表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
777/994

その777 『冗談ト言ッテ』

 今日という日をなるべく穏やかに過ごした。お茶会までは今日のネタを用意し残りを魔術の習得の時間とする。そうして、お茶会にはいつも通りにこにこと笑みを浮かべて参加する。お茶会が終わったあとは、令嬢のいない家を味方につけるべく手紙を書いた。勿論、新しい家とのお茶会のお誘いも忘れない。そうして、ブライトなりに作った分布図を纏める。この分布図は、シェイレスタたちの『魔術師』たちの立ち位置を表すものだ。今は殆どの家が、青色と灰色に塗られている。青はワイズを支持する家の色、灰はまだどちらを支持するか分かっていない家の色だ。

「失礼します」

 トントンと執務室を叩かれて、ブライトは分布図を描いた紙をしまった。

「入って良いよ」

 扉を開けて入ってきたのはウィリアムだ。その手には地図がある。

「奥様から、ブライト様にお渡しするようにとのことでございます」

 ウィリアムは執務室の机に地図を広げる。それは、どこかの屋敷の中を記しているようであった。

「この地図は一体?」

 疑問を口にしながらも、地図の右上に書かれた文字を読む。


 ―――私の『手』が持ってきた地図です。


「手?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「『魔術師』が持つ人形のことでございます」

 答えたのはウィリアムだ。

「ウィリアム、知っているの?」

「はい。『魔術師』は一人で全てをこなすことはできません。そのために、絶対に裏切らない人間を用意するのです」

 淡々と告げるウィリアムだが、『人形』や『絶対に裏切らない人間』といった言葉は決して聞き流してよいものではない。

「それって、もしかしなくとも人を人形のようにしたって聞こえるんだけど?」

 ウィリアムは小さくはにかんだ。だからこそ、それは肯定しているとしか考えられなかった。

「では、私はこれで失礼します」

 ウィリアムが部屋を出ていくのを確認し、ブライトは改めて地図を見下す。

「どこかの屋敷で間違いないけれど」

 行ったことはない屋敷だ。その地図を渡してくるということは、何か意図があるのだろう。よくよく読み込んでいくと、地図には経路が書いてある。侵入口と思われる場所にチェックがされ、出口に続いているような描写がされているのだ。

「この地図を頭に入れて、侵入しなさいってことかな」

 無関係なものをブライトに渡すとは思えない。魔術を覚えきった頃合いを見計らって、ブライトに寄越してきたということは、これはハレンに関わる地図だろう。実際、地図に丸をつけられた場所には、『家庭教師などが滞在することが多い』という文字が付け加えられている。


 ――――これはお母様の文字じゃない。


 地図の右上に書かれた筆跡も、よく見ると違っている。母の『手』が書いた文字だろうか。

 気になったが、まずは地図を覚えるのが先だ。もう夕方なのである。母への報告の前に覚え切らなくてはならない。


 頭に入れたところで、トントンとノック音が聞こえてきた。

「ブライト様。頼まれていたものの準備ができました」

 ハリーだ。重い気持ちに蓋をしてブライトは、立ち上がる。

「ありがとう。大変だったでしょう」

「いえ。都のほうまで下りましたら、これでもかと融通してもらいまして」

 都にはよほど出るらしい。衛生状態が気になるが、今はそれどころではない。

「とりあえず、倉庫に入れてあります」

「小屋はさすがに用意してあるんだよね?」

「はい」

 少し安心しながらも、倉庫まで歩く。ハリーには見せたくなかったので、途中で別れた。倉庫につくと、途端にチューチューという鳴き声が聞こえてきた。獣臭い匂いが、鼻を刺激する。

「うぅ。やっぱり嫌だな」

 魔術をぶっつけ本番で使うのは至難の業だ。だから、何かで試さないといけない。黙っていると、ミヤンで試すことになりそうで怖かったので、ブライトなりに用意したのだ。

「動物でも効果は同じはずだけど」

 それに命は命だ。後で海に流すから許してねと言ったところで、動物からしたらとんでもないことだろう。それに、たとえ処分予定のいらない生き物を寄越すよう都の人々にお願いしたという経緯があったとしても、この手に残る嫌な感触は変わらない。

「ごめんね」

 せめて苦しまない魔術を覚えたかった。




「お母様。本日の報告に参りました」

 報告内容の主題は魔術の習得が完了したことだ。そして、地図の内容も覚えたと伝える。記憶を確認され、いつもの通りメモが書かれた紙が落ちる。


「明後日があなたの誕生日でしたね」


 返ってきた内容は、意外なものだった。

「は、はい」

「では、決行は明後日としなさい」

 続けて渡されたメモに、理解する時間が必要だった。

「明後日ならば、怪しまれにくいでしょう。渡した地図をもとに一人で行ってきなさい」

「あの、明後日はお茶会が」

 正確にはブライトの誕生日を祝う会だ。フィオナが『喪に服していたとしても、ブライト様の誕生日まで祝わないのではお父様も悲しまれるのでは』などと手紙を送ってくるので、無碍にできず呑んだのである。

「その後で問題ないでしょう。誕生日に人を呪う『魔術師』がいるとは思われにくいですから」

 渡された文面に、くらくらとした。けれど、垂れ幕の隙間から覗く母の赤い目は真剣だ。いよいよ冗談ではないのだと気づかされる。言われていることの大きさに改めて体が震えた。

「あの……、ですが、本当にあたしが? その、上手くやれるとは到底思えないのですが」

 ことの大きさもそうだが、そもそもブライトはまだ子供なのだ。それどころか屋敷の外に出る機会も、お茶会ぐらいでしかない。相手の屋敷に一人忍び込むなど、出来るとは思えない。

「姿を消す魔術は覚えているはずです。どんなに考えてもあなたしかいない。そして、これしかない」

「それがお母様の?」

 ささっと書かれたメモは、破滅への宣告のようであった。

「そう、望みです」



 怖くて寝付けなかった。夜明けまで数時間とはいえ、寝ておかないと身体がもたない。分かっていたのに、目を閉じると倒れた鼠の姿が浮かんだ。それを今度は人で行うと思うと、途端に吐き気が込み上げた。口元を抑えて胃液を呑み込んだ。涙が溢れて止まらない。誰かに変わってほしいと言いたくて仕方がなかった。

 けれど、母の姿が浮かび上がると、その思考が途端に途切れた。どうして泣いているのか自分でもよくわからなくなる。魔術の影響と分かっていても、どうにもならない。

 諦めて起きると、魔術を何度もおさらいする。特に難しいのは人を殺める魔術ではなく、姿を隠す魔術のほうだ。光の射し込む角度が少し違うだけで、見つかってしまう。万が一にもそうなって大事になったら、ブライトたちは破滅する。そうしてら、おしまいだ。だからこそ、徹底的に復習した。そしてなるべく明後日が来ないように祈った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ