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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
785/994

その785 『読メナイ表情ノ暴キ方』

 一か八かだったが、サフィールは捕まった。帰り際とはいえ、呼ばれた貴族の人数は多く、皆が領主と挨拶をしてから帰ろうとしていたために、屋敷から出るにも時間がかかっていたようだ。

 ちょうどサフィールが帰ろうとラクダ車を待っているところで、声を掛けることができた。

「あの、少しよろしいでしょうか」

「はい。どうかなさいましたか」

 振り返ったサフィールは、ササラと雰囲気がよく似ていた。物静かで線の細い印象を与える男だ。水色の瞳に白い肌は暑い砂漠の地には珍しい、雪の精のようであった。どこか人離れした顔には優しさや温かさというものが見受けられず、友の葬儀の帰りだというのに、何も感じていないようにもみえる。

 けれど、ブライトにはすぐに分かった。葬儀の参列で肩を震わせていた男がサフィールだったのだ。どちらが演技なのかは、これから判断するしかない。

「サフィール様とお見受けします。あたしはブライト・アイリオールです」

 ドレスの裾を持ち上げて挨拶をする。ちなみに、この場にはブライトしかいない。ブライトのいる後方、少し離れたところでネネとマリーナが隠れてこの会話を聞くことになっている。常人では聞こえない位置だが、シェラ家の者がいれば話は別だ。マリーナ曰く、聞き耳を立てる魔術は一家お得意の力なのだそうだ。

「これはこれは。アイリオール家の方でしたか。失礼しました」

 サフィールはすぐに腰を折って礼をしてみせる。

「いえ、とんでもございません。先日は、ササラ様とお茶をさせていただきまして。是非、ご挨拶をと」

「そうなのですか。ササラと仲良くしていただいたようで」

 微笑を浮かべられたが、背筋が寒くなった。どうみても、作り笑いと分かる笑みで不気味さを感じたのである。少なくともサフィールにブライトへの関心は微塵もなさそうだ。

 とはいえここで引き下がっては話にならない。平然と会話を進める。

「はい。ササラ様にはお菓子の試食もしていただいて、とても助かっています」

 にこりと笑いかけるが、返事はない。

「まさかその数日後に、一緒にお茶会をしたマリーナ様のお兄様がこんなことになるとは俄に信じられない心地ですが」

「えぇ、驚きでしたね」

 相槌がようやく返った。けれどサフィールから話を続ける気はないようだ。

「サフィール様は、グレン様とは?」

 思い切って聞いてみると、

「学生時代からの友人ですよ」

 とどこかうわの空の様子での答えが返る。ちらりとサフィールの視線が外に向いたのを捉えた。どうもラクダ車がまだ来ないことに苛立っているようだ。ブライトの視線に気がついたようだが、隠す様子もない。ブライトからすると失礼にあたる行為だというのにだ。こうも取り付く島がないと、何を話すべきかが悩ましい。

「……まぁ、そうなのですね。妹様がおられるもの同士、気が合うことも多そうです」

 少し間が空いたが、マリーナとササラの話を持ち出すことにする。

「そうですね。意見はよく合ったかと」

「まぁ、やっぱり。そうでしたか」

 笑い掛けるが、サフィールは作り物の笑みさえ引っ込めている。こうなってくると、ブライトとしては無理にでも話を繋ぎたいところだ。

「そうなりますと……、今回のことはさぞショックでしたでしょう?」

「えぇ、急な病ですから」

 言葉とは裏腹に、あまりにも感情の起伏に乏しい平坦な声だ。相手の感情が読み解けない分、やりづらさを感じる。これはブライトが出るよりもネネに頼んだほうが良かったかと後悔するほどだ。気のせいでなければ今頃マリーナがやきもきしているだろう。

「ご友人ということは、頻繁に会われていたのですよね?」

 悩んだ末の質問に、サフィールはようやくそれらしいことを話しだした。ブライトのしつこさに観念したのかもしれない。

「友人とはいえ、そこまで交流はありませんよ」

「そうなのですか?」

「今では互いに家のことで忙しい身の上ですし」

 じっとサフィールの言葉を待つ。そうすることで、次の言葉を引き出せた。

「……ただ、一週間前に会う機会はありまして、そのときはいつも通りでした」

 恐らくすぐにばれることだと思ったのだろう。ブライトとしてはここから会話を続けられる。

「そう、一週間前に会われていたんですね。それなら、何の病かはお聞きしたのですか」

「いえ、そこまでは。あのときは元気でしたし、今になって親族の方に根掘り葉掘り聞くのも失礼かと思いまして」

 にこりと張り付いたサフィールの笑みが戻ってきた。相手のいらいらが伝わってきたように感じられ、思わず自身の顔が強ばりそうになる。

「それもそうですね。でも、こうはいってはなんですが、一週間前となると伝染されていないか心配にはなりませんか?」

「あぁ、それはまぁ、そうですね」

「……症状などお聞きしたほうが安心できそうかと感じましたが」


 ――――聞かないなんてまるで最初から病のことを知っていたようではないか。


 ブライトの言葉のない指摘に、サフィールの目が細められる。ここで何も反応がなければきっと、サフィールは無関係だった。それが僅かでも反応としてでてくるのだから、何かしら思い推測してしまうことがあるのだ。

「大丈夫だと思いましたので」

 サフィールの舌の滑りが悪くなっているとはすぐに気がついた。

「というと?」

「先程申しましたようにあのときは互いに元気でしたし、私は今も何ともありませんので」

「あの、ですが」

 ブライトは、すっとサフィールに手を伸ばした。サフィールがはじめて驚いた顔をする。

「なっ。何でしょうか?」

「いえ、襟に埃がついていたもので」

 にこりと笑うと、動揺を隠すように咳払いをされた。

「それは失礼。では、私はこれで」

 何か不気味さを感じたのだろうか、サフィールは無理に会話を区切る。何か言おうとしたところで、ラクダ車がやってくる音がした。こうなると、これ以上聞くことは難しい。そう判断したブライトは一礼をしてサフィールを見送った。



 

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