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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
798/994

その798 『ミズカラ』

 推測だけなら何とでも解釈できてしまう。


 ブライトはラクダ車に乗りながら、深々とため息をついた。つい先ほど、ヴァ―ルに見送られてラクダ車に乗ったばかりである。ヴァ―ルとの会話は、結局取っ掛かりにもならなかった。ただ、唯一進展があったとしたら自身の『手』に目星がつくかもしれないということである。とはいえそれも、無事に見つかれば、だ。あの感じでは、よほど力のない『異能者』が渡ってくることだろう。

「とんでもない休暇だなって」

 感想を漏らしたブライトは、ギラギラと光る太陽の熱を浴びて揺れている地面を見やる。すぐ近くの地面さえはっきりと見えない。それが不安を煽って仕方がなかった。


 屋敷が近づいてくると、すぐにブライトはハリーに指示を出した。

「ハリー、あたしを降ろしたら例の薬を買い出しに行ってほしいんだけど」

「かしこまりました」

 頼んだのは母への薬だ。精神を安らかにする効果があるという。

「分かっているとは思うけれど、身分は伏せてね」

「はい」

 せめて飲んでくれれば良いのだが、果たしてブライトが用意したものを口にしてくれる気があるのかがわからない。だが、動かずにはいられない。それで少しでも事態が変わるのであれば薬など安いものである。

「まぁ、安いものか。うん」

 ヴァールの屋敷の豪奢さを改めて思い浮かべる。家柄はアイリオール家のほうが上のはずだが、アイリオール家の資金は目減りする一方だ。散財はしている自覚はあるが、必要経費のはずだ。何がおかしいのか分からないまま進むしかない不安は、形容し難いほど気持ちの悪いものである。


 がたんとラクダ車が大きく揺れて、到着したと気がつく。ブライトはすぐにラクダ車を下りると、ドレスを脱いで汚れても問題ない格好に着替えた。早速溜まっている執務を片付け始める。


 日が暮れた頃にはすっかり、肩が凝ってしまった。ついでに腰も痛いし、目も疲れている。

「あたし、まだ未成年なのにこれじゃあお婆ちゃんみたい」

 感想を一人呟きつつ、ミヤンに作ってもらった食事を頬張る。書類の山は残念ながらまだ半数も残っている。奮闘の甲斐がない。げんなりしつつ、ミヤンへと視線をやる。

 今日もミヤンはブライトのすぐ背後に立って、ブライトの食事を見守っている。その目が隈だらけなのは気がついていた。顔も青白く、歩いていてもふらふらしているときがある。本当はお茶会に連れ出せる状態ではないのだろうが、替えは効かない。

「ミヤン。あたしは勝手にお皿片付けるから、他の仕事を片付けて。それで明日のお茶会に恥がないように早めに休んで」

 指示を出すと、ミヤンは礼をしてそそくさと出ていく。もともと要領が良いわけでないのに、屋敷の仕事の殆どをやらせているのだ。それに加えて、ブライトが連れてきてしまったメリッサがいる。心が壊れているせいで、揺すっても何も反応をしない彼女の世話を、ミヤンが引き受けていた。そういうわけなので、疲れが出ているのは致し方がない。

 だが、化粧で誤魔化せないほど顔に出るのは不味い。本当は人を雇いたいところだが、悪評のせいで中々人が来ない。そうすると、ミヤンが潰れかねない。これは嫌な悪循環になりそうだと言いたいところだが、そもそも循環できるほどの人も残っていないことに気がついた。困ったことに、屋敷運営の崩壊が近い。

「せめて、メリッサをどうにかしないと」

 ぶつぶつと呟くしかできない人間にできる仕事があればよいが、そうもいかない。食事も満足に取らないので徐々に衰弱していくだけだ。そのうちにきっと、死んでしまうだろう。

 本当はそうなる前にヴァールに引き取って欲しいところだ。特別区域には『異能者』以外の人間も混じっていると聞く。こうした人間の扱いにも慣れている気がした。

 しかしながら、心が壊れたメイドを連れていけばまず記憶を読まれてしまう。できれば情報が漏れるのはやめておきたいので、引き取ってもらうのは無理だ。そう考えるからこそ、打てる手が限られる。


 今、メリッサはマリーナによって周囲へ不在の説明がなされている。具体的には、体調不良で休みを取っていることになっているらしい。マリーナが死んだ今、このままメリッサが姿を消しても誰もブライトには行き着かない。家族が探したところで、アイリオール家に接触できるほどの家柄の人間は、マリーナの家のメイドにはいない。


 そこまで考えて、ブライトはいつの間にかメリッサがいなくなっても困らないことを確認している自分に気がついた。最悪だなと考えながら、味のしないライスを頬張る。

 ブライトがメリッサの心を敢えて壊したのだ。そのうえで、その命さえも消そうとしている。これでは『異能者』への仕打ちどころではない。ヴァールなどまだ可愛い。ブライトは普通の人に対しても道具のように人を捨てようとしている。

 けれど、悩んでもミヤンの負担が増すだけだとも分かっている。嫌だなと実感する。今度は母の指示はない。自分の意志で決めなくてはいけない。




 その後、魔術の試し打ちをしにいった。複雑な暗号だったから、威力はお墨付きだろうと思っていた魔術である。

「体力をじわじわと奪う魔術、かぁ」

 目の前にある遺体を前にして、ブライトは思わず口にする。

「威力ありすぎるよ、これ」

 お陰で、罪悪感を意識する時間もなかった。

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