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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
801/992

その801 『ソノ出会イ二呪イヲ』

 見つかるとは思っていなかった。ジェミニでさえずっと捕まらずにいたからだ。

 けれど、場所さえ突き止めてしまえばあとは息の根を止めるだけだ。そうすれば、他の『魔術師』たちを無闇に殺すこともしなくてすむ。ようやく片がつくのである。

「心して掛かるように」

 そうして渡された見取り図に息を呑む。仔細に書かれているが、その屋敷はジェミニのものでもその親類のものでもない。第一区域にある離れで、貴族の中では最も立場の低い人間がいる一画だ。そのなかでも、特別に小さい。

「こんなところに?」

 見つけるのに苦労するわけだ。驚きながらも、見取り図を大事に畳んだ。まずは部屋に帰って一刻も早く記憶することにする。



 月の光が隠れるほどに砂埃の酷い夜だった。こういうときは砂が付着するので痕跡を残しやすい。注意が必要だ。移動はなるべく速やかに行うに限ると判断し、足早に進んでいく。

 目的の屋敷まで行くだけでも、結構な距離がある。だから、たどり着いたときには数時間は経過していた。

 肩で息をしながら、人混みのない通路の隅にまずは隠れる。このあたりは水路があるのか、地面には蓋があった。いざというときに逃れる場所として目星をつけておく。その後、溜まった砂をなるべく落とすと、目的の屋敷へと走った。そうして、壁に手を当てて、法陣を発動する。

 ふわりと僅かに発せられた光を受けて飛行石が力を解放する。その力に身を委ねて空を飛び、同時に姿を隠す魔術を発動する。高い壁を乗り越えたところで、屋敷の窓を探した。都合よく開いているところがあればよいが、そうは行かない。だから、新たに発動するのは鍵を開ける魔術だ。

 カチャンと鈍い音を立てて、窓の鍵が開いた。新しく覚えた魔術だが、上手く行ったようだ。簡単な構造のものしか開かないのが欠点だが、窓ならば余程問題ない。便利なものである。

 なるべく砂を払ってから中に入ると、そこはしんとしていた。頭に入れた間取り図では、客室の一つになっている。ここにワイズがいる可能性もあったが、静かすぎる。恐らくは別の部屋だろう。

 廊下に出ても、人気はなかった。想像以上に誰もいない。まるで、ブライトの屋敷のように静かだ。おかしな感覚を抱きながら、次の部屋を覗く。鍵もかけられておらず、簡単に開いた。

 静かだ。この部屋でもなさそうである。次の部屋も鍵は掛かっておらず、誰もいなかった。その次も同じで空っぽだ。さすがに嫌な予感がした。ワイズが見つからないだけならともかく、一緒に逃げたメイドたちやワイズの世話係ぐらいはいてもよいはずだ。それが一向に見つからない。

 続けて次の部屋を覗こうとした。先程までと同様にドアノブに触れて問題がないか、魔術の形跡を確認する。そのあとで、魔術で鍵の解除を試す。鍵がなければ発動しないので、鍵がかかっているかどうかの判別に使えるのだ。


 そして、今回は鍵の開く音がした。

 鍵がかかっているのならば、誰かがいる。息を吸い慎重に扉を開ける。廊下の光が入らない程度にうっすらと開けて、耳を澄ませる。暫くは静かだった。少しして耳が寝息を拾う。

 はっとした。子供の寝息だと気がついたからだ。

 けれど入るのはまだ躊躇われた。罠ではないかと疑ったのだ。悩んだ末、法陣をいつでも放てるように準備する。そうして扉を開いた。


 中は、こじんまりとしていた。ブライトの屋敷にあるメイドの使う部屋よりも一回りは小さい。だからこそ、部屋を間違えたかと疑った。

 けれど、子供の寝息は聞こえた。ワイズの遊び相手に、メイドの子供を充てがわれている可能性はあるだろうと推測する。そうすると、目的の部屋とは異なることになる。

 しかし、万が一ということもある。その顔を確認してから判断しても、遅くはない。ゆっくりと寝息のする方へと近づく。もし相手がメイドの子供ならば、起こすと大騒ぎされるかもしれない。だからすぐにでも魔術を使えるようにノートを握る手に力を込めた。

 そうして、見えてきたベッドはやはり貴族が使うには質素なものだった。近くにある窓も掃除がろくにされていないのかぼやけて見えた。お陰で明るさが足りず、まだ様子が分からない。渋々目を凝らし、更に近づいて、とうとう見つけた。

 子供が一人、眠っている。四歳ぐらいに見える。大きいので弟ではないと判断しかけ、それは間違いだと気がついた。勝手にブライトの頭の中では、弟が赤ん坊になっていたが、年齢上は四歳ぐらいでもおかしくない。確認するとしたら、年齢ではなく性別だろう。

 じっと見ると、女に見えた。線がとても細いからだ。しかしこの年齢なら、男でもあり得る。判断が意外とつきにくい。

 ブライトは父の手記を思い返した。ミリアによく似ているとあったのだ。それならば、外見で判断するしかない。

 線の細さに加えて、暗がりでも分かる白磁のようなきめ細やかな肌は、ミリアによく似ている気がした。髪は暗いせいで判別がしにくいが、栗色だろうか。さらさらしてみえる。子供からは触れたら壊れそうな儚さを感じさせられる。これについては恐らく、ミリアの特徴だ。


 ――――弟で、合っているのだろうか?


 いまだによく分からなかった。何せ、弟を見たことはこれまで一度もない。ただ、そうなのかもしれないと思うと、不思議と目の前の存在が他人には感じられない。


「ん……」

 子供がブライトの気配に気づいたのか起きそうな様子を見せた。隠れるか思案したが、足は動かない。視線が子供に釘付けになっていた。

 何が分かれば、確信を持てるだろうと思い悩む。声を聞けばよいのか、目を開ければ良いのか、それとも本人に問いただせばよいのかと。

 悩んだ末、ブライトは敢えて一番愚かと思える選択をした。

「あなたの名前は、何?」

 直接問うたのだ。


 きっと、ワイズがブライトのことを聞いていたら、素直に名乗ることなどしない。命を狙われる可能性があることは明白だからだ。ジェミニは少なくとも言い聞かせているのだろう。


 目の前の子供は、ブライトの声を受けて目を開けた。ブライトの姿を認めても、よく分かっていないようで叫びだすような雰囲気はない。代わりに、起き上がった。それに合わせて、砂埃で翳っていたはずの月が呼ばれたかのように、窓から光を注ぐ。ブライトと目が合ったその瞬間、スポットライトのようにはっきりとその色を捉えた。


 ブライトと同じ、赤い瞳をしていた。


 ごくりと息を呑む。胸に込み上げた感情は、意外にも親近感であり、愛しさだった。間違いなく弟だと確信した。栗色の髪に真っ白な肌。見た目はブライトと似ていなくとも、その子供を他人とはとても思えなかった。

 そして、目の前の子供もまた、突然現れたブライトを前にして動揺を見せなかった。寝ぼけているのではない。目を見れば、意識がはっきりしていることはよく分かる。

 そのうえで、子供は、少年の声ではっきりと答える。


「ワイズ。ワイズ・アイリオール」


 決まりだった。ブライトは手元のノートに最後の一閃を書き加えた。魔術の発動を意味する光が、二人を鈍く包んだ。

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