その790 『訃報ヲ待ッテ』
唐突な問いに、ブライトは頭をフル回転させる。これはどういう意味の質問かと、タタラーナの表情や仕草を観察する。
「興味と言いますか、警戒はしています」
売国奴との噂を流されてはたまらない。そのため、答えられる範囲での回答を選んだ。何よりも最近、屋敷にその国に関する出来事で法陣を描かれている可能性があるので、嘘ではない。
「多少の関心はあったようで良かったですわ。簡単に言うと、サロンへのお誘いです。シェパングの有識者を呼んで、シェパングの文化や情勢を耳に入れるための」
シェパングの有識者を呼ぶとさらりと言われたが、簡単にできることではない。シェイレスタは表立っては他国との交流を避けている。そのため、周囲の国の情報は入りにくい。
「それは、一体なんのために」
逆にタタラーナが売国奴であるという噂を流せないものかと考えるが、さすがに隙を見せることはない。
「勿論、敵情視察です」
それどころか、タタラーナは付け加えた。
「わたくし達はいざというときのために常に把握しておく必要があるのではなくって?」
思いがけず、目を見張った。タタラーナがそうしたことを考えているとは思わなかったからだ。
「慧眼でしょう? もっとお褒めなさい」
「え? あっ、はい」
この辺りの反応は、ブライトのよく知るタタラーナだ。
「貴族たる者、来たるべき脅威には備えるべきですわ」
タタラーナの宣言に、しかしブライトとしてはまだ煮えきらない。
「それは同意しますが、何故あたしにこの話を?」
ブライトに飛び交う良からぬ噂がタタラーナの仕業と思うからこそ、ブライトはタタラーナからみて嵌めるべき敵ではないのかと考える。
「あら? わたくし前に申しましたわ。周りの力を使ったうえでの実力だと。それは、あなたとて例外ではありませんことよ」
「それは一体……」
タタラーナは断定した。
「あなたはこの誘いに乗るでしょう? わたくしの人徳のうちですわね」
力がいつの間にか人徳に変わっているが、実際にサロンの誘い自体は魅力的だ。ブライトは、シェパングについて知っておきたかった。そして、そのためのパイプを一切持っていなかったのである。
「……さようでございますね。勉学の為にも、是非ご参加させていただきたく存じます」
一礼をすると、タタラーナはそれで話は終わりだと言うように、立ち上がった。
「詳細は後日、手紙でお知らせしますわ。では、失礼いたします」
ブライトも慌てて立ち上がり、タタラーナを見送る。家格で言えばどちらが上か分からない態度だが、不思議と気にならない。だからこそ、タタラーナのことを注意すべきと判断していた母の考えが分かる気がした。
タタラーナには相手を敵に回しきらないように上手く立ち回るだけの頭がある。ブライトがココリコ家のお茶会は嫌がることを知ってかわざと王立図書館に場所を借りたり、ブライトが食いつきそうな暗号にしたりと、どうにも考えが読まれている節もある。そして恐らくはブライトよりも高い視点で話をしている。それが分かるからこそ、注意が必要と同時に学びもありそうだと直感する。
―――とはいえ、相手にすると不思議と疲れるのも事実である。
溜息をつきかけたブライトは慌てて口を閉じると、ミヤンとともに部屋を出た。面倒ごとは終わったので、後は本題をこなすだけだ。頼んでいた本をもらうと、ブライトは早速ラクダ車でそれを開いた。
「『異能者』に絡む文献はやっぱり少ないか」
頼んだ本は十冊程度。殆どが『異能者』についての文献だが、ここ数年の貴族間での事故や事件についてまとめたものもある。ブライトの読みが正しければ、リンクしだす箇所があるはずだ。
――――そして、多分それがあたしの件にも絡む。
ブライトがこうしてタタラーナとの面倒ごとを終わらせている間にサフィールへの対応は確実に動いている。後は手段だ。それさえ提供してやればよい。その筋道を立てるためにも、王立図書館に本を急いで申請したのだ。
「今日はこれと格闘したら大体終わっちゃいそうだけど、ミヤンは明日買い出しに行くんだよね? ちょっと頼まれてもらってもいい?」
一言も発せず淡々とついてきていたミヤンが、馬車の向かい側に座ったままこくんと頷いた。
「畏まりました。何をすればよいでしょうか」
「大したことじゃないよ。あたしが言う特徴の店を調べて欲しいだけ。多分都のどこかだから」
ブライトは頭の中で試算する。
「昨夜ウィリアム経由で教えてもらった貴族裁判だけど、時間的にはあと一週間は余裕みたい。そして、多分あたしの考えだと、向こうの動き次第とはいえあと数日ってところだと思う」
ミヤンは珍しく小首を傾げた。
「何が、でしょうか」
「喪服の準備をしておいてってこと」
そのとき、外で石の割れる音がした。カラカラと回るラクダ車の車輪が、小石でも踏み抜いたのだろう。
ブライトの宣言の通り、サフィールの訃報が届いたのは、それから数日後のことだった。




