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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
794/994

その794 『トッテモ残念』

 ファンダール家の屋敷には訪れたことがあったから、侵入は楽だった。水の音が絶えず流れているせいで、足音が気づかれにくい。暗闇の中、門番の間を素通りして中に入れば、使用人たちも寝ているのか人気が皆無だった。

 法陣を描いたノートを開き、一線を描き込む。そうして発動した魔術は過たずブライトの周りに届く光を歪めた。再び歩きだしたブライトは、階段を探す。

 狙いは、ネネ一人。そうなると、ネネの寝室を探すのが妥当だ。お茶会で訪れたのはガラス張りの壁が印象的な客間までだ。客間は一階にあって、二階以上は踏み込んだことがない。だからこそ、寝室は二階以上にあるだろうと見受けられた。持っている情報はそれだけなので、地道に歩いていくしかない。

 開いたページに更に書き込み、魔術を発動する。幸いにして窓が少ない場所を歩けているので、都度姿を隠す魔術を使う必要はない。

 とはいえ、油断は禁物だ。いつ誰が現れるとも知れない。

 可能ならば間取り図が欲しいところだ。幾ら自身の屋敷に比べて小さいとはいえ、少しの距離を進むだけで神経をすり減らす。そうして自覚できるほどの疲労を溜めていくうちに、階段が見えてきた。


 登ろうとしてから、はっとして一歩下がる。法陣が階段の壁に刻まれていた。分かりにくく小さく描かれているが、ブライトの目ははっきりと捉える。

 見たことのある魔術だ。記憶を遡り、光線を放つ魔術だと確信する。ブライト自身も覚えている魔術だが、少しでも掠ればあっという間に焼けただれる危険なものだ。これは、襲撃者がくることを想定しての準備だろうといえる。

 とはいえ、最後の一線が入っていない。通っただけでは危険はない。ブライトのノートと同じですぐに魔術が使えるようにする仕掛けがされている。もう少し観察して気がついた。失敗したと思われる走り書きがある。誰が描いても同じになる法陣だからこそ、精度が求められる。故に失敗そのものはありがちだ。問題は予め描いてあったとしたら、あまりにお粗末だということだ。いざというときに失敗作が紛れ込んでいたら、狙いの魔術が打てない可能性がある。ということは、これは間違いなく侵入者が来たことがわかって急いで描いたものなのだ。そしてそれは、恐らくブライトが屋敷に侵入したタイミングのどこかでだ。

 すぐに危機感を抱いた。不意打ちになるからこそ、侵入したのだ。想定されていたら、不意打ちにはなり得ない。そうなるとただの『魔術師』の子供であるブライトでは勝算は大きく減る。

 戻るか否か心が揺れる。少なくとも罠を張る以上、二階に目的の部屋がある可能性が高い。それが分かっただけでもよしとするべきかどうかだ。


 ――――危険を冒す必要はない。


 ブライトの判断は、『戻る』だった。階段を上がるのを止めようとして気がついた。下り階段がある。この屋敷には地下があったのだ。


 そしてそこから見覚えのある人影が伸びていた。


 あっと声を挙げるところだった。間違いなく、そこにはネネがいた。ばれていると焦ったが、すぐに姿が見えているわけではないと気がついた。見上げるネネの視点がどこかズレていたからだ。

 しかし意味もなく、夜中に立っているはずがない。侵入者を警戒しての行動とは嫌でも気付かされる。


「足音が止みましたね」

 ネネの一言で、ブライトの存在がばれているのだと確信させられた。同時に階段付近に陣取っている理由に気がつく。階段付近には水場がないのだ。水音で足音を掻き消すことができない。

「何らかの方法で姿を隠しているようですが、出てきては如何でしょうか」

 問われたブライトは頭を働かせる。ネネが何故階段で張れたのか、ブライトには分からない。しかし、まだ襲撃者が誰なのかネネには断定できないはずである。アイリオール家を怪しんでいたとしても、まさかブライト本人が訪れるとは思ってはいまい。

 だからこそ進んで自身のアドバンテージを潰すことはしない。ましてや姿を現したら、ネネの手元で光っている法陣を発動されかねない。

 そこまで考えて思い至った。ネネがてきとうに法陣を打てば光線が出て周囲の光の情報量が桁違いに書き換わる。ブライトは見つかってしまう。

 逆にネネにとって手元の法陣は侵入者を捕らえるための貴重な手段だ。近くに複数用意しているものの、一度放ってしまうと次の法陣を発動するまでに隙ができるものだ。ネネに賢さがあれば、安易な行動はできまいと悟るだろう。

「見つかっていないと思いですか? 申し訳ないですが、あなたの侵入は屋敷に入った瞬間からばれています」

 ネネの宣言はハッタリではないのだろう。恐らくは、屋敷に結界のような魔術を張っておき、侵入者が分かるようにしてあるのだ。故にばれたわけである。

 待ち構えたのが階段なのは、水音だけが理由ではないのだろう。あえての足場の悪さから、侵入者を逃さない意思を感じさせられる。恐らくは高速で光線を放つ自信がある。だから普通は守られる側にも関わらず危険を冒してでてきたのだ。その意思を形にするように、宣言の言葉がある。

「弟たちに手は出させません」


 ――――さて、どうするか。


 先行して魔術を放つ手はあった。例えば、魔術で水を出せばネネの元へと流れ込むし、混乱はさせられる。しかしネネの性格を考えると、水程度で動揺するとも思えない。

 むしろ姿を消す以外の魔術を使えば、ブライトの存在を思い至らせることになりかねない。そうなると、ネネに応援を呼ばれる可能性もあった。


 ネネを討つつもりならば複数の魔術を使えることは切り札として使いたい。


 悩んだブライトはすぐに手を打った。必要な魔術を頭の中で整理してから、まずノートの紙を破り捨てた。なるべく遠くに、期待する位置へと飛ばし切る。ひらりと、ブライトの手元から離れた紙が、魔術の効果から外れて一枚だけネネの視界に映った。

 ネネはすかさず光線を放つ魔術を使う。ネネの立場ならばいきなり現れた紙を見れば、魔術だと判斷する。紙に法陣が描かれているから尚更だ。危険がある以上、ネネは躊躇しない。紙を真っ直ぐに捉え、焼き割いた。

 ブライトは当然そうなることを見越したうえで、動いている。

 立て続けに魔術を発動する。光を曲げて透明になったかのように見せる魔術をだ。光線の光が満ちる瞬間、止む瞬間、どちらの光も計算したとおりに魔術として発動させきる。

 魔術を描いたばかりの指が高揚のあまりに震えそうになる。何より、ブライトからは姿が本当にかき消えてみえているか判断がつかない。ネネが、僅かな間にブライトの姿を捉えていたら、二発目がくるはずだ。


 緊張のあまりに煩くなる自身の心臓の音に紛れて、呟きが聞こえた。

「紙、だけ? でも確かに破る音が」

 ばれていないことにほっとする時間はない。ネネが、紙が現れた場所ではなく、ノートを破く音のする方へと光線を放つ魔術を発動するだろうことは読めている。それまでにブライトはその場から離れないといけない。

 すかさず、階段を駆け上がった。足音に気がついたネネが、

「待ちなさい!」

 と警告を発する。しかし、階段を折れた時点で閃光を放つにはネネ自身も駆け上がる必要がある。一度使ったからこそ、すぐには二つ目の魔術を発動できないわけだ。

 上がった先にある踊り場に、窓ガラスがあるのが見えた。雲間に月の光が見える瞬間を捉えて、焦る。光の位置が大きく変わるから姿がまたしても見えてしまう。そうなると、切り札も何もない。

 ブライトは走りながらノートを開く。ぐらぐら揺れる視界では、最後の一線を入れるのも一苦労だ。線が震えたら法陣は完成しない。故に勢いよく、記憶のある箇所へと書き込む。見もせずに発動した。


 瞬間、窓ガラスが粉々に砕けて割れた。それを追いかけるように、ネネが続けて放った閃光が窓ガラスの隙間を掻い潜っていく。

「待ちなさい!」

 再びネネが叫びながら、窓ガラスのあった場所へと駆け寄る気配がする。

分かれよ(ディスパーション)

 ブライトは小さく唱えてから、階段を進む足に力を入れる。今度は踊り場の先、二階へと続く階段を更に駆け上がった。

 そうしながらも所詮、ネネも魔術が使えるだけの一般人なのだと気がつき足を止める。

「この高さから、外へ? 姿を消す魔術ということはビヨンド家のはず、ですが」

 ネネがそこではっとして振り返る。


 惜しかった。ネネが作った法陣は過たずネネが先程までいた場所へと貫いた。

 それを避けたのは、ネネが身の危険を察知して避けたからだ。

「この可能性は考えていましたが、やはりそうだったんですね」

 閃光を放ったが為に、姿が見えてしまったらしい。折角の機会を逃してしまい、ブライトは対峙するしかなくなった。

 だからこそ、諦めて口にする。

「うん、とっても残念だよ。ひょっとしたら友人になれていたかもしれないのに」

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