女は、シリエだ。こちらが来たらすぐに挨拶をしなくてはと思い、声を張り上げたらしいことが伝わってくる。

 しかし、どこか緊張しているのか、そこはかとなく動きがぎこちない。

「随分、可愛い子が入ってきたなぁ」

 ジュディバがのんびりと感想を言う。

 それを受けて、シリエの頬が朱色に染まった。中々どうして初々しい反応だ。

 逆にその隣にいるアグルは、シリエの様子に呆気にとられたのか呆然としており、数秒遅れてからようやく挨拶をした。

「あぁ、こんちは。俺は船を運転しているのでこのままで失礼しますよ」

 新入りたちと打って変わって緊張感のない挨拶をするのは、舵を手にした男ユースだ。

「俺は、一々挨拶するのも面倒だしそのまま無視で」

 どこかてきとうな答えを返すのは、今回ヴェインとの交渉で要員を交換した男イグナだ。去年配属されたばかりということを考えると、中々傲慢な態度にも見受けられる。

 けれども、一年も経てば誰も新参者扱いはしない。ましてや砲手を務められる人材は貴重だ。腕に自信がある証だろうと判断することにした。

「え? え、えっと……」

 新入りたちには中々その挨拶は衝撃的だったらしい。どう反応したらよいか困った様子でレンドたちとイグナたちを見比べている。

「あぁ、いいさ。堅いのはうちには似合わない。念のため、名前の確認だ」

 ユアンはその様子を見たうえで、レンドを見やる。

 どうもこの手のことすらレンドに話を振ろうとしていると気がついて、こっそりと嘆息した。

「まずリーダーがユアンだ。副リーダー兼甲板長が俺、レンドだ。船の操縦はユースに頼む。それから砲手はイグナ、装填手はジュディバと新入りのシリエだ」

 自分の名前が呼ばれたところで、間髪いれずシリエが割って入る。

「よ、よろしくお願いします!」

 頭まで下げてみせた。それに合わせて高いところで二つ結びしたクリーム色の髪がぴょこんと跳ねる。初々しいその仕草に、ジェディバが顔を綻ばせる。

「前のでかい図体のと比べると、雲泥の差だなぁ」

 砲手でもあるイグナが相槌を打つ。

「あいつのは装填手というより、お前が弾代わりになってぶつかっていった方が良いんじゃねぇかってレベルだったな」

 その言い様に二人が以前同じチームであったことが察せられた。それにしても、散々な言われようのその装填手に、レンドは心の中だけで同情する。どうしてもその場にいない人物というのはなじられやすい。ましてや、代わりがこのような初々しい少女となれば、猶更だ。

「それから、見張りはアグルだ。アグルの休憩時間帯は俺も出る」

 見張りの仕事は、通常大砲を扱う要員も交代で担当する。だが、今回彼らは見張りを免除されることになっている。大砲のメンテナンスに、できることなら空砲による予行演習も行いたいからだ。

「主船との通信はリーダーである俺が担当する。何かあったら皆に伝言するだけだがな」

 自分の仕事の説明から、ユアンはレンドの言葉を引き取った。

「それでは、挨拶はこれぐらいにしておいて、それぞれ持ち場について慣熟に勤しむように」

 言いたいことだけ言い終わると、ユアンは早速通信機器の調子を確認しに映る。

 その様子を見た新入りたちが困ったように顔を合わせる。どうしてよいのかよくわからない様子だ。

「シリエちゃんは、俺と一緒に装填手の仕事な」

 ジュディバに声を掛けられて、シリエはほっとしたように頷く。

 そこをすかさず砲手のイグナが割って入った。

「俺も砲手として付き合うぜ。さっそく大砲を持ち出しに行くぞ」

 やけに仕事熱心な二人に、シリエはあれよこれよという間に連れられて行く。

 ずっと舵を動かしているユースと通信機器の調子を見ているユアンを除けば、突っ立っているのはレンドとアグルだけだ。

「……俺らも行くか」

「はい……」




「この船だと備品置き場もこれぐらいしかない。位置を覚えるまでもないだろ」

 レンドはまずアグルに簡単な配置を教えることにした。主船で散々甲板業務はこなしているのだ。位置さえ教えればあとはどうにでもなる。

「了解っす……、あ、了解です」

 思わず言い直すアグルを見て、レンドは笑ってしまった。どうも、ヘキサの口癖がうつっているようだ。

「ヘキサが随分目を掛けていたみたいだな」

 聞いてやれば、アグルは少し嬉しそうにした。

「はい。ヘキサさんは自分だけじゃなくて皆に親身になってくれる人で、自分たちの間では人気でした」

「へぇ、そうか」

 レンドには、ヘキサが頭目に新入りを全員出すと言われて真っ青になっていた表情が浮かんだ。レンドたちを取り囲んで必死に抗議していたあの時の行動。それは、本当に新入りを思っていたからこそのものだったのだろう。

「自主訓練もヘキサに影響されたのか」

 予想外の質問だったようで、アグルは面食らった顔をした。

「いえ、あの訓練はテラが……。むしろヘキサさんには声を掛けなかったぐらいですし」

 レンドはそれを受けて首を横に捻った。何かがしっくりとこなかった。

「そうか。……それじゃあ、次は甲板に出るぞ」

「はい!」

 アグルの返事が心なしか明るくなる。どうも、雑談を交えると話しやすいと感じるタイプのようだとレンドは推測した。


 甲板では既にシリエたちが大砲を配備しているところだった。

「シリエちゃんは、どうしてこのギルドを志望したんだ」

「えっと、私。孤児院出身なんですけれど、そこにいたお姉ちゃんに憧れていて……。あんな風になりたいなって」

「へぇ、シリエちゃんが憧れるお姉ちゃんは、魔物狩りギルド出身なんだぁ」

「実は、正確には違うみたいです。でも詳しいことは危ないからって教えてくれなくて。あ、ジュディバさんたちならご存知ですか? ギルドの名前、セーレっていうらしいんですけれど」

「いや、俺は聞いたことないなぁ。イグナ、お前は?」

「俺もねぇな。まぁ、危険な仕事は魔物狩り以外にもあるし、別の仕事かもな」

「そうですか……」

 聞こえてくる会話に、レンドは肩をすくめる。どうも、シリエと話したい男連中が早速雑談に花を咲かせているらしい。

 レンドは、アグルに少し待つように命じると、すぐにその輪の中に突っ込んだ。

「お前ら、呑気に雑談する余裕があるなら早速大砲の試し打ちでもするか」

 レンドの言葉に、ぎょっとしたようにジュディバとイグナが振り返る。逆にシリエは明るく「あ、甲板長」と返事を返してくる。

「レンドでいい。それより、お前ら浮かれすぎだろ」

 男たちに釘をさすと、少し不満そうな顔を返された。文句があるようである。

 しかし口答えをしようとする二人の前に、別の声が降ってきた。

「まぁまぁ、レンド。試し打ちの練習は大目に見ようぜ」

 振り返れば、ユアンが甲板から出てくるところだった。道を塞ぐ形で突っ立っていたアグルが慌てて譲る。

「どうやら、明日にもイズミヤ空域に入るらしいからな」

 それを聞いた一同が顔を見合わせる。共有されたばかりの作戦内容と既に違ったからだ。

「あの、大規模作戦は一週間後では……?」

 アグルが皆の気持ちを代表して言葉にする。

「そうだな。そして、一週間後に魔物退治を開始するとしたら最低でも三日前にはイズミヤ空域に入る必要がある」

 ユアンが手を耳元に持っていき、揺さぶった。どうも通信機のジェスチャーのつもりらしい。

「だが、それは魔物の情報が何も手に入らなかった場合だ。運よく、いや悪くか? とにかく出たんだよな、無謀な商船が」

 それでユアンが主船と何の通信をしていたのか理解できた。まだ理解ができていない様子の新入りに補足してやる。

「魔物の噂っていうのは広まるのが早いんだ。特に空の大蛇(スカイサーペント)並みの危険な魔物の情報は、商人たちの間ではとうの昔に出回っている。そのおかげで、今イズミヤ空域に進んで向かおうという者は基本的にはいないはずだ」

 レンドの言葉を引き継いで、ユアンが答える。

「ところが、稀にいるんだよ。大きな商取引に間に合わないとか、破産寸前になって焦っているとかの訳アリの船が、用心棒を雇えば大丈夫だとか海の神様に祈れば大丈夫だとか訳の分からないことを言い出して、わざわざ魔物の口の中に入っていくんだ」

 新入りたちは話は分かるものの理解はできない顔で見合わせた。

「その……、正直どうしてそんな無謀なことをしちゃうかよくわからないんですけれど」

 シリエがそう言葉を紡ぐ。魔物の脅威をよく知っている人間からしたら確かにそういう反応だろう。しかし、魔物を避けて生きていける者も世の中には大勢いる。普段飛行船を使う機会がなく生まれ育った地を滅多に離れない人間は、特に勘違いをしやすい。それは商人とて例外ではない。魔物は魔物狩りの専門家に任せきって、普段の交易路を通れば余程安全と見ている。交易路に魔物が迷い込んだ場合は、政府から警報が出されるわけだから、認識としては天気と大して変わらない。嵐が来る日に船を出す愚か者はどこにでもいる、というだけだ。

「それなら、急いでその商船を助けに行くっていうことですか」

「あー、そうなる、な」

 シリエの言葉にユアンがたいそう歯切れ悪く言った。

 レンドは内心溜息をつく。大体この手の商船にかかわってろくな目にあったことがないからだ。駆け付けた時には既に魔物の腹の中なのが大半、仮に生きていたとしても普通は進まない道をいく大馬鹿者だ。助けろだの最後まで護衛しろなどと注文が多い。それなら積み荷を捨てて少しでも早く移動してくれればいいものの、後生大事にものを捨てられずにのんびりと進むせいで魔物に襲われ放題な始末だ。あれのせいで仲間が亡くなったことがあった身としては、関わり合いになりたくないというのが本音だった。しかも、折角用意していた大砲の訓練の時間がばっさり持っていかれる可能性があるのだから、尚更だ。

 だが、この討伐が元々シェパングの命令であり、さらにその無謀な船の持ち主がシェパング出身者であったならば、助けに行く以外の選択肢はないだろう。どのみち討伐するのに何故商船を助けなかったのだと、自国民を愛するシェパングは言いかねない。そしてそうした国を敵に回せるほどに、ギルドは強くはない。

 事情を知らないシリエが、ユアンの様子を見て小首を傾げている。その無邪気さが羨ましかった。


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