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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その77 『(番外)悪知恵(レンド編4)』

「レンド! そっちにいったぞ!」

 声に舌打ちしながらも、レンドは湿原を駆けている。

 背の丈程ある草が生い茂っていて、視界がきかない。そのうえ、足場はぬかるんでいて滑りやすいときた。しかも、じとっとした湿原の独特の空気のせいで、汗だくだ。

  そうしたなかで、草の揺れる音を聞く。それがレンドへと向かって大きくなっていく。先ほどのヴェインの声の通り、魔物がやってきているのだ。

 草の動きを読みながら、大きく迂回するように魔物へと向かう。今やってきている魔物は、口を閉じてもはみ出すほどの大きな牙を持っている。正面から向かっては、その牙に大穴を開けられてしまう。

 草の動きが、忙しくなる。大きくうねりを描いたその瞬間に、レンドはナイフを前へと突き出した。

「ここだっ!」

 掛け声とともに、感触を捉える。

 ナイフより僅かに遅れて、レンドの体は草をかき分け魔物へと突っ込む。踏み込んだ先で、足元の泥水が跳ねる音が聞こえた。

 赤茶色の短毛を捉える。魔物の体皮を突き刺した独特の感触がナイフから伝わってくる。すぐに、ナイフに力を込めたまま、横なぎに走った。魔物の体皮は固い。歯を噛みしめながら、それをめくりとらんばかりに斬っていく。

 普通の人間なら横腹を割かれたら致命傷だが、魔物相手ではそうはいかない。倒れる気配がない代わりに、怒ったようなうなり声がレンドの耳に届く。

 怒りの矛先が完全にレンドに向いたことを確認すると、逃げるように湿原の中を走った。すぐに魔物がその後を追いかけてくる気配を感じる。

「うまくいったぞ!」

 叫びながら、レンドは必死に走る。かけっこは、得意だ。逃げ足が速い者ほど、戦場では生き延びることができる。

「C地点で合流な」

 遠方からのヴェインの声を拾いながら、魔物を引き受けてしまったことに苦い顔をしたくなる。言い出しっぺはヴェインなのだから、本当は全てヴェインへ押し付けたかった。

「っと、あぶねぇ!」

 追いつかれないようジグザグに走っていたレンドのすぐ横から、草を薙ぎ払うように突き抜けた爪が迫る。

 慌てて横跳びに避けたせいで、泥水を背中から浴びる羽目になった。自身の身格好を気にしている場合ではないので、すぐに態勢を立て直し、再び走り始める。

 魔物が思った以上に近い。そう判断すると、腰巾着を漁って魔法石を二つ取り出す。すかさずその一つを上へと投げた。

 途端、魔法石を中心に風が巻き起こる。生温い風を取り払い、清涼な空気が覆っていく。それに合わせて、湿原の草が一斉に揺れた。

 赤茶色の体毛がすぐ近くで見つかる。虎のような形をした魔物だ。血染めの虎(ブラッドタイガー)という名前がついている。

 魔物もレンドの姿を捉えたらしい。ぎょろっとした黄色の目に、レンドの赤髪が映り込んでいる。レンドを食いたいのか、牙から涎のようなものが垂れていった。

 すかさず、レンドはもう一個の魔法石を魔物へと投げつける。魔物のすぐ目の前で、その力が解放された。

 光が、射貫くように魔物へと突き刺す。悲鳴が上がって、効果があったことが分かった。

 目眩ましをしている間が機会だ。再び漂い始めるじめっとした空気を感じながら、レンドはひたすらに距離を離す。

 その頃には風が止み、草の動きが大人しくなる。同時に魔物が立ち直りレンドに向かって走ってくる音を聞く。それは段々大きくなっていた。近づかれる前に、目的地へと足を動かす。そうして走り抜いた先で、ヴェインが待っていた。

「お、ご苦労さん」

 呑気な言い草に、殴ってやりたくなった。ヴェインを追い越したレンドは、そこで後ろを振り向く。

 魔物は想像以上に追いついてきていた。ヴェインのすぐ目の前を通り抜けようとして、そこで態勢を崩す。なんということもない、脚に紐がかかっただけだ。

 しかし、それを合図に罠が発動した。魔物のすぐ上から鉄製の檻が降ってくる。避ける間もなく、魔物はその中に納まった。

「お仕事、終わり」

 魔物が悔しそうに檻をひっかいている。動かないとわかると、何度もぶつかった。檻がガタガタと揺れる。

「うんうん、迫力もばっちり。これなら効き目があるかもな」

 魔物の目の前で、先程からのんびりと感想を述べているヴェインに、レンドは疲労が溜まって物も言えない。

 つまりは、これがヴェインの作戦なのだ。獰猛な魔物に慣れてもらうために、檻の目の前に立たせるという。それで効果があるのかと言いたくなるが、そこは問題なしとヴェインは自信満々だ。

「これで、五体だがまだ足りねぇのか」

 ようやく口を開ける程度に回復したところで、聞いた。今回のように上手く罠にかかってくれる魔物も少ない。空振りを含め、これだけのことをするのに一週間は費やしていた。限られた時間の中でやることがこれで良いのかと、不安を覚えたのは一度や二度ではない。そのたびにヴェインに言いくるめられてきたのだ。

 今度も同じだろうかと諦めていたのだが、ヴェインは首を横に振った。

「いや、充分でしょ」

 それでようやくほっとした。期間の長さだけではない。『スナメリ』の船のうちの一隻をずっと借りていたのだ。主船は新入りの教育でほぼ実戦ができない状況である。そのうえで更にもう一隻新入りの都合で動かせないとなると、内々から苦情が出てくる。批判を事前に黙らせたのは、これまたレンドが頭目を説得したからだが、可能ならばこれ以上船を使うのは避けたかった。船を下りる発言を、そう何度も切り札に使いたくないものだ。

「さてと、じゃあ運ぶのはよろしくな」

「無茶言うな。手伝え」

 呑気に一人飛行船に戻ろうとするヴェインにレンドは直ぐ様文句を言った。魔物の入った檻は重いのだ。ここからも大変なのである。




 ようやく主船へと戻ると、何やら騒がしかった。原因がわかったのは、レンドのもとに指導役たちがやってきたからだ。彼らは戻ったばかりのレンドとヴェインを取り囲む。代表するように前へと出たのは、青紫のシルクハットをかぶったケキサだ。水色の長い髪は流れるように美しいが、よく見れば顎髭は深い青色をしている。魔物討伐に指導にと忙しいはずなのだが、どうも呑気に髪を染めている余裕があるようだ。そのケキサが、声を張ってレンドに問い詰めた。

「大規模作戦が二週間後にあるってマジっすか」

 察するに、頭目が大規模作戦のことを公開したのだろう。それで指導役たちの間で衝撃が広がった。何しろ彼らは、新入りが使い物にならないことを知っているからだ。

 そして、その様子から判断するに、一週間が経過した今でも新入りたちの実力はほとんど向上していないのだろう、とレンドには察せられた。

「しかも、マジっすか。新入りを全員出せって」

「なんだそれは」

 前代未聞の内容に、さすがのレンドも眉を寄せた。ケキサはレンドの様子を見て、まくしたてるように言う。レンドの様子に、自分たちの主張の味方になってくれそうだと踏んだようだ。

「聞いたんすよ。大砲が二門配備されても動かせる奴がいない。そこは新入り全員でカバーするって」

 全くふざけた噂もあるものだ。そんなバカげたことになったら、船が墜ちる。さすがの頭目も黙ってはいないだろう。

「いやぁ、楽しそうな冗談だねぇ」

「冗談じゃないっす!」

 ヴェインの軽口に、ケキサは真っ青になって否定した。

「そんなに喚くなら頭目に聞いてみりゃいいじゃねぇか。それで一発解決だ」

「それが頭目がそれを言い出したっす!」

 その発言に、さすがのレンドも目の玉が飛び出るかと思った。



「頭目、失礼するぜ」

 この男に礼儀を尽くす価値があるんだろうか。そういう疑問がちらりとわきながら、レンドは扉を開ける。

「おい。俺はまだ入っていいとは言ってねぇぞ」

 渋い顔をしながら、腕を組んで頭目は待っていた。

「わりぃ。新入りを総動員しろとか聞いたせいか気が急いていてな」

 嫌味たっぷりに言うと、頭目が大声で笑いだした。

「おいおい、笑うことはねぇだろうよ」

「いや何、こないだまで散々辞める辞める言っていた餓鬼が、随分熱心だと思ってな」

「こないだまでその餓鬼に頭を下げていた奴の台詞じゃねぇだろ、それ」

 突っ込めば、特に気を悪くした様子もみせず頭目はネタ晴らしをした。

「あれは、指導役に発破をかけるための嘘だ。気にすんな」

「はぁ?」

「心配しなくても他の船員たちはよぉく知ってるよ。何せずっと大砲の使い方をおさらいさせられているんだからな。俺の発言を鵜呑みにしているのはそれを知らない指導役と新入りだけだ」

 指導役は主船にかかりきりの状態だ。他の船の様子を知る術はない。だから、頭目の言うことを鵜呑みにしたのだ。

 らしいといえばらしいのかもしれないとレンドは納得した。頭目がぼんくらにでもならない限り、ああした選択肢をとるはずがないのだ。我ながら、随分な早とちりをしたものだと後悔する。

「なんだ、俺はてっきり頭目がぼけたかと」

「あぁ?」

 これ以上礼を失するのはまずいだろうと、レンドはふざけるのをやめた。

「いや、わりぃな。ちと見誤っていた。そりゃそうだよな。そんな判断下すわけがねぇ」

 謝罪をして、レンドは速やかに立ち去ろうとする。このような失態を冒したあととなれば少しでも長居をしたくはないのが心情だ。

 そこを、世間話をするかのように、頭目が呼び止めた。

「あぁ、そうだ。レンド」

 頭目は意味ありげに、にやりと笑った。

「二週間後の討伐作戦の相手だがな、あの『空の大蛇(スカイサーペント)』だ」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

「はぁ?」

 レンドもその名を聞いたことがあった。十年前に突如現れ、雲の合間を縫って次々と飛行船を襲った悪魔の名だ。イクシウスの戦艦三隻が討伐に向かったが、逆にまとめて沈められたという。それ以来、誰かが退治したわけでもないのに、その名を聞かなくなった。死んだと噂する者もいたが、今回その名が出たということは、まだ生きていたのだろう。

「その噂の魔物が、最近シェパングの西、イズミヤ空域に出没したそうだ。十年も姿が見えなかったからな。てっきり暗雲域(クラウドダーク)にでも潜っていると思ったんだが出てきたらしい」

 依頼主はシェパングらしい。

 あいつらは自国を守るためなら手段を選ばない連中だ。ギルドに依頼が来たのは本当に運が悪いと、レンドは心の中で何度も悪態をついた。  

「そういうわけだ。よろしくな」

 開き直ったようによろしくされ、レンドは呆れ返って言葉も出なかった。


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