その773 『次ニヤルベキコト』
「本日は無理を聞いていただきまして、ありがとうございます」
ブライトはグレイス家のヴァールの元へと訪れていた。ジェミニが外堀を埋めてきている以上、ブライトたちもまた動かねばならないと考えたからだ。令嬢のいる家はお茶会の形で、それ以外は手紙を出しやり取りを重ねる。そのうえで最初に会いにいくことになったのがヴァールだった。
グレイス家の屋敷は、特別区域から最も近い位置にある。ブライトの屋敷とは距離があるために、ラクダ車で乗り付けた。
「とんでもありません。わざわざご足労いただくとは申し訳ない」
正門で迎えられて、ブライトはすぐにヴァールに礼をした。アイリオール家よりはずっと小さな屋敷だが、グレイス家の屋敷はとても豪奢だ。ヴァールに案内されて屋敷のなか、長く続く廊下を進んでいくと、その至る所に装飾品が飾られている。どれも年代物の希少な一品だ。
「あれは、有名な紅の金剛石ですか? 形がとても整っていますね」
見つけた宝石で名前がわかるものがあったので、発言をする。
「よくご存知ですね」
ヴァールの返答は簡潔だ。補足説明もないあたり、ヴァールが趣味で集めたものでもないのだろう。
グレイス家が何を考えているか知る。それが今回のブライトの任務だ。こうしたちょっとしたことにも気を配るようにする。そうやって見えてきた人となりから、目的を知ることに繋がるときもあるからだ。
「こちらで寛ぎ下さい」
案内された客間にも、装飾品が飾られている。先程ブライトが発言した紅の金剛石を使ったネックレスも飾ってあった。きらきらと赤く光っている。
装飾品に囲まれるようにして置かれたソファは赤く滲んで見えた。案内されるままそこに座るとすぐに、
「粗茶でございます」
と給仕から水を配られる。
「ありがとうございます」
水に飾り気はないが、甘く感じた。女子供であるブライトに配慮して甘めに作ってあるとみた。
「それで、私に話があるとか」
ヴァールが早速話し始めたことに、内心でほっとする。お茶会と違い、回りくどさがない。なんて気楽なのだろう。
「実は、困ったことになっていまして」
「クルド家のジェミニでしょう。私の元にも来ましたよ」
さらりと言われ、ブライトの肩が強張る。
「あなたは素直な方のようです。顔に出ています。おいくつでしたか?」
「失礼しました。……来月、十歳になります」
「それはそれは。致し方がないことかもしれませんね」
ヴァールは子供であるブライトに諭すように話をする。
「では、本題に入りましょう。ジェミニは、アイリオール家に男の後継ぎがいるとの話をしにきました。それで、仲介を頼みたいと言うのです」
「仲介?」
「ベルガモット様とジェミニとの話し合いです」
それはまずい。母は今、口がきけないのだ。話し合いはできない。そしてその事実は可能ならば伏せておきたい。基本的にはアイリオール家の逃げ出した使用人やメイドから伝わらない限りは知られていないはずの情報だからだ。
「話し合いはあたしが出ます。あたしのことですから」
「話す気があるのは良いが、本筋はそこではないのですよ」
頭に疑問符を浮かべるブライトに、ヴァールは丁寧に答える。
「正直にいうと、私は男が後を継ぐべきだという考え方は既に立ち行かなくなっていると思っているんです」
ヴァールは例を挙げていく。
「国王様にはまだ息子が一人いらっしゃるから問題ないですが、フェンドリック家もご息女が一人いらっしゃるだけだ。親戚も、表向き亡くなっています。そして、グレイス家に至っては子供が一人もいないときている。アイリオール家も本来ならブライト様だけだった。シャイラス家も家格は高いですが、お子さんはまだいらっしゃいませんね」
フェンドリック家の表向き亡くなっている親戚とは、イクシウス側には親戚がいるからということだろう。そして、グレイス家についてだが、ヴァールには妻も子供もいない。妻は昨年亡くなっていたはずだ。このままだと親戚が継ぐことになるだろう。
紅の金剛石のネックレスが視界の端で光っている。あのネックレスが飾られたままなのは、つける人間がいないからなのだと改めて意識する。
「分かりますか? シェイレスタは過酷な地ということもあり人の死が蔓延っている。既に立ち行かなくなりつつあるんです」
「ヴァール様はそれでは、あたしがアイリオール家を継ぐべきだと?」
これはシェイレスタの歴史を覆すような突拍子のない発言だ。だからこそ確認をとった。
「というより有能な者が告げばよいでしょう。私からみてあなたは魔術における天才だ。これだけの才能を捨て去るのは勿体ないと思います」
「あ、ありがとうございます」
ヴァールは味方だと思ってよいのだろうか。ブライトは思わぬ称賛に振り回されそうになる。
期待したいところだが、まだ確認が足りない。
「一つ御聞かせください」
「何でしょう?」
ブライトは心の中でだけ深呼吸をした。聞きたいことを確実に聞いておきたかったからだ。
「特別区域にいる異能者についてです。彼らのことはどうお考えですか?」
「彼らについてはあなたが気にすることではありません」
その言い方が気に掛かった。
「……実は、その少し興味がありまして」
「興味? あなたのような子がですか?」
「はい。異能は魔術紛いの力だとお聞きしたもので」
ヴァールの眉がぴくりと動く。ブライトは、次の発言も合わせて考え、ヴァールが納得した証なのだと判断した。
「そういうことですか。魔術に強い関心があるのは良いが、あの者たちに触れすぎるのは感心しませんよ」
「特別区域管轄のあなたがそれを?」
「管轄だからです。ああいう力は、人を怠惰にさせる」
意外な言葉に、ブライトの頭には疑問符が浮かぶ。
「怠惰、ですか。異能が魔術に似ているのならば、異能を元に魔術を生み出すこともできるのかと踏んだのですが」
むしろ研究になると告げたブライトにヴァールは僅かに視線をずらした。
「その意欲は結構です。しかしながら……」
ヴァールははっきりと明言した。
「有体に言って、あなたには早すぎる。成人してからお越し下さい」
ヴァールの理屈では『異能者』と関わるのに年齢が大事らしい。
「それはどういう繋がりが……」
「それが分かってからお越し下さいと言っています」
言うべきことを封じられてブライトは押し黙った。しかし、ヴァールが嫌がらせで止めているわけではないことはその真剣な目から何となく伝わってくる。ここは大人しく退いておくべきかと思案する。
「畏まりました。では、それまでは自身の魔術の精進を優先します」
明らかにヴァールはほっとした顔をした。
「それが良いでしょう」
極端な反応の意味がわからないままに、他にも聞きたいことを聞き出しておく。そうして、会話を終えるとブライトはその日の出来事を報告しに帰るのであった。




