その79 『(番外)自主訓練に付き合って(レンド編6)』
「おい、さすがに今回のはまずかっただろ」
訓練室にいるのは、レンドとヴェインの二人のみ。二人は魔物の檻を片づけて、部屋を掃除中だ。新入りたちは皆帰している。時刻は夜23時過ぎ。今頃はそれぞれ仮眠をとっている頃だろう。
「不可抗力だから仕方がないな。今後は反省を生かして、こういう取り組みはなしにしよう」
全く反省の色がみられないヴェインの棒読みに、吐息が溢れる。
「何が今後はなしにしようだ。もともと今回きりの作戦だろう」
「……まぁ、これで誰があてになるかははっきりしただろ?」
そう言われては、レンドとしては頷くしかない。今回、背を向けて魔物から逃げ出したテラについては、絶対に表に出そうとは思えない。
「いやぁ、アンナちゃんがあんなに動ける子だったとは見直したねぇ」
「そっちか」
ヴェインの感想にそう返しながらも、内心で同意する。レンドとしても確かに意外であった。ナイフの成績がよくないアンナだが、他の新入りが動けない中で唯一動いたのだ。おかげでアグルは命拾いをした。
「あぁ。あれなら、鉄則があってもその意義には反しないだろ」
ナイフが扱えない者は表に出さないという鉄則。その心は、実戦で逃げ出さないためだ。
「表は確定だな」
レンドも同意する。頭も良いので、大砲もすぐに扱えるようになるだろう。率先力として、期待ができる。
「だが、やはりやり方が滅茶苦茶だ」
ヴェインに釘を刺すのは忘れてはいけないと、レンドは口を酸っぱくして言った。何よりもこの同僚は放っておくとどんどん調子に乗ることを、知っている。
「全く、頭の固い奴だぜ」
ヴェインの言葉に、レンドはやれやれと肩を竦めて言ってやった。
「お前の頭が柔らかすぎるんだ」
次の日、レンドが仕事終わりに訓練室の横を通ると、そこには明かりが灯っていた。
時刻は夜10時過ぎ。この時間に講義はしていないので、自主的に誰かが訓練をしていると思われる。気になって中を覗くと、そこにはアンナとテラ、そしてアグルの三人がいた。
ちょうど、アンナがテラに向かってナイフを振り下ろしているところだ。テラのナイフが僅かに反れたことで、力を逃がされる。露わになったアンナの手のひらにナイフの柄がぶつかった。耐えられず、アンナがナイフを落とす。テラの勝ちだ。
魔物相手に逃げを決めていたテラだが、確かにナイフの技量はついてきているようである。
「自主練とは、精が出るな」
レンドは気になって声を掛けることにした。
三人は初めてレンドに気がついたようで、驚いたように振り返る。
「レンドさん……! い、いえ!」
慌てた様子で、テラが敬礼をしてみせる。アグルに、アンナがそれに続いた。
楽にしてよいと、レンドは手ぶりで合図した。
「よく三人で訓練しているのか」
聞けば、テラに首を横に振られる。
「いえ。昨日の出来事で、自分の情けなさを思い知りまして……」
苦い顔をしているが、言葉にはっきりと出せているのだ。そこまで引き摺っていないようにも見えた。同僚たちに励まされて進めるようになったのか、元々引き摺らない性格なのか、付き合いの浅いレンドでは判断がつかない。
「私も、……もっと上手くナイフが使えるようになりたくて。同じ班のアグルにもお願いして付き合ってもらっているんです」
アンナもそう言って、ナイフを握りしめる。
レンドは頭の中で、この三人の指導役を思い返す。すぐには出てこなかったが、しばらくして思い出す。
――――ヘキサは参加してねぇのな。
あくまで新入りたちによる自主練だから、指導役にまで声を掛けてはいないのだろうと推測した。
「なるほどな」
自主的な訓練は大いに結構だ。それこそ、ヴェインの無茶な作戦にも芽が出たということが証明されて、本人が聞いたら鼻高々だろう。
「まぁ、せっかくだ。少し付き合ってやろうか。全員、得物を構えな」
少し悔しい気もしたので、レンドとしてもやるべきことはやろうと決める。
練習用のナイフを手に取り構えたレンドに、慌てたように新入りたちが続く。思いがけない機会に緊張の面差しだ。
「よ、よろしくお願いします!」
テラの声に合わせて、残る二人も続いた。
レンドは三人ともが構えたことを確認すると、言った。
「じゃあ、今から三人で俺に向かってこい」
一瞬、戸惑ったように三人が顔を合わせる。
「どうした? 何か問題でもあるのか」
おずおずと、テラが声をあげた。
「あの……、三人がかりで、ですか」
「あぁ、そう言ったんだ」
どうも複数人で一人を襲うというのは気が引けるらしい。だが、一対一がよいと思っているようでは、魔物など狩れない。間違ってもここは騎士道なんてものがまかり通る世界ではないのである。
「お前たちが狩るのは人じゃねぇ。魔物だ。ここは魔物討伐のための訓練室だからな。俺のことも魔物だと思え。どうだ? 一対一で魔物に挑もうと思うか」
そこまで言われて、ようやく三人がその気になったようだ。ナイフを構え直した。
「それで結構」
はじめに飛びかかってきたのはテラだった。遠慮はいらないとばかりに、大きく振りかぶってぶつかってくる。まるで剣を扱うかのような戦い方だが、魔物相手に単純な力では負けると分かっているからこその判断だろう。
レンドはそのナイフを真正面から受けて立つことにした。
「なっ!」
テラの驚いた声がする。それもそうだろう。テラが両手でナイフをぶつけたのに対し、レンドはあくまで片手のままだ。一見すると力すら込められていないようにみえるだろう。
すぐに力では全く適わないとみたテラの決断は早かった。ナイフを滑らすようにして、間合いを詰めようと動く。
レンドは視界の奥でアンナが突きの姿勢で立ち向かってくるのを確認する。テラと刃を合わせている今が好機とみたようだ。
そこで、テラがナイフを滑らせようとして緩めた僅かな隙をついて、そのナイフごとテラを弾き飛ばす。あっという間に力に振り回されて隙を見せるテラの深追いはしない。代わりに突こうと向かってきたアンナのナイフの切っ先を、構え直した刃で受け止める。
切っ先は、ナイフの平に突き刺すようにしてぶつかった。レンドの持つナイフはまるで元々そこに立っているかのようにぴくりとも動かない。
動揺したアンナなど、到底レンドに及ばない。すぐにナイフで弾かれて、アンナは大きくたたらを踏む。
隙丸出しのアンナには、切り返したナイフが襲い掛かる。横なぎに弾き飛ばされて、尻餅をつくところまで確認した。
その間にやってきたのは、アグルとテラの両者だった。左右別々の方向からぶつかってくる。
集団戦闘に慣れていない割にはよい動きだと感想を抱く。ヘキサの指導が見えるようだ。個では弱い新入りを少しでも生かすために、集団戦闘に力を入れさせているのだろう。
けれど、新入りが魔物退治のプロになるにはまだ先が長い。
レンドは二人の距離が縮まるのを待って、ナイフを構え直した。タイミングを見計らい、一気に薙ぎ払う。
二人の手にしたナイフは、あっさりと空中を舞う。数秒後、そのナイフが床に転がる音が響いた。あとはレンドが武器をなくした二人に斬りつけるだけだ。勝敗が決するのはあっという間だった。
「つ、強い……」
呆然とした様子で、アグルがそう感想を述べた。
「どうしてここまで差がついたかわかるか」
レンドはアグルたちに問うた。
三人が顔を見合わせる。
「ナイフの技量か、複数人の利点を生かせなかったことか、それとも……」
可能性を挙げていくレンドに、アンナがおずおずと答えた。
「力です」
ナイフを手元に引き寄せて、眦を下げて続ける。
「レンドさんはただナイフを受け止めて弾いただけ。技量もあるかもしれないけれど、それよりも前に、その腕力に私は全く歯が立ちませんでした」
さすがに聡明なだけはあって、その答えは冷静に分析されたものだった。
「その通りだ。小手先の技術も、人数も、確かに大事だろう。だが、最低限の力がなければ土台に立つこともできやしねぇ。お前たちの敗因はその力が圧倒的に不足していたことだ」
――――ところが残念なことに、俺たちはどれだけ足掻いてもただの人間だ。人間の枠から超えることはできない。
レンドは心の中でそう続けた。人間が少しでも人外に追い付くには相当に鍛えなくてはならないのだ。否、正確には、鍛えたところで、初めてその片足に届くかどうかぐらいだろう。
現実はどこまでいっても厳しい。仮に鍛えたとしても、死ぬときは死ぬ。
ただ、レンドとしてはできれば彼らを無意味に死なせたくはない。死ぬと分かり切った素人を魔物の前に差し出すことは、命を軽視する行為だ。『スナメリ』にはそのような無責任なギルドになってほしくなかった。せめて最低限戦えるようになってから、魔物と対峙するようにしてやりたい。
「俺なんてただの人間だが、魔物はそれ以上の、純粋な力を持っている。だから、まずはそこから鍛えることだ」
そう、レンドは告げた。
「早く同じ土台に上がってこい。こっちは痺れを切らして待っているんでな」
そう呟きながら、レンドはナイフを片づける。今はもうこれ以上の付き合いはいらないだろうと思った。
「あ、あの!」
訓練室を後にしようとしているレンドに気付いたように、アグルが声を振り上げた。
振り返ったレンドに、三人が大声で声を張る。
「ありがとうございました!」
思いが僅かでも届いていることを祈った。




