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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
782/994

その782 『続ク』

「お母様? 次とは……。いえ、そもそも何故ビヨンド家で」

 辛うじて吐き出した言葉は、掠れていた。ビヨンド家のササラの顔がちらついて仕方がない。


「ビヨンド家は、アイリオール家の敵だからです」


 ブライトではビヨンド家が残した法陣の真意は引き出せなかった。お茶会はまだ一回だけで、これから数をこなせばササラがアイリオール家に対し何を思っているかも分かってくるだろうと考えていた。にもかかわらず、まるで決定事項のようにそこには『敵』との文字がある。

 考えられるとしたら、母の『手』という存在だ。ブライトでは調べきれない情報を集めて、母に提示しているとみた。母は自身の『手』を信頼しているのだろう。そこに断定の響きがある。

「けれど、相手は『魔術師』です! ハレンのときも運が良かっただけで、あんな偶然は中々ないと思います」

 母がガリガリと文字を綴る時間がやたら長く感じた。投げ捨てられた紙を拾うと、そこには


「母の願いが聞けないのですか」


 と、書かれている。途端、衝撃が走った。

「そんなことは! ただ、あたしは心配で……。あたしが失敗したらお母様にもご迷惑が…」

 母の冷たい目が変わらないせいで、メモを拾った指先が震えている。

 母の願いならばそれが何であれ、ブライトには受けるしか選択肢がない。たとえ、水なしで砂漠を横断するよりも無謀なことであってもだ。

 ブライトの様子を見てか、母は続けてメモを渡してきた。

「あなたが心配することは何もありません。ビヨンド家は敵だと認識さえすればよいのです」

 そこには、肝心なことが何も書かれていない。代わりに実行しない選択肢はないのだというはっきりとした意思を感じさせられる。




 結局、詳しいことが何も伝えられないままに、部屋をあとにする。とぼとぼと自室に戻ったブライトの頭の中は既にぐちゃぐちゃだった。

 考えたくなかった。また自分自身の手で誰かを殺めるという恐ろしさを思うと、手が震えて仕方がなかった。

 それに、そもそもが無理だ。相手は同じ『魔術師』なのだ。平民の家庭教師ならば、亡くなっても騒がれることはない。けれど、『魔術師』同士ならば話は別だ。騒ぎになるし当然魔術による死を疑われ調査もされるだろう。ばれた場合、ブライトは恐らく貴族裁判にかけられる。魔術がかかっていることはばれるだろうから、母の身も安全ではない。

「嫌がってないで、何か考えないと……」

 気持ちを切り替えるために、声に出した。魔術書を理解するときもそうだが、基本的にブライトは声に出したほうが状況を整理しやすいのだ。その分、周囲への音漏れには気をつけておく必要がある。


 もし、ビヨンド家の長男と会う機会があるとしたら、明日の葬儀だ。そこでせめて顔ぐらいはきちんと見ておきたい。欲を言えば明日仕掛けられたら都合が良い。まさか接点の殆どない人間がビヨンド家の長男を殺害するとは思わないだろうからだ。

 だが、入念な準備ができない分ボロは出やすい。それに荷物検査ぐらいはあるだろう。アイリオール家でさえ、父のことを聞きつけた魔術師たちは法陣を描いたノートを持ち込めなかった。故に屋敷の中に直接描いて跡を残したのだ。

「法陣は極力小さく描けば目立たないから隠せると思われがちだけど、あたしは見つけた」

 つまり、ブライトが同じように法陣を描けば見つかる危険があるということだ。この危険はおかせない。そうなると自分の体に描き込むことだが、それでは証拠を抱えて過ごすことになる。これも危険が大きい。

「テープは剥がれたら怖いよね」

 いつでも捨てられるとはいえ、テープ類を身体に貼るのも厳しいところがある。

「そうなると、服?」

 喪服のどこかに法陣を描いて発動させるという案だ。しかし、魔術は使うと光るのでばれないようにするのは至難の業だ。

 ちらりちらりと考えた案は、一つずつ潰していけてしまう。そうなると案が尽きるほうが早く、いよいよ先行きが見えない不安に駆られることになった。

「やっぱり、顔を確認するのがせいぜいかも」

 そう結論付けるしかない。少しだけほっとしている自身がいる。けれど先送りをしたところで、母の気持ちが変わらない以上ブライトのやることは変わらない。そう思うと胸が塞ぐ心地がした。




 シェラ家の屋敷を訪れたのは、実は今回で三回目だ。ブライトがマリーナを屋敷に呼ぶ前に、二回マリーナに呼ばれて茶会に参加している。そのときはササラとは別の令嬢たちと五人程でテーブルを囲んだ。大事な話は大して聞けなかったもののとても賑やかだった。

 今回はこれまでと違い、屋敷全体が悲しい空気に包まれている。使用人たちの顔も一様に暗い。使用人の男に案内されるままに長い廊下を歩いていると、寒々しい空気が足元から伝わってくるようだ。それにつられて、参列者の顔も暗い。それもそうかもしれないとブライトは考える。今回亡くなったシェラ家の長男グレンはまだ二十歳後半の若者だ。父が健在なので当主の座を継いでもいない。だが確実に継ぐ予定はあっただろう。勉学の為に、いろいろな地域を訪ねているとは聞いていた。

 シェラ家の長男のことを考えていると、反対側から案内の終えたメイドの一人が歩いてくる。通り過ぎようとしたブライトに向かって頭を下げた。


 ――あれって?


 気になったが、今は関係ない。ブライトは視線をメイドから外すと、使用人が開けた扉の先へと進む。開けられたそこは、中庭になっている。葬儀はアイリオール家と変わらない。熱を感じないように水の魔法石を使って冷やしているが、外から照り付ける熱気はじりじりとブライトの肌を焼いた。眩しさに目を細めると、少し歩いた先で受付の列があるのを確認できる。

「受付はこちらにございます」

「ありがとうございます。ここまででよいです」

 忙しいだろうから、使用人は早めに解放してやる。そうしてできた受付の待ち時間に周囲を見回す。残念ながら、ビヨンド家の長男らしい人物は見つからない。せめてササラが来てはいないかと思ったが、その姿も見つからなかった。


 受付をすませたブライトは、参列の席に座ろうとしたところで、マリーナを見つけた。すぐに挨拶に伺う。

「この度のことは誠にお悔やみ申し上げます」

「ブライト様。お越しいただきありがとうございます」

 マリーナの目は赤く腫れていて、泣いていたのだとすぐにわかった。真っ黒なドレスは彼女にはあまりに不釣り合いだ。

「あの、すみません。私、こういうときどうしたら良いか分からなくて。急に兄が亡くなって言われても、困ってしまって」

 マリーナが吐露する言葉は本音だろう。相当に滅入っているのはよく伝わってくる。

「気をしっかり持ってください。あたしで力になれることがあれば、手伝いますから」

「ブライト様。ありがとうございます」

 マリーナはそこで声を萎めた。

「実は……、葬儀の後見ていただきたいものがありまして」

 意外なお願いに、内心舌打ちをしたくなった。どうやら予想外のことに巻き込まれそうだと気がついたからである。これでは、ビヨンド家の長男に声を掛ける時間がなくなりかねない。

「分かりました。では、葬儀の後残るようにしますね」

「はい。ありがとうございます」

 とはいえ、まさか断るわけにもいかない。それに、シェラ家の法陣の件もここから辿れる可能性がある。アイリオール家の葬儀に来たのはそのグレンだからだ。だからブライトはそう答えた。


 挨拶が終わり、参列の席につこうとして、気がついた。既に席についているなかに、見知った顔がいる。まさか無視するわけにもいかない。ブライトはすぐに声を掛けた。

「ネネ様。お越しになっていたんですね」

 ネネはブライトを見上げて、席を立つ。

「ブライト様。はい、父の代理で参りました。あの、良ければお隣へどうぞ。あまり同年代の方がいらっしゃらなくて正直困っていたんです」

 それもそうだろう。ここにいるのは、大体が都にいる当主か次期当主、そしてその妻だ。代理出席も多いが、代理に選ばれるのは殆どが男である。若い女が代理出席するのは、ブライトだけだと思われた。

 ネネに勧められて、ブライトは大人しく隣に座った。本当のところはビヨンド家の長男を一目確認したかったので一人で座りたかったが、意外と見つけられない。だから一旦断念することにした。

 そうしていると、少しして話し声が聞こえてくる。大体が久しぶりに顔を合わせる『魔術師』同士の挨拶だ。女同士ならばお茶会を使うが、男同士だと交流方法が異なる。位が高ければ互いに顔を合わせる機会は多いが、今呼ばれている貴族たちの殆どは領土を持っていない小さな家なのだろう。だからか、まるで同窓会の場のようだ。

「病死と聞いていますが、本当に最近多いですね」

「そうですね。マリーナ様が心配です」

 ネネに声を掛けられて相槌を打っていると、人が増え、葬儀が始まる。魔法石により炎が焚かれると、その煙がもくもくと上がっていった。



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