その809 『決意ヲ示シテ』
「私のときは、炎と水の魔法石で花火を再現しました」
ミミルの説明に耳を傾ける。
「ミミル様のは、香り玉も使われていて可愛らしかったですね」
「私は、真っ暗になった会場に炎が揺れて巨人のような影を作った演出をいまだに覚えています。うちの夫の成人の儀ではありますが」
「あらあら、惚気話ですか。ですが、懐かしいですわね。確かヨルダ様は雪の表現をされていましたよね」
思いの外、成人の儀の話は盛り上がった。それだけ大きな行事といえるのだろう。簡単に聞いた話を纏めるに、女性は繊細さや可愛らしさを、男性は雄々しくて派手なものを表現する傾向にあるようだ。そのなかでも、それぞれの個性や思いを演出に入れ込む工夫がされているらしい。
「ブライト様は水の魔術で鳥を表現されたことがあるとお聞きしましたけれど、それで良いのではないでしょうか」
「それは一回内々でお披露目してしまったので、どうしようかなと」
にこやかに返しながらも、水の魔術で鳥を表現するだけのその案は捨てていた。そもそも、お披露目自体をどうしようかと思考する。先も話題になったとおりで、下手にお披露目に出てしまうと、当主を諦める宣言になる。それはできない。ここまでに既に多くの命を断ってきている。それらの死をなかったことにできるはずがないという思いが何よりも強かった。もう、引くに引けないのだ。
しかし、成人の儀にでないという選択肢もまたない。それこそ、未成年のままでいると宣言したことになる。当主としては未熟と判断され、全てを没収されるだろう。
出ても問題、出なくとも問題。八方塞がりにも見える成人の儀に、少しでも情報を集めたくて聞いたのがこの結果だ。
会話に相槌をうちながら、ブライトは改めて自分のやるべきことを整理する。成人の儀は頭を抱えたくなるものではなく、鍵だ。自分という存在を自由に表現できる大きな行事であると、考え方を変える。
自分の生き方や思いを表現することについて考えるため、まずは自分自身を省みる。ブライトの場合、自分がしでかしたことに蓋をして、安穏とした生き方をするつもりはない。今までに積み重ねた人の死も無駄なものにはしたくない。だからこそ、自分の心も命も、最期まで使い潰して生きていくつもりだ。その決意をどう表現すれば、周囲に伝わるだろうか。
「ありがとうございます。参考になりました」
ブライトは令嬢たちに礼を述べた。
「おかげで、考えが纏ってきました。当日、楽しみにしていてください」
果たしてそれを聞いた令嬢たちが、ブライトの真意を読み解いたのかどうかは分からない。
「まぁ、そうなの。きっと素敵なお披露目でしょうね。是非参加させていただくわ」
フィオナからは、そう応援された。
社交界最初の宴は、城で開催された。成人の儀は必ずここで行うと決められている。普段は数人の新成人が纏めて呼ばれることが多いのだが、ブライトの場合はちょうど成人を迎える者が他におらず、一人だけだと聞いていた。
「ブライト様。その格好は」
ラクダ車を下りて城の絨毯に足を下ろしたブライトを見、出迎えた者がそう声を上げる。
当然の反応だろう。
けれど、ブライトが何も言わないでいるとそれ以上の言及はされなかった。怒るのは自分の役目ではないとでも思ったのだろう。
案内されるまま、向かう。
成人の儀では、女は先に、妃に挨拶をすることになっている。そこは規則通りに、妃のいる部屋へと尋ねる。
「失礼します。アンジェラ様。ブライト・アイリオール様がお越しになりました」
「お通ししなさい」
短いやり取りのあと、部屋の扉が開かれる。そうして入った先には金髪を美しく結い上げた妃の姿がある。やはり、若く見えた。血色の良い肌の色に、美しい薄水色のドレス。そして、吸い込まれそうな水色の瞳が見開かれている。
「その格好が、あなたの決意の現れでしょうか」
「はい。これがあたしの決意でございます」
そのまま帰れと言われる可能性もある。或いは着替えろと一喝されてもおかしくはない。それほどに非常識な格好をしてきた。
――――しかし、自分の生き方に嘘はついていない。
「良いでしょう。存分に恥をかくことになるかもしれませんが」
妃は吐息を零した。その姿は儚い妖精のようだ。ブライトとはまた違う。
「あなたは何故自身が当主の座をもらえないまま、家の没収もされないか考えたことはありますか?」
突然の問いかけに、ブライトは押し黙る。
「他でもない、王家の意志によるものです。王家は優秀な人材は活かしてこそだと考えております。ですが、世は世です。あなたの生き方は、多くの者を敵に回すでしょう」
「心得ています」
その敵を排除してきたのだと、己の行いを自覚する。
「ならば、よし。あなたに優しい言葉は必要ありません。ただ、シェイレスタのためによく尽くしなさい」
ブライトは膝を折り、頭を下げた。
会場は既に盛り上がっているようで、扉の外にいても喧騒が聞こえてきた。
「ブライト・アイリオール様のご入場です」
扉が開かれると、中から拍手が聞こえてくる。本日成人の儀を迎える者への祝福の拍手だ。
それが、一歩ずつブライトが階段を下りていく度に減っていく。そこにいる参加者たちが戸惑いの顔を向けていた。
ブライトがちらりと視線をそらしたそこには、大きな鏡が置かれている。恐らくはダンスをする際、きらびやかなドレスが花のように広がる様を、その鏡は映すのだろう。
けれど、今そこには、純白のシャツにウエストコート、更に真っ黒なコートを羽織った少女が映っている。桃色の髪も邪魔にならない程度に一つに纏めており、当然のようにズボンを履いている。可愛らしいドレスからは程遠い、完全な男装だ。
そうして、ブライトはあくまで頭を下げるだけという男としての礼をして、その場にいる全員を見回す。それから、成人の儀に述べるという、決まり文句を発した。
「お招きいただき、ありがとうございます。ささやかながら、あたしが成人となります日に皆様への感謝を込めて、魔術を披露させていただきます」




